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浮草次郎(山林竹林漂流中) @ukikusajirotwit
寝言@テレビリアリティ余話。正直DTの対抗軸?であったウッチャンの立ち位置(笑う犬からの内P)が知りたいとか、ゼロ年代のバラエティの必須「ガチンコ!」の記載がなかったのはその他に含まれたのかな?とか関西気質の演出史が上岡さんだけ?と感じたのは、多分その本が立派すぎるからでしょう。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
@ukikusajirotwit 内村さんについては大きな流れを書くために泣く泣くカットしたところがあります。関西については、近藤勝重さんと、何より澤田隆治さんの書籍を参照しています。(香川登志緒さんは上手く引用できず、残念です)。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
内村さんについては、多くの人が勘違いしていて、もしかしたらご本人も勘違いしているかもしれないのは、「コント」のひととしての内村さんです。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
内村さんは確かに「コント」の名手ではあるのですが、浅草の伝統を継ぐ「軽演劇」のひとではありません。どちらかと言うと「戦後現代演劇」の系譜を継ぐひとです。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
そうした内村さんらしさを知るには、松本人志さんとコンビを組んだ「ドリームマッチ 2009」が最適です。この二人のコントでは最後に「蒲田行進曲」が流れて、オチらしいオチもなくエンディングを迎えます。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
これは恐らく、松本さんが内村さんらしいコントを最後から最後まで演じさせようとした「愛情」なのだと思われます。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
思い返してみれば、「ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!」には演劇界の名優が数多く出演していました。たとえば、名古屋章は新劇において喜劇を演じられる俳優でした(井上ひさし作『雨』にて芸術祭演劇部門大賞を受賞)。不破万作氏は唐十郎氏の状況劇場で活躍。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
石原良純氏はのちに北区つかこうへい劇団で活躍する演劇人となりました。こうして俯瞰してみると、名古屋章(新劇)、不破万作(アングラ演劇)、石原良純(ポスト・アングラ演劇)と、その重要な役回りを演劇人に期待して番組を製作していたのです(それを実現したフジテレビも偉いです)。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
そして、多くの視聴者にとっても意外かと思われるのは、「内村プロデュース」も、極めて内村さんの演劇好みが出た番組だったことです。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
「内村プロデュース」の番組としての骨格が定まったのは、内村さんがサングラスを掛ける前後だったと思われます(それまではふかわさんへのイジりのみがメインでした)。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
あのサングラスと無茶ぶりというのは、戯画化された――そしてご本人もそのように演じていた――つかこうへいさんのパロディなのです。和田誠さんのイラストでは常にサングラスを掛けていた劇作家「つかこうへい」のパロディを内村さんは「ごっこ遊び」として興じていたと思われます。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
つかさんの『長嶋茂雄殺人事件』や『つかへい腹黒日記』で、自ら戯画化したつかさんを内村さんは「ごっこ遊び」で演じていたと思われます。なにせそのころのつかさんは演技がなっていないと難癖をつけて「ショック死しろ!」と叫ぶ、むちゃくちゃな演出家だったわけですから。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
というわけで、つかこうへいの傑作『蒲田行進曲』にまで話が辿り着くわけであります。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
むちゃくちゃな駄目出し、それをどこか楽しんでいる劇作家(と読者)という構図を、松本人志の「ボケましょう」以降のドキュメンタリーバラエティの方式に落としこむあたり、内村さんの仕事ぶりは見事です。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
良くも悪くも内村さんというひとは演劇人じみたところがあり、それがハマると素晴らしく、映画ではハマりきれない、というところになるかと思われます。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
というわけで、テレビ史的にはどうしても松本人志を中心に語らざるを得ず、泣く泣くオミットした内村さんの90年代~ゼロ年代でした。 本当は「ウッチャンナンチャンのホントコ!」が新しいバラエティ番組の方向性を指し示せるはずだったと思うのですが……
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
また、補足すると、つかこうへいさんはラッシャー木村さんの面白さをいち早く報じており(『つかへい犯科帳』を参照のこと)、それをどう時代的にビートたけしさんが「こんばんは、ラッシャー木村です」というギャグにしていったことが80年代お笑い史的には重要なことなのです。
浮草次郎(山林竹林漂流中) @ukikusajirotwit
@ohmitakaharu 丁重なご返信ありがとうございした(本自体は楽しく拝読させていただきました)。今後のますますのご活躍なされますよう心より期待しています。
浮草次郎(山林竹林漂流中) @ukikusajirotwit
平話@ひたすら感謝。深夜帯に「テレビリアリティの時代」著者・大見崇晴さん( @ohmitakaharu )ご本人からご返信をいただいた上に、著書での「ウッチャンの立ち位置」(DT松本さんの立ち位置がはっきり書かれていたので)の考察がツイートにて書かれてますので、興味ある方は是非。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
@notei @piquoh いちおう、あくまでも推測ではあるのですが。ただ、お笑い第三世代にとって、つかこうへいは重要な存在で、とんねるずの『大志』には初対面の秋元康に、つかこうへいを意識してコントをしているだろう、と話しかけられたことがわざわざ書かれているほどです。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
@notei 内村さんは、70年代を引用するのが好きな方で、「笑う犬」での「コミさん」は作家・翻訳家の田中小実昌をモデルにしています。内村さんの世代にとっての小実昌さんは、新宿ゴールデン街の住人ですね。書き上げた現行をゴールデン街のお店に置きっぱなしで編集者に取りに行かせるとか。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
@notei 私が小実昌さんのご友人から伺ったお話では、審査員長をつとめた文学賞の授賞式をすっぽかしたそうなので、中々に奔放な方です。俳優の殿山泰司さんと共演したりもして、文筆業以外でも話題になりました。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
@notei また、ある世代(40代ぐらい?)には常識となっていて、あまりまとめて書かれていないことですが、70年代において「笑い」の牽引役はつかこうへいと思われていました。このあたりは小林信彦さんの『日本の喜劇人』に詳しいです。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
@notei つかさんは若くして岸田戯曲賞(演劇における芥川賞に比する賞)を受賞されたのですが、この劇団での「蒲田行進曲」初演は、当時すでに東京乾電池の看板役者だった柄本明さんです。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu
@notei また、のちにつかこうへい劇団の看板役者となった一人に風間杜夫さんがいますが、実は大竹まことさん率いるシティーボーイズと同じ劇団をともにしていました。というか、「シティーボーイズ」は、つかさんの草野球チームから採られた名前でした。
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コメント

水原秀策 @sicilian_ 2013年12月3日
つかこうへいはざっくり言うと演劇に笑いを持ち込んだ人、だ。低く見られがちだった笑いの価値を持ち上げたと言いかえることもできる。ちなみにつかこうへいが死んだ時、演劇人の態度は二つに分かれた。彼に影響を受けたことを認めそれに感謝するタイプと、完全にスルーするタイプ。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu 2013年12月4日
劇場版『熱海殺人事件』のシナリオには、先輩刑事に認められない若手刑事が登場します。これは実は演劇界から認められない(と認識している)つかさん自身を描いています。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu 2013年12月4日
演劇史的には戯曲『熱海殺人事件』は、先輩刑事(木村伝兵衛)の台詞はつかさんにとって師に当たる演出家・鈴木忠志の演技指導での発言をモデルにしており、先輩刑事を見て若手刑事(=演出家になったばかりのつかさん)が犯人説得(=演出)を学んでいく、演劇の演劇となっています。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu 2013年12月4日
映画版では、この二人の関係が師である先輩刑事に若手刑事にモノ言う立場になっています。言わば演出論争を題材に作品なのです。極めてメタ・シアトリカルな映画となっていますが、徐々につかさんはこうした作品作りから離れていきます。このあたりで評価が別れるみたいですね。アイドルの演技トレーナーでしかなくなってしまった、という批判も見受けられましたし。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu 2013年12月4日
最後の作品だった「飛龍伝」でも東幹久を起用して、ダンディハウスのCMをパロディしたり、「アバター」のパロディを入れ込んだり、「笑い」を忘れず、ひとびとに身近な演劇を作り続けたつかさんが今いらっしゃらないのは寂しいですね。
大見崇晴@『「テレビリアリティ」の時代』 @ohmitakaharu 2013年12月6日
一連のツイートに関心を持たれましたら『「テレビリアリティ」の時代』(http://www.amazon.co.jp/gp/product/4479392505/)を、お手にとってみてください。
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