山本七平botまとめ/【残飯司令と増飼将校①】/二・二六事件が起った背景/~集団へ最高の敬意を払いながら、その構成員を徹底的に蔑視した戦前の日本社会~

山本七平著『私の中の日本軍(上)』/残飯司令と増飼将校/54頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

①…彼らの実情に目を向ければ、そこには名目だけのエリート、その名にふさわしい収入を社会が絶対に支払おうとしないため、ひどい欲求不満にかられた「国家の柱石」たちがいた。<『私の中の日本軍(上)』

2013-12-06 07:39:06
山本七平bot @yamamoto7hei

②二・二六事件については、農村の貧困が彼らを決起させた一因だというのが定説のようだが、私はそう考えていない。 もっともっと明白な貧困が彼ら自身にあり、また彼らの目前にあった。

2013-12-06 08:09:00
山本七平bot @yamamoto7hei

③…しかし候補生として軍隊に来たとたん、おそらく、衝撃を受けるほど彼らを驚かせたものは「残飯司令」「残飯出勤」また「ボロかつぎ」「増飼将校」などの存在ではなかったろうか。

2013-12-06 08:39:03
山本七平bot @yamamoto7hei

④…特進が週番につくと、夕食時に家族がやってくる。 将校の家族の面会にも色々と規則はあったが…彼以上偉い人間は連隊にいないから、実際は自由である。 夕食直前に全家族が現われると、当番兵はもう何もかも呑みこんでいるから、炊事に話をつけて黙ってその人数だけの夕食を準備する。

2013-12-06 09:08:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤…従ってこういう食事のことを「残飯給与」といった。 そこで家族に残飯を給与している週番司令という意味で「残飯司令」と呼んだわけである。 …以上のことも汚職というほどのことではない――

2013-12-06 09:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥しかしこういうことはすぐ兵隊の目にも社会の日にも入る。 そしてその行為は、平生の言動とあまりにギャップが大きすぎるから、かえって軽侮をかう。 彼らとて兵士の軽侮の目を感ぜざるを得ない。 特に、まじめで敏感でプライドの高い将校ほど、一部の同僚への兵士の目が気になる。

2013-12-06 10:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦そして 「こんなことで国軍は一体どうなる、兵の信服を失って、どうして戦場で彼らを指揮できようか」 と真剣に悩む。 私自身もその悩みを打ち明けられたことがあるが、その口調は本当に真剣そのものであった。

2013-12-06 10:39:07
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧だが 「こんな安月給で忠節なんぞつくせるか」 とは絶対にいえない。 それを口にすれば、「軍人」そのものの否定になってしまう。

2013-12-06 11:08:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨従って、二・二六の将校などに 「問題は月給でしょ。 あなた方の本当の不満は自分たちの地位と責任に対する社会の報酬があまりに低いということでしょ」 などといえば、そう解釈する人間を逆に軽蔑し、今でも軽蔑するであろう。

2013-12-06 11:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩しかし結局はそうだったのだが、 それが 「自分たちをこんな状態にしておく社会が悪い、陛下の股肱、国家の柱石に残飯をあさらせるような社会はマチガットル、そんな社会は絶対に改造せにゃ軍は崩壊する、日本が滅びる」 という考え方になっていくのである。

2013-12-06 12:08:58
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪これは自己を基準にして社会を否定することだから、社会への絶対的な否定へとエスカレートし、ついには自分たち以外のものは 「何もかもイカン」 となる。 自由主義はイカン、共産主義は許せんは勿論のこと、政府もイカン、警察もイカン、大学もイカン、(続

2013-12-06 12:39:03
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫続>娯楽もイカン、英語もイカン、装身具もイカン、パーマネントもイカン、贅沢は敵だとなり、さらに海軍はイカンーー贅沢だ、敬礼が厳正でない、にまで至り、ついには、 国民は全部盲目なのだ、おれたちが指導し、覚醒させなきゃだめだ という考え方になっていく。

2013-12-06 13:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑬いわゆる昭和維新の歌の 「めしいたる民、世におどる」 という言葉は、彼らの感情を実によく表わしている。 これはまた岡本公三が「週刊文春」の記者に語った以下の言葉と実によく似ている。

2013-12-06 13:39:02
山本七平bot @yamamoto7hei

⑭【他のセクトはどうか】 「みんなダメだ」 【PFLPの理論は正しいと思ったのか】 「PFLPは我々と連帯している。だから正しいのだ」 【つまり、君たちと連帯していない組織はダメということか】 「その通りだ」 これはまさに当時の軍人の生き写しである。

2013-12-06 14:08:58
山本七平bot @yamamoto7hei

⑮一般社会の人間は全部めくらだ、 そう考えない限り、彼らは社会の自分たちへの仕打ちを許せない。 しかしそれは結局、社会のすべての価値判断を拒否してこれと断絶し、軍隊内だけの自己評価と、互いの間だけで通用する相互評価の中だけで生きていくことになる。

2013-12-06 14:39:02
山本七平bot @yamamoto7hei

⑯だがこの評価は日本の社会にも世界にも通用しない。 触れればすぐにくずれてしまう。 そこでさらに断絶はひどくなり、ついには自分の集団内だけで通用する特別の言葉を使い、それによって社会とも世界とも一切の接触を断っていく。 これは当然の帰結であった。

2013-12-06 15:08:56
山本七平bot @yamamoto7hei

①しかしその彼らより更に不安定な位置にいる人々がいた。 下士官である。 最低のサラリーマンとはいえ、将校は一つの「職業人」としての社会的地位はもっていた。 しかし将校の社会的地位の急激な低下を皺寄せされた下士官はその社会的地位に関する限り、もう絶望的で救い難い状態であった。

2013-12-06 15:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

②社会は彼らを「職業人」とすら認めなかった。 日本という学歴社会およびそこから生み出されたインテリは、口では何といおうと、実際には労働者や農民を蔑視している。 彼らが口にし尊重する「労働者・農民」は、一種の集合名詞乃至は抽象名詞にすぎない。<『私の中の日本軍(上)』

2013-12-06 16:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

③これは昔もおなじで、当時の新聞や御用評論家がいかに「軍」や「軍人」をもちあげようと、それは「軍」「軍人」という一種の集合名詞・抽象名詞に拝脆しているのであって、…最下級の「職業軍人」すなわち下士官は、現実には、徹底的に無視され嫌悪され差別され軽蔑されていた。

2013-12-06 16:39:07
山本七平bot @yamamoto7hei

④これがいかに彼らを異常な心理状態にしたか! 下士官を象徴する「軍曹」という言葉は、軍隊内ですらウラでは一種の蔑称であった。 「モモクリ三年カキ八年、低能軍曹は十三年」 であって、彼らはあらゆる劣等感にさいなまれつづけていた。

2013-12-06 17:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤集合体としても個人としても、同じように扱われれば、すなわち「軍」も「下士官」も同じように扱われるのならば、たとえ低く扱われても、それはそれなりの安定がある。 戦後の自衛隊はそういう状態に安定しているのかも知れない。

2013-12-06 17:39:00
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥しかし「軍」という名で極端に賞揚され「下士官」という名で極端に貶められる―― これをやられると、どんな人間でもある程度は精神が異常になってくる。 私は当時の軍人の精神状態は、下士官に一番はっきりと露呈していたと思う。 そしてその精神状態は、結局は下級将校も同じなのである。

2013-12-06 18:08:58
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦「社会が悪い」といえる点があるなら、この点であろう。 集団へのリップサービスでは最高の敬意を払い、その個々の構成員は、一個の社会人としてすら認めないほど蔑視し、最低の報酬しか払わず、最低の待遇しかしない。 これが一番ひどい扱いだと私は思う。

2013-12-06 18:39:02
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧最低の待遇しかしないなら、最高の敬意などはむしろ払わねばよいのである。 だが一般社会には彼らを蔑視しているという意識さえなかったのである。 またそれによって、彼らが…屈辱的な社会的地位の低下と徒らなる賞揚に異常な精神状態になっていようなどとは、だれも夢にも考えなかった。

2013-12-06 19:08:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨それは戦後に書かれた、横暴で無知な下士官の描写によく表われている。 そのほとんどの場合、書いている本人が、自分が内心どれだけ下士官を蔑視していたかを忘れている―― というより、今でも全然そのことが念頭にないのである。 日本のインテリ特有の一種の鈍感さであろう。

2013-12-06 19:39:03