あたしが看護婦になった当時、看護学校は中学を卒業して『高校』として入学できました。2年間の履修で『准看護婦』、さらに2年の履修で『正看護婦』の受験資格が得られます。ふつうは准看の資格を取った後で、大学病院で実習に出ます。それはその実習の頃、あたしが17歳の夏のことでした
2013-12-29 16:14:50当時あたしは美女として有名で(事実です!)、オトコには不自由しませんでした(事実ですっ!!)。いつも医学科、歯学科、薬学科の男子学生数人に囲まれて、『愛ちゃん』『姫様』というあだ名はそのあたりからつけられました。今から思うとその頃のあたしは、身の毛もよだつような、イヤな女でした
2013-12-29 16:15:51彼の事を知ったのはその頃です。医学科始まって以来の奇人、変人医学生として有名で、あたしのトリマキのオトコ達の話題にときどき上っていました。でも、健康な女の子には全く興味が無いようなので、密かに『ゲイ』かもという噂もありました
2013-12-29 16:16:36そんなあたしにある日天罰が下りました。オトコ達につれられて来た森の中で、テントを張ってキャンプ。キャンプ場ではありません。危ない遊びをするために、わざと選んだ、人目につかないところでの野営。まさかそこが漆の木の密生地だとは知らず、顔がひりひりしてきても日焼けくらいに思っていました
2013-12-29 16:17:53そして一晩経った翌朝、私の顔は腫れ上がり、まぶたも開かず、ただれ、文字通りの化け物になってしまっていたのです
2013-12-29 16:17:59それまであたしにしつこく電話して来たオトコ、高級車に乗っけてくれていたオトコ、いろんなイベントに誘ってくれていたオトコ。みんな、みごとに、あたしの前から消え去りました。そう、積極的にあたしを避けたのです
2013-12-29 16:18:31当然の事として、あたしは大学病院の皮膚科に廻されました。医学科の学生が実習に来ているのはわかっていたのでイヤだったのですが、他ではどうしようもないほどの重症だったのです
2013-12-29 16:19:07感染を起こした皮膚から膿がひっきりなしに出て、これは全面植皮しかないかもと主治医(皮膚科の助教授)に宣告されたときには、『自殺』の2文字が頭の中に浮かびました
2013-12-29 16:19:13そして、予想通り、あたしは医学科の実習生に割り当てられました。その実習生が、現在『南極寿星/かのーぷす @nankyokujusei 』として知られている、あたしの旦那です
2013-12-29 16:20:42彼は、噂に違わぬ、常識を超えた変人でした。そんな彼があたしの担当?神様、どうしてあたしをこんな目に?いっそあたしを殺して!と、本気で落ち込みました
2013-12-29 16:21:05あたしは毎日決まった時間に、皮膚科の外来の裏口から処置室におもむき、そこで待っている彼に、顔に薬を塗ってもらいます。壊死を起こした皮膚組織を除去し、膿をぬぐい、抗生物質を塗ります。毎日、毎日。土曜日も日曜日も、祝日も無く。クリスマスも、正月さえもありませんでした
2013-12-29 16:21:35ぶすっとして一言も口を開かないあたしに、治療をしながら彼はいろいろと話しかけて来ます。変人の話題ですから、バイクのエンジンの排気量を増やすにはピストンのなんとかいう部品が重要だとか。鳥の目は横についているから正面を見るのに苦労するとか。『なに、こいつ?バカ?』と思っていました
2013-12-29 16:22:45あたしは、正直、本当に、真面目な話、彼が大嫌いでした。毎日その『やなヤツ』に顔をさらして、治療を受けるのです。あたしは、猿かなにかに顔をなでられていると、そう思う事に決めました
2013-12-29 16:23:22『やめてよ、気持ち悪い!』というあたしに友達は、『だって考えてもみなよ。あいつも(あたしの本名)の治療をしてるんだから、休みがぜんぜんないんだよ。土日も、祝日も。元旦だって、あんたは看護学校の寮から大学病院まで渡り廊下伝うだけでいけるけど、あいつどこから通ってるの?』
2013-12-29 16:24:32ショックでした。そう、よく考えてみれば、みんながあたしのタダレた顔を気持ち悪がって避けているときに、彼だけは、毎日、あたしにつきあってくれたのです。一言も話さない、笑い返す事もしないあたしに、かれは毎日違う話題を持って来て、一生懸命話しながら、治療してくれるのです
2013-12-29 16:24:59あたしの中で、何かが変わりました。よく聞いてみると、彼の話は、本当は面白いのです。相づちも、微笑みもできない(そんなタイミングは、とうに失っていました)あたしでしたが、いつのまにか、彼に治療してもらう時間が気になりだし、時計を頻繁にみる娘になってしまっていました
2013-12-29 16:25:23彼に治療してもらっているとき、あたしは全てを彼に委ねていました。目を閉じて、されるがまま。いろんなお話を聞きながら。 そして、とても悲しくなりました。治療は、いつか終わります。そうすると、とても奇妙な、でも今ではとても楽しい、彼とふたりきりの時間も終わってしまいます
2013-12-29 16:26:17そんなある日、あたしの皮膚科の主治医が、あたしに話があるといって、病院の喫茶店にあたしを呼び出しました。そして、あたしの口から彼に、あたしの治療をもうやめるよう言って欲しいというのです
2013-12-29 16:26:44ふつう医学生は、ひとつの診療科の実習を2ヶ月くらいで終えて、次の科に移って行きます。ところが彼は、皮膚科のレポートをわざと提出しないことによって、皮膚科の実習の終了をもう4ヶ月も引き延ばしていたのです。もし次の締め切りまでにレポートを提出しないと、『留年』です
2013-12-29 16:27:08自分から望んで留年するようなヤツは学校始まって以来だというので主治医が問いただしたら、どうもあたしの治療が完結するまでは、たとえ留年しても皮膚科に置いて欲しいと言ったのだと
2013-12-29 16:27:17かれの毎日の献身的な治療の結果、あたしの顔、首、肩にかけての皮膚は、見違えるように再生していました。あの状態から植皮せずに完治にもっていけるとは信じられないと、主治医自身が驚いていました。そんな彼に、私の口から、もう治療をやめて欲しいと言わなければなりません
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