村松尚登(@naotomuramatsu)さんの「過保護・過干渉に関する連続ツイート」まとめ

FCバルセロナのスクール福岡校(FCBEscola Fukuoka)で指導されている村松尚登(@naotomuramatsu)さんの、「過保護・過干渉に関する連続ツイート」をまとめました。 「ピッチで声を出さない選手に関する連続ツイート」に続いての連続ツイートです。 http://togetter.com/li/58181
17
村松尚登 @naotomuramatsu
予告どおり、過保護・過干渉に関する連続ツイートいきます。のんびりいきましょう。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(1) 家族愛が強いスペインでは、両親やお爺ちゃんお婆ちゃんは、概して過保護・過干渉です。間違いありません。ほっといたら、子どもが失敗する機会をすべて奪いかねません。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(2) その結果、多くの子どもたちは「過保護・過干渉に育てられた子」っぽく育ってしまいます。いわゆる、困難に立ち向かえない子です。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(3) しかし、最終的には様々な要因によって「過保護・過干渉に育てられた子ども」たちは「立派な自立した子ども」に変身していきます。少なくとも、僕がスペインで指導して来た子どもたちの100%近い子はそうでした。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(4) スペインと同じように日本にも多くの「過保護・過干渉に育てられた子ども」が多いと思います。しかし、なぜか日本ではスペインのようには100%近い子が「立派な自立した子ども」に育つことはないと思います。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(5) 同じ過保護・過干渉なのに、スペインと日本ではどうして差が出て来てしまうのでしょうか? それは、社会自体が過保護・過干渉かどうかで差が出て来るのだと思います。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(6) ここで言う「社会自体」とは、子供達を取り囲む学校社会、地域社会、スポーツクラブ、塾、習い事などにことを指しています。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(7) 僕の知っているスペインの子どもたちを取り巻く「社会自体」は、とても過酷です。小学校でも落第がありますし、サッカーチームでもレベルや年齢に関係なく毎シーズンごとにふるいにかけられます。つまり、小学性に対してさえも個人責任主義が浸透しているのです。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(8) 子どもでさえ個人責任が求められるスペインの社会では、子どもも自分の意見を求められます。そして、自分の意見に基づいた行動が求められます。というか、そういう生き方をするしかありません。だって、自分の言動の責任は常に自分に降りかかってきますから。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(9) それゆえに「みんなに合わせよう」という日和見主義はスペインでは見受けられません。だって、自分の意見を持たず周りに合わせてもし失敗したら、その失敗の責任でさえも自分に降りかかってきますから、「それだったら自分の意見を持って自分で動こう」と思うんでしょうね。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(10) たとえば、スペインにもイジメがありますが、ほとんどの場合、大問題には発展しません。まずは、イジメられている子が黙ってはいません。キチンと親や大人にチクります。また、イジメに気づいた誰かが止めに入ります。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(11) これは、「自分の意思に基づいて行動を起こす」ことが習慣化されていることと大きな関係があると思います。イジメられっ子は自分の身を守ることに自己責任が存在しますし、傍観者は何もしなかったことに責任を負いますし、、、、、
村松尚登 @naotomuramatsu
過(12) 、、、助けた子は他人の目を気にせず自分の意思に基づいて行動を取ったまでです。そして、最終的にはイジメっ子はイジメた責任を負うことになります。そう、個人主義が普及しているが故に、こどものし世界の中にも自浄作用(!?)が存在するということです。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(13) 話を戻しましょう。スペインの子供達は、自己責任主義の下で、家の外で日々戦っています。そんな厳しい世界で生きなければ行けない子供達に取って、家族はまさしくセーフティーネットの役を担ってくれているのではないでしょうか
村松尚登 @naotomuramatsu
過(14) 社会での評価に関係なく無条件で自分のことを受け入れてくれる家族の存在は、きっとスペイン人にとって掛け替えのない存在でしょう。まさしく「心のよりどころ」です。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(15) 厳しい世界で生きていかなければ行けない故に、セーフティーネットの役を担う家族が多少過保護・過干渉でも問題ないのではないでしょうか。逆に子どもの心のバランスを維持するためには、多少の過保護・過干渉が丁度いいのかもしれません。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(16) ひるがえって、日本の子どもたちを取り囲む状況はスペインのそれとは大きく違うのではないでしょうか。うまく表現できませんが、親だけでなく地域社会も学校もスポーツクラブもすべてが微妙に子どもに対して過保護・過干渉のように僕には見えます。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(17) 過度に「平等」を大切にしているが故に、個人責任の在処は曖昧になり、個人のミスを全員で補う集団責任主義が多くの場合採用されているのではないでしょうか。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(18) 集団責任が悪いとは思いません。しかし、それが過度に採用され続けると、各自の行動に対する責任感は希薄になってしまう危険性があるのではないでしょうか。そしてそれはきっと、自立した人間になることを邪魔するのではないでしょうか。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(19) 集団責任が悪いとは思いません。しかし、それが過度に採用され続けると、各自の行動に対する責任感は希薄になってしまう危険性があるのではないでしょうか。そしてそれはきっと、自立した人間になることを邪魔するのではないでしょうか。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(20) また、周りの人々が躍起になって子どもたち全員を「人並み」の枠に入れようとすることも日本らしい不思議な現象です。人の幸せなんて学校の成績だけでは測れる筈もないのに「人並み」というランクを設定し、子ども全員がそれをクリアーできることを(本人ではなく!)周りが望んでいます
村松尚登 @naotomuramatsu
過(21) (少しきつい言い方をするのであれば) 日本の子どもたちを取り囲む環境は「あなたのためだから」という一見響きのいい言葉が土砂降りのように降り、本人自身の意見や意思は後回しにされているような気がします。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(22) スペインの環境は、とても厳しいです。しかし、それゆえに子どもであろうとも自分自身の人生をきちんと自分自身の足で歩いているように見えます。だからなのか、親の過保護・過干渉でさえもたいした問題にならにのではないでしょうか。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(23) 一方、日本の子どもたちの周りには「あなたのためだから」的な過保護・過干渉が蔓延しており、それゆえに親の過保護・過干渉がそれに拍車をかけているため問題視されているのだと思います。
村松尚登 @naotomuramatsu
過(24) では、(僕を含め)日本で子育てをする親たちは一体どうすればいいのでしょうか? たとえば「あたたかく見守る主義」がひとつの方法だと僕は思います。あるいは、カウンセラーっぽい「聞き役主義」もいいかもしれませんね。
残りを読む(3)

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?

ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする