今昔マップ on the web の開発者による日本各地の地理的変遷の解説

埼玉大学の地理学者、谷謙二氏はソフトウエアの開発に長けておられます。最近、新旧の地形図や航空写真を同時に表示して地域の変遷を把握できるサイト「今昔マップ on the web」を開発されました。それを活用し、さらにご自身の知識を活かして日本各地の地理的変遷を解説された一連のツイートをまとめました。
人文 歴史 地理 地図
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谷謙二/TANI Kenji @ktgis
「今昔マップ on the web」を公開しました。ブラウザ上に表示されるので、PCにインストールすることなく、スマホなどでも閲覧できます。http://t.co/IeInrD38Br
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
スマホの人は「現在地表示」にチェックしておくと、移動軌跡が古い地形図上に表示されます。「GPX」ボタンをクリックするとGPX形式のデータで表示されるので、コピーしてメールでPCに転送すれば、カシミール3D等で見ることができます。
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
カシミール3Dのタイルマッププラグインで今昔マップの地形図を表示することができます。設定方法はこちらです。http://t.co/wiYQdanZth
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:1961年の愛知用水の完成により、知多半島では大規模な農地造成が行われ、地形が大きく変化した。左:1988年、右:1959年。http://t.co/S5mH7rdoWu
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:千葉県柏市付近では、江戸時代に軍馬の放牧場から馬が出ないように野間土手という土手が作られた。現在も流山市境付近に一部残っている。http://t.co/1tV9a0tNqb
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:甲子園球場は阪神電鉄によって武庫川の分流、枝川の廃川跡に大正13年に建設され、昭和初めにかけて、ホテル、遊園地、住宅地を合わせた近郊リゾート開発が行われた。甲子園駅北側上甲子園から海側の浜甲子園まで路面電車も敷設された。http://t.co/tIwCtToqnn
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:江戸時代初期に作られた愛知県犬山市の入鹿池は、香川県の満濃池に次ぐ大きさの農業用ため池。明治元年には大雨で決壊し941名が死亡したとされ、日本でのダム決壊としては最大規模の被害である。http://t.co/JZFQWZ1F59
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
「今昔マップ on the web」に標高取得・表示機能を追加しました。地図上左クリックで表示されます。データは国土地理院の標高APIを利用して取得しています。http://t.co/9NEqSQPElH
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:小樽市の海岸沿いには、かつて赤岩温泉という温泉があり、現在でも鉱泉が出ているらしい。少し西側のオタモイ海岸は、戦前有名な観光地で遊園地があったという。http://t.co/J9yNpJtUsY
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:明治42年、大阪の堂島付近で「北の大火」と呼ばれる大火があった。たまたま明治42年の地形図にその跡が残されている。大火の瓦礫で曽根崎川は埋められたとされる。地図では堂島川から大阪駅に向かう水路と船溜があったことも分かる。http://t.co/zPmEppRdfL
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:岩手県の釜石製鉄所は鉄鉱石産地に立地し、当初は石炭の代わりに現地の木炭を使用していた。大正時代の地形図を見ると、周囲の山には荒地が多く、河川は伏流している。ただし明治期までは全国的にはげ山が多く、特異な事例とは言えない。http://t.co/pPLMw5002f
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:明治期に作られた京都の琵琶湖疎水は上水道、水運、発電と多目的な水路。傾斜の強い箇所では舟をレールで運搬するインクラインが蹴上と伏見に作られた。図の伏見は水平距離300m標高差15mで現在は道路。隣接して墨染発電所も設置。 http://t.co/m6XohabFRq
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:戦況の悪化により、昭和19年から空襲に対する防火帯として建物疎開が行われた。昭和20年の東京の地形図で、東京都蒲田区のX型はその跡である。他にも主要道路や河川、鉄道、主要工場周辺で多くの建物が除却された様子が読み取れる。 http://t.co/11kUlWfb68
LIFULL HOME'S PRESS @HOMES_PRESS
過去と現在の地形図を左右に並べて一度に閲覧。今昔マップ on the web http://t.co/bkFnQM6Q0x
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
珍しく本人の写真があるのは、研究室まで取材に来られたため。 RT @HOMES_PRESS: 過去と現在の地形図を左右に並べて一度に閲覧。今昔マップ on the web http://t.co/jjSjDfcxzA
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:1950年の広島市の地形図。東西方向の幅100mの平和大通りが目立つ。建築家の丹下健三は、平和記念資料館を設計しただけでなく、広島市の戦災復興都市計画全般に参画した。「新都市」1950年8月広島平和都市建設特集号に詳しい。http://t.co/r7D2FN5C50
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップネタは、1日1本ずつ365本出していく計画。無理か....
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:京都市は原爆投下候補地であったため、通常の空襲被害が少なく古い町並みが残った。市街地の道路網は戦前とあまり変わらないが、広幅員の御池通・五条通・堀川通は建物疎開跡地を利用して作られた。http://t.co/QIfw63thAw
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:空襲被害を受けた地方都市での戦災復興事業では、駅前広場とそこから真っ直ぐに伸びる道路、少し離れた位置で交差する道路、グリッド状街区という類似した街路設計が多く、類似した都市景観が全国の戦災都市に形成された。図は岐阜県大垣市。http://t.co/3Rf3qV8dYE
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:東京の戦災復興事業は全体的には失敗したが、山手線主要駅周辺で区画整理が実施され、その一つに新宿・歌舞伎町がある。ここは区画整理としては珍しく、広場があり、T字路の多い閉鎖的空間として、石川栄耀により設計された盛り場である。http://t.co/ugETOLVNzi
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
「今昔マップ on the web」のメンテナンス完了。iframeタグを使ってユーザーのWebサイトに埋め込めるようになりました。
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
標準化ブログ: 「今昔マップ on the web」のWebサイトへの埋め込み http://t.co/yf1ooBPSBG
リンク t.co 「今昔マップ on the web」のWebサイトへの埋め込み 標準化ブログ/ウェブリブログ 標準化ブログの「今昔マップ on the web」のWebサイトへの埋め込みに関する詳細記事。(Powered by BIGLOBEウェブリブログ)時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」でインラインフレームを使って今昔マップの地図をWebサイトやブログに埋め込めるようになりました。
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:河川沿いにできた砂丘を河畔砂丘と呼ぶ。日本では木曽川と古利根川付近の河畔砂丘が知られているが、現在ではかなり削られている。愛知県稲沢市の祖父江砂丘 http://t.co/tRgXNCgF3R 埼玉県杉戸町の小渕砂丘 http://t.co/VSSgfaXEhh
谷謙二/TANI Kenji @ktgis
今昔マップ:千葉県の習志野には騎兵第1旅団が置かれ、付近の鉄道連隊による軍用鉄道は戦後に新京成線となった。日露戦争後、旅順要塞を模した永久堡塁と呼ばれる構造物が現船橋市に作られ、地形図上にも表現されているが、現在は埋められている。http://t.co/J0mE4wFii7
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