加藤AZUKI(azukiglg)さんの外交と戦争から始まる「争い」の立ち位置、そして反戦平和主義者と呼ばれる人たちのある種の傲慢さについてのお話

思うところがあったので自分用にぱぱっとまとめました 大学に行く前にまとめなきゃいけないので加藤さんのIDで出たtweetを放り込んだだけです 御本人様のまとめ 【戦争と競争】 反戦平和主義が戦争の戦端を開く 【生存と共存】 続きを読む
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加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
.@a_nightbreed さんの「宋文洲氏『福島香織さんは(日本は)戦争の選択肢を諦めるべきではないと朝ナマで明言した』」をお気に入りにしました。 http://t.co/TxGBnAhFmX
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
戦争は「外交の失敗」ではなくて、「外交の一手段」だよね(・ω・) http://t.co/N8PO4tSBi6
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
外交は「己の政治的な意志、主張を、意見の異なる相手に受け容れさせる」という行為で、これを「政治的意志を強いる」ものだとする。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
このとき、「自分の妥協を踏まえて相手にもを容れさせる交換条件、経済的強制(経済封鎖はこれに含まれるし、賠償金支払い請求もここに入る)」とかをやりとりするのが外交だけど、その中には「意見が容れられないなら武力に出ることも吝かではない」というのも含まれる。
塵旋風乙提督 @Stormbricht
@azukiglg 戦争論だと政治の一手段でしたな
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
実際に武力を即時行使するかどうかはさておき、「武力行使が可能な装備を獲得する意志がある」「武力行使をするだけの能力がある(軍備の確保と保持)」「武力行使をする意志がある」「武力行使が行われるまでの条件と期限を設定」などの段階があるが、これも外交カードの一種。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
クラウゼヴィッツですね。「戦争は政治的意志を強制するための一手段である」 QT @Stormbricht: @azukiglg 戦争論だと政治の一手段でしたな
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
相手に自分の政治的意志を受け容れさせる(=強制する)のが外交であるのだから、戦争は「外交の失敗」ではなくて「外交を行うために自分を有利にする、外交を補完する手段のひとつ」に過ぎない。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
戦争をしない=「自分側の戦力行使をしないと先に宣言する」ことはどのような事態を引き起こすかというと、実は却って不幸を招くと思う。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
まず、「自分から戦争を仕掛けません」と宣言し、武力放棄したとする。相手がそれを信用した場合、「反撃を受ける恐れがまったくない」のだから、【楽々安心無傷で侵略】が可能になる。つまり、戦争しない宣言を「した側」は事実上の無条件降伏になる。
塵旋風乙提督 @Stormbricht
@azukiglg あいあい、まあそのまま取るとアレですが
蒼猫 @AOINEKOMATA
@azukiglg スポーツ界を見てもわかるけど、人間は楽しむより、争うのが好きな生物ニャ(>_<)
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
逆に相手が「戦争しません宣言」を信用しない場合は、こちらがどんなに戦意がないと言い張っても「真意は他にある、反撃の準備をしているはずだ。少なくとも自分ならそうする」と考える。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
戦争をする能力はあるが戦争をする意志は「今のところない」。しかし、そちらの態度によって、反撃をする意志まで棄てている訳ではない。という態勢を整えておかないと、相手の誤解や錯覚によって、相手側が戦端を開いてしまう可能性がある。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
反戦主義者の多くは「戦端を開くのは常に日本側)」という前提にのみ立っているけど、外交では相手側にも都合があるわけで「戦争をするぐらいなら」と「戦争をしてでも」が対立したら、前者は必ず常に後者の従僕になる。常に外交に勝てないことになる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
というようなことを踏まえるならば、「戦争に至るのは外交の失敗」という見解は、安易に過ぎる。まあ、「戦争をする能力があり、その気になれば意志も持つ、かもしれない」と相手側に認識させることに失敗した=外交の失敗、という見方はできるかもしんない。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
つまりは、外交を失敗させないためには、「使用する意志の有無に拘わらず、戦争をする能力は常に確保維持していなければならず、相手にそれを警戒し慎重な対応を取るよう促す必要は在り続ける」とゆーことだと思う。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
反戦平和主義は、「自分の価値観に相手は安心するはずで、自分を脅威に感じなければ相手は殴り掛かってこないはずだ(自分の安全と権利と財産は守られるはずだ)」と、相手側に期待している。また、「武器を持つと戦争をしたくなる」みたいな認識の人も多い。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
これは、反戦主義者こそ「戦争になったら日本は必ず勝ってしまう」という奢りが根底にあるから。「武器を持つと戦争をしたくなり、相手国の国民を殺してしまい、迷惑を掛けることになるから、日本は戦争を【仕掛ける】べきではない」たぶんこれは、大陸への贖罪意識なんだろう。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
そして、「戦争の末期では必ず反撃に遭って罰(原爆投下や本土空襲)を受け、政府の決定の代償として、【政府とは無関係の】民衆が被害を被る」という、戦争遂行者処罰論に繋がり、結果として「戦争を仕掛けるのはよくない」となる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
まあ、不必要な消耗や精神論に鼓舞された戦争が正しいわけはない(非合理だ)というのは同感だけど、そこには、「仕掛けられる側になり、相手の都合で始まる戦争に対抗する」という観点がない。
nuts @nutskix
@azukiglg 戦争という言葉尻をあげつらう人たちのほうが戦争吹っ掛けてるようにしか見えません…(まぁ徴兵制ハンターイと言い出す人が(ry というのと同じパターンですかね)
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
「仕掛けられる側として、それに対抗する」には、仕掛けられないように、相手が攻撃を踏みとどまるようにさせる、【戦端を相手側が開くことを予防し、こちらの意志で相手に抑制を強いる】ということができるのが、いちばんいい。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
んだけど、右派は「相手を叩きのめす口実が欲しいから、相手が先に手を出してくれないかなあ(そうすれば正当防衛で思う存分やれるのに)」と考え、そして実は左派も「こちらが無抵抗でいるとき相手が先に手を出せば、正義の口実でやり返せるのに」と考えてて、両者の本質は変わらないw
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
反戦平和主義者と議論する機会が過去に多かったんだけど、あの人達、「罵倒に罵倒を重ねてこちらが手を上げるのを待っている」「反論がなければ自分の主張が正しい、と相手に譲歩を強いる」っていうスタイルがべらぼうに多かった。つまりは、「相手に戦端を開かせたい」クチの典型。
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コメント

棒人間ひろ @bouninng 2013年12月2日
御本人様がまとめられてましたので、そちらへのリンクを追加
Tsuyoshi CHO @tsuyoshi_cho 2013年12月2日
政治の1つだし、外交の失敗だけではないけど、無駄な負担がかかるし勝てるとはいえない(みんな勝つ気で戦争して酷い目にあう)という意味で、ここまできたら、最後の手段かつ失敗ではある気はするけどなぁ...
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2013年12月4日
「結果としてその手段では失敗する(政治目的の達成ができない)」かどうかと、それが「政治目的の達成を目指した【手段】であるかどうか」は、別なのです(´Д`)
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