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儀狄 ‏@giteki 先生の中国貨幣史講義~『中国嫁日記』の「小銭問題」の原因は歴史にあり

たまたま目にした『中国嫁日記』のネタで、「中国の南方の人は硬貨を嫌い、北方の人は紙幣を嫌う」というのがありました。これはきっと、歴史的背景があるに違いない!と思い、中国貨幣史を専門とされる儀狄 ‏@giteki 先生に振ってみたところ、丁寧に解説していただけました。せっかくの講義なので、まとめてみた次第です。
経済 清朝 中国嫁日記 貨幣史 中国史 経済史 黒田明伸 銅銭
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ことの発端~墨公委、儀狄先生に無茶振り
  • ことは、墨東公安委員会がたまたま、『中国嫁日記』の以下のマンガを見たところから始まります。
墨東公安委員会 @bokukoui
信じられないお金 - 中国嫁日記 http://t.co/WCushBdEWR ここで取り上げられている、中国の南北での貨幣観の相違(南は硬貨を嫌い、北は小額紙幣を嫌う)については、歴史的背景がどうなのか、ぜひ @giteki 先生のご意見をいただきたいところ。
儀狄@パブリックエネミー @giteki
@bokukoui 雑種幣制か! 歴史的経緯はしっかりと存在するのですが、それが今もなお根を張っているとなると思わずそうツッコミを入れたくなります
儀狄@パブリックエネミー @giteki
@lm700j 中国嫁日記―信じられないお金 http://t.co/PCPzHFYIeD について墨東さんからコメントを求められたのだが、これについて「いつの時代の雑種幣制だよ」と言っても受けてくれるのは黒田明伸先生クラスタだけなのだった
儀狄 @giteki 先生による中国貨幣史の解説
儀狄@パブリックエネミー @giteki
@bokukoui さん戻ってこないようなので始めてしまおうか。「なぜ中国で北の人は硬貨を信用し、南の人は小額紙幣を信用するか」歴史的経緯。清朝に由来があります
儀狄@パブリックエネミー @giteki
@bokukoui まず前提として、銅銭というのは移動しにくいです。ある地域で銅銭―銀両の相場(以下、銭相場)が急激に変化したとして、「じゃあ地域を越えて銅銭と銀両を移動させて儲けようか」と考えると、銅銭を運ぶ段階で赤字になります。幕末の3倍差は金銀という高額通貨だからできる話
  • 「幕末の三倍差」というのは、幕末の日本で金銀の交換比率が1:5だったのに、国際相場では1:15だったために、多額の金が日本から流出した(海外から銀を日本に持ち込む→日本で金に交換→海外にその金を持ち出す→海外でその金を銀に変えると最初の銀の三倍に!)事態のことです。
儀狄@パブリックエネミー @giteki
@bokukoui そして税を"銀両を単位として"取っていた清朝ですが、同時に順治・康煕・乾隆というのは銅銭を大量発行した時期です。何のために銅銭を大量に発行したかというと、最大の行き先は官僚・軍隊の人件費です。一気に話がせせこましくなりました。
儀狄@パブリックエネミー @giteki
@bokukoui 人が日々生活する上での買い物は当然ながら銅銭で行います。なので給料の一定割合は銅銭での支払いが必要になります。清朝は一時、銅銭不足に伴って「全部銀両払い」に変えたことがあるのですが、特に北京での銭相場の混乱を招くだけに終わりました
儀狄@パブリックエネミー @giteki
@bokukoui そして中国はたいていの時代、銅銭は不足しています(大量の枚数発行されても死蔵されやすい)。清朝も例外ではありません。そんな中、比較的銅銭流通量に恵まれていたのは首都・北京を抱える河北です。鋳造銅銭の相当数が役人の給料に行く以上は当然の結果です
儀狄@パブリックエネミー @giteki
@bokukoui では銭が少ない地方では何が起こったかというと……小銭(基本的には私鋳銭。名前の通り、制銭より小さい)の横行と、地域通貨としての銭票の発行です。
儀狄@パブリックエネミー @giteki
@bokukoui 銭票というのは紙や木片に「銭何十文」などと書き付けた手形で、これを両替商に限らず商店が発行していました。地域を越えては通用しないのですが、逆に地域内なら発行した店が倒産しても流通するというなかなかの優れものです
儀狄@パブリックエネミー @giteki
@bokukoui この銭票の流通が南部(相対的に銅銭が少ない)で盛んだったから、南の人は紙幣(政府の紙幣だって最終的には手形です)に抵抗がなく、逆に北の人は硬貨が一番信用できる、という結果になっているのだと考えられます。
儀狄@パブリックエネミー @giteki
中国の銅銭は実は「銅重量の価値<一文の価値」だと私鋳され、「銅重量の価値>一文の価値」だと溶かされ、かといって一文の価値を落とすには既存銅銭との兼ね合いが問題になり、しかも最大の銅需要が銅銭発行だから鋳造自体が銅価格に影響するという根本的な問題があるんだが……これ何とかならんかね
儀狄@パブリックエネミー @giteki
金属の価値って結構難しいんだよね。宋銭や明銭は青銅製で成分はおおむね銅60%・鉛25%・錫15%なんだけど、日本では特に錫の不足が酷かったため、日本の中世都市から出る無文銭(日本で私鋳された銭で、文字が入っていない)には銅が95%以上含まれるものが結構あるらしい
儀狄@パブリックエネミー @giteki
康煕通宝とか酷いんだよね。銅銭を大量発行したいけど原料の銅材をどうしようという話になり、途中までは「既存銅銭を買い上げて……」とか天下国家を語っているのに、途中でいきなり「銅製の皿を買い上げて……」ってスケールが数段階下がる
質疑応答・その1~研究について
斎藤飛鳥製造機 @syakekan
@giteki 黒田本?かとおもったら、そうだった
儀狄@パブリックエネミー @giteki
@syakekan だいたい黒田本、一部は上田裕之先生の論文です
  • 「黒田本」とは、以下の本です。
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コメント

墨東公安委員会 @bokukoui 2013年12月21日
まとめを更新しました。(本の紹介を訂正しました)
永沢壱朗 @Nichilaw 2013年12月21日
こんな状態の中国から、船でごっそり銅銭を輸入した平清盛ってすごいんだな。
Ka-Ka @ka_ka_xyz 2013年12月21日
鎖国中も相当な量の銅輸出が行われてた(長崎市街には今でも「銅座」って地名が残ってる)のはこのへんも絡んでるのかな。
いとっち/すーしゃん @hiroki71 2013年12月22日
18世紀後半に田沼意次が「よっしゃ、俵物と銅を清に輸出して儲けたるやで!」となったのも頷けるな。
@sbayasi 2013年12月22日
まとめのミニ解説も含めてスゲー面白い話だ。金銭の歴史の話は「なんでこんなことになってるん」てことが多くて興味深い。
eternalwind @juns76 2013年12月23日
銅鉱山って1000年の歴史があるものもあるし、前近代の工業水準だとなかなか枯渇するほど 掘ることもないので、中国で銅が不足したりするのは、それ自体が政府の腐敗がすごく 鉱山の経営もできなくなってる状態だったりする。
eternalwind @juns76 2013年12月23日
鉄も同じで、明代には、数百年後の初期産業革命のイギリスを超える鋳鉄製造量だったりするのに、その後、製鉄産業が衰退して、日本から刀剣の形で輸入したりするのがあの国
カニ高専 @masau0519 2013年12月25日
日本だと同じ価値をもつ通貨で紙幣と貨幣の両方があるって無いから、興味深い習慣だよなあ。
カニ高専 @masau0519 2013年12月25日
500円硬貨が登場しても、しばらく紙幣と両方が流通していたけど、例えば硬貨を出したら、紙幣を要求されて、硬貨の受け取りを拒否されたなんてなかったし。もっとも、それは違法だが…
こぎつね @KogituneJPN 2013年12月27日
額面が金属価格より安い銅貨が溶かされる問題は現代にもあるし、ためになります。インドとか
墨東公安委員会 @bokukoui 2014年2月19日
一部鍵がかかっていたコメントを修正しました。
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