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【専門家】高度に発達した民主主義は大量の門外漢で満たされるため迷走しやすい【門外漢】

・高度に発達した民主主義は人口の増加に向かう ・増加した人口に雇用を作るため、社会は分業化に向かう ・分業化が進むと「専門外については疎い門外漢」を大量に作り出す ・大量の門外漢は社会全体を見渡せない(社会の大部分は自分の専門じゃないから) ・選挙権を持った大量の門外漢は、社会全体の問題に対する判断を求められたとき、門外漢であるが故に必ず間違える 続きを読む
政治 デモクラシー 専門家 報道 民主主義 民主制
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にのうらさとこヾ(○'∀'○)ノ @ameayunon
「戦犯は人権」と言ってしまうと生きてることが悪いことのように聞こえるんだが、実際問題民主主義が高度に進むと人口が爆発的に増えやがて支えきれなくなり崩壊する、は自明の理かと。弱者が淘汰されない世界ですからの。(´・ω・`) QT http://t.co/NMaw7LXNnU

【補足】
「民主主義が高度に進むと人口が爆発的に増えやがて支えきれなくなり崩壊する」のプロセスはこんな感じ。

  • 民主主義の普及で人命尊重が重視される(民主主義は意志決定に有権者の多数を必要とするので、多数派工作の必要性から有権者の母数を増やす必然があり、その結果、人命軽視→人命尊重傾向が強くなる)
  • その結果、医療・福祉などの社会保障が充実し、幼児の生存率が高まり、高齢者は延齢される
  • 子供が死ににくくなるので「幼児の人数」が増え、老人の寿命が延びて死ににくくなるので「高齢者を含めた総人口」が増える
  • 増えた人口=本来なら死んでいたはずの弱者が、社会保障によるリソースの投入で延命させられる
  • しかし、人口が増え続けると社会保障コストも増大し、社会全体の「重荷」になる
  • また、民主主義国は資本主義・自由主義・自由競争を導入しており、経済の拡大発展により生活品質も上がるので、生活コストも高くなる
  • 結果的に、幼児生存率が高いままだと育児コストが高負担になるため、育児コスト(に投入できるリソースは変わらない)との兼ね合いから少子化に転じる(死にやすい子供を大量に生み育てる→死ににくい子供を少量生み育てるへの変化)
  • 高齢者の延命は医療などの社会福祉コストを圧迫し続け、その結果として「一人当たりに投入できる金額」が減少する(社会福祉に使える費用には限界があるため)
  • すると、「減額された社会福祉コストでは延命できない弱者(貧乏で重病とか)」から順に淘汰され始める
  • 結果として、「費用の壁」によって少子化、高齢者の足切りが進み、民主主義に基づく社会福祉が弱者を支えきれなくなって瓦解し、人口減少に転じる――。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
民主主義が高度に発達すると増えすぎた人口に雇用を配分するために、分業化/社会的役割の細かい分担が進む。たびたび引き合いに出す「高度に分業化が進んだ社会」が出現するが、個々の専門性が非常に細かく区割りされるので、全体を見渡せない門外漢が多量に発生する。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
自分の非常に狭い分野の担当に没入する専門家は、自分が所属する社会全体を見渡すことができないから、他の分野については極めて興味が薄くなり、民主主義に基づいた社会全体に関わる判断の権限を持たされていても、それを十分に正しく判断することができなくなる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
結果として、「判断を専門的に行う機関(日本で言えば官僚)」や政治家などに丸投げするための手段として選挙、間接民主制が機能するんだけど、それらの専門家が何をやってるかも分からないから、「成果が出る以前の経緯や過程」の段階で疑念を持ってしまい、「間違った処罰」を選挙で行うようになる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
こうして、高度に民主主義が発達し、人口が増え、雇用を配分するために高度に分業化が進んだ社会では、その末端で全体に方向性を与える権限を持つ『有権者』は個々の能力の問題でなく「構造的に」全体を見渡せないので、判断を間違える確率が上がる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
結果的に、高度に民主主義が発達した社会は、その進むべき道を間違いやすくなる。それらを補正するために、高度に発達した民主主義の正常な(というより、正確な)運用のためには、正しい(正確な)情報が必要になる。これは、「正解」ではなく「正確」が求められる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
ところが、民主主義の社会は資本主義を導入しているので、あらゆる事業の継続には「売れて収益が上がること」が必須になる。結果、情報提供を「事業者」が担う限り、それは「収益を上げるために最大化された手法や方針」に阿ってしまうので、情報の「正確性」は損なわれてしまう。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
また、「高度に発達した民主主義は人口が増加し、高度に分業化が進む」ため、大量の門外漢を生む。その大量の門外漢に理解を促す必要から、報道(情報提供事業者)はより幅広く【正確】な知識と理解と説明能力が必要になるが、専門性の分野が広がりすぎて、報道従事者はそれに追いつけない。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
僕は「報道事業者に恣意的な悪意はなく、自社の収益を最大化することに忠実にその方針が定まっている。恣意的に見える報道は、結果的に個々の報道事業者の収益の最大化を目指しているに過ぎない」と考える。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
総じてまとめると、「民主主義が発達するほど人口は増え、それらに雇用を作るため社会は細分化され、細分化されることによって大量の【自分の分野以外は何も知らない門外漢】が生まれることになり、社会全体を見渡す判断をそれらの門外漢=有権者に委ねると、不正確な判断しか下せなくなる」。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
その不正確な判断を補正するための「正確な情報」を司る報道事業者は、自社の存続(収益確保)を最優先とするために、収益の上がりやすい阿った情報選別に偏りがちになるが、これは構造上の問題。報道事業者を「事業という枷」から解いて、例えば公共事業にしてしまうのもひとつの解だとは思う。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
ちなみにNHKは「日本放送協会」であって厳密には公共事業ではありません。政府広報に相当するくらいの放送局+新聞社+出版社に、国内の報道各社を一元化してしまってもいいんじゃないのか、と思う事はしばしばある。いやマジで。震災報道がそうだったけど、特番とかどうせ同じ内容だし。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
ただ、現状で「民主的な社会」は思想信仰報道の自由を保障しており、「偏った情報」や「間違った情報」を流布することを、建前としては戒めていても、実質としては許している。間違いの訂正や風説の払拭なども十分に行わなくても刑事罰を問われない【自由】もあるし。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
なので、これは「民主主義という人類が得た最悪の政治手法(ただし民主主義登場以前のあらゆる政治手法の中では一番マシ)が持つ、構造的な宿痾」なので、まあ、どうにもなんないよね、というお話(・ω・)
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
我々は「細分化された専門分野の専門家であり、同時に自分の専門以外のあらゆる分野の門外漢である」という意味で、象を撫でる群盲の一人でしかないということを、常に自覚しないといかんのだけど、自分の専門性に自信がある人ほど他分野も支配理解できると思い上がってしまう。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
だからとある分野の権威は、他分野についてトンチンカンなコメント出して炎上したりするんだと思う。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
ネットの登場は、情報のフィルタリング、解説といった「集約型巨大事業」である報道事業者でなければできなかったことを、野良専門家、野良アナリストが最小単位から発信できるようにしたし、情報受益者が様々な情報選択機会を持つことができるようにもした。これは画期的な発明だったと思う。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
ただ、震災以降の反原発運動や風評被害などにも見られるように、「誤情報を積極的に選別してしまう人」が現れた。単純に「誤情報を流布した者」だけの問題でなく、情報受益者の大多数が門外漢であるが故にこれは起きた。他分野に暗い人は情報が不正確かどうかも判断できないから必然的に間違える。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
公式が正しくても代入値が正しくなければ、導き出される解は間違っている。 代入値が正しくても公式が正しくなければ、やはり同じように解は間違う。 これと同じで大多数の「門外漢」は正しくない公式に正しくない代入値を当てはめてしまうが、公式と代入値が正確かどうかを知らないので仕方がない。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
報道の自由を保障するということは、収益を上げるために偏向することを法的に罰したりしない(できない)ということでもあるので(建前が違っても実質はそうなってる)、現状の報道事業者は今後も今と変わらない(収益を上げるために偏向報道を止めない)という前提に立った改善案が必要だとは思う。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
報道事業者が不正確である、ということを理解するには、カウンターとして「絶対的に正確である」というものが必要になるんだけど、それらが正確かどうかという判断は、やっぱ門外漢には下せない。分かりやすいのは権威で、「○○の分野の権威が言うならきっと正しい」みたいな。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
ただ、これも震災後の情報受益者の迷走を見て判るように、「気に入らない情報」を出すものを、【御用学者】とラベリングして排他してしまう人が後を絶たなかった。例えば早野先生らを御用扱いしたり、小出助教を崇めたりなどなど。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
ネットは誰でも発信でき、誰でも受信でき、受信する側の【能力(理解力、知識)】に応じた情報フィルタリングを、情報受益者の判断で再構築できてしまうので、ネットは「不正確な知識を広く伝えることもできてしまう」というかなんというか。なのでネットは「正確な情報を広める万能ツール」ではない。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg
ネットが万能に正しい(正確)だという錯誤があるからこそ、風評を真に受けて訂正しない人が後を絶たない。彼等は間違えてないと思っていて、自分の判断を絶対的に信頼している。つまり、彼等の中では「正しいこと」になっているので、訂正が不要というか。
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コメント

加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年1月7日
本日のゴゴゴはショートバージョンです(・ω・)
Gruner_Wind @Gruner_Wind 2014年1月7日
@azukiglg もっと過激に、売れるように情報を改変する、と言ってもいいと思います。 もっとも「広がる情報」ほど受け手が伝言ゲームで誤差を増大していく。 つまり情報は、広く伝えようとするほど正確性が損なわれていく。マクロな社会現象を扱う場合の不確定性原理ですな。
neologcutter @neologcuter 2014年1月7日
民主主義が衆愚政治になりやすいのも、こういうところがあるからだと思う。しかも #反原発 の例でもわかるように扇動屋が門外漢を主導する場合もあるし…
おぞん @ozone_188 2014年1月7日
高度に発達しているのは民主主義じゃなくて官僚制
大山椒魚(エネルギー充填90%、まもなく臨界に達し平常運転に) @beszamel 2014年1月7日
その代表例がエネルギー政策で、特に原発問題だということ。
よーぐる @Seto_yasu1987 2014年1月8日
なんとか一人一人が意識高めていって、こういう民主主義の限界を突破できないもんですかね。とかいいつつ自分も勉強不足があれこれあるので大口叩けませんけど
#53 @hsgwkyt 2014年1月8日
民主主義というよりは平等主義の弊害だと思うが。「意識の高い市民」が淘汰性能の高い社会システムを選択するのなら一応民主的に問題は解決するのだから。
小野仁 @yukikazemaru 2014年1月8日
人口の増加は民主主義と関係無いんじゃ?
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年1月8日
民主主義は「不特定多数の有権者の全て」が政治の方針を決める権限(投票権)を持つ。そして、多数派の方針が採用される。(圧倒的な強者と比較した場合に)弱者のほうが常に多数派になるので、民主主義的制度下では「弱者の救済」を主張しないと、有権者の支持が得られない。結果、弱者救済(社会保障)の充実によって人口は増加するが、社会保障に割けるコストは無限じゃないから経済規模を上限として、質の要求が量の減少に繋がる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年1月8日
結果的に、「民主主義は人口(弱者生存)を増加させるが、その効果は永久的ではなくて減少に転じる」の効果もあるんでないかい、というのが本旨です。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年1月8日
それと「意識の高い市民」は「自分が淘汰される側に入らない」という前提に立つ。が、実際には誰だって自分が足切される側に組み込まれるのはいやだから、「なるべく淘汰されない仕組み」を選ぶ。そして、意識が高かろうが低かろうが経済的余裕があろうがなかろうが(ない人ほど)、淘汰されないような仕組みを支持したがる。そして、そうすることを民主主義という制度は保障してる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年1月8日
んで「官僚制」は、民主主義が高度に発達する過程で必要に応じて発展したと思う。まとめ内で述べているように、高度に発達した民主主義社会は高度に分化が進んだ分業社会になり、大量の門外漢で満たされる。民主主義社会では、門外漢全員が万能の叡智を持たなくても、分業したまま立ちゆくようにするためのエキスパートが必要とされる。それが官僚。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年1月8日
とりあえず「民主主義が人口を増加させるプロセス」としては、「それまで未整備だった社会保障が整備され、それまで淘汰されるはずだった老人と若年層(幼児)生存率が社会福祉によって引き上げられるため」というのを定義してる。「今まではそうでなかった社会に、弱者が淘汰されない選択肢を弱者自身にも選ばせる機会を作るのが民主主義」という理解をするとそうなる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年1月8日
例えば民主主義的ではない貧困国や共産主義国だって、将来への不安(老人は死にやすい世界)から子供をじゃんじゃん増やして、結果的に人口が多くなってる国というのももちろんあるので、「民主主義だから人口が増加(それ以外の制度では増えない)」と言いきってしまうのには無理がある。ここでは「民主主義で人口が増えるとしたらどういった要因が考えられ、どのような人口を増やし、それは永続するか?」を扱ってる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年1月8日
「一個の真理」で世界の全てを説明できるほど、世界はシンプルでもないんで、皆で色々考えを出し合ってくのがきっとおもしろいよ(・ω・)
wist_support @wist_support 2014年1月8日
「衆愚政治」って言葉がここまで合う時代も珍しいかと。
おばた はじめ @yamamoto1208815 2014年1月8日
民主主義国でも社会保障の整備が限定的になる例もあります、その一番の例がアメリカで 今オバマケアの是非で揉めてるように民主主義であっても社会保障の整備に否定的な層はかなり出ることもあるのが興味深いです そして対照的に共産主義体制のキューバの方が社会福祉が充実し、アメリカからその医療を受けるためにわざわざキューバに行くこと人も多いとか
おばた はじめ @yamamoto1208815 2014年1月8日
もちろんアメリカ、キューバの例だけを見て民主主義国、共産主義国、独裁主義国の社会福祉事情は語れるわけはないので、このまとめを一概に否定するものではありません ただ社会福祉が充実しているとされる日本にしても、北欧のように医療機関の受診無料、年金をより手厚く、大学の受講費無料etc…その代わり消費税50%以上~というような高福祉高負担型になっていなかったりと ほんと個別のお国事情を細かく見出すときりがないですね…
WartimeHCRaft @WartimeHCRaft 2014年1月8日
社会全体を見ればこうした方が良い。という事も、自分の利益がそれで減るとなると反対する人が多い。人類全体で見れば先進国の人間は果てしなく生活水準を落とす必要があるが、自分の生活水準を下げて発展途上国の貧者を救うという事は全くする気が無い。
ひろ@猫もふ欠乏症 @hiro_h 2014年1月14日
結局、社会全体に対する理解の平均値(中央値でも可)を上げるしか無いのよね。
言葉使い @tennteke 2014年10月3日
専門分野では門外漢でも、政治の門外漢は民主主義では論外でしょ。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年10月3日
でも民主主義の恩恵に浴してる「有権者」の大多数は、【政治の門外漢】だよ。専門家だったら、有権者は誰もが持ち回りで政治家やれてる。それができない門外漢だから、議員に議論の機会と決定の権限を間接的に付託してる。
言葉使い @tennteke 2014年10月6日
あぁ、昔の大竹まこととか岡田斗司夫が、「民衆が為政者の名前を知らないのは良いことだ」という価値観を持ってまして、そのくらい低レベルの“門外漢”です。
石部統久 @mototchen 2014年11月6日
近代社会の社会的分業、官僚についての資料です。http://matome.naver.jp/odai/2139783665039410801
石部統久 @mototchen 2014年11月6日
かつての大学は専門馬鹿ではない全学問を修めたプロフェッショナルを養成していました。 プロフェッショナル、プロフェッショナリズム、プロフェッションとは http://togetter.com/li/415699 大学の歴史 リベラルアーツ プロフェッショナル養成から現状までを考える資料 http://matome.naver.jp/odai/2141414183755804001
深井龍一郎 @rfukai 2014年11月6日
構成員に仕事を与えなければならないから仕事が細分化するって、これは別に民主主義の都合じゃないですよね。ベーシックインカムのように能力がないものには仕事じゃなくて金だけ与えたって別に構いませんよね。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年11月7日
「構成員に仕事を与えなければならないから仕事が細分化する」のではなくて、大多数の個人は【万能】にはなれないから、様々なそれぞれの得意分野に特化せざるを得ない、ってこと。そして、「個々の得意分野に特化する」と、自分の不得意な分野については理解が及ばなくなる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年11月7日
だけど、【民主主義】というのは、そういう【不得意な分野について十分な知識がない個別の有権者】に、全体についての決定権(の、予備的な勢力の決定権)を与える。だけど、そんな決定権を与えられても、個別の有権者は求められる【専門外の分野についての正確な決断】を下せない。何故なら彼らは「万能」ではありえないから。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年11月7日
民主主義が、そうした「専門バカ」にも等しく公正に権力(参政権)を保証する制度であることに忠実であればあるほど、民主主義は「門外漢の誤謬」で迷走する。そんでこれは民主主義という制度の避けがたい限界だからどうにもならない。ベーシックインカムとか関係ない。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年11月7日
「人は誰でも万能になれる」とか「人はまず万能であらねばならない」っていうのは、正直な所飛んだ思い上がりだと思うんだけど、どうにもそれを前提にしてる人が多すぎるよね。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年11月7日
あと、「民衆が為政者の名前を知らないのは良いことだ」というのは、あながち間違いじゃないんじゃないの、と思う。個別に分業化が進んだ社会にあって、政治(統治)には政治の専門家が当たり、政治が専門ではない人間はそれを政治の専門家に委ねた上で、自分自身の専門分野に専念できる、ということだから。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年11月7日
むしろ、「組織の構成員全員が政治の専門家でなければ成立しない社会」というのは、「専門家でありながら決定権は持たない構成員」の不満を増大させるばかりで、主導権争いで常に揉め続ける事になる。国民全員が政治闘争を繰り広げる社会が幸福な社会だとは、およそ思えないけどな。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年11月7日
そもそも「政治」てのは、「利益の配分について調整すること」「意見が一致しない個人を抱えた集団/組織を調整して統治すること」であり、これには専門的な知識、経験、技術を要する。訓練や教育を受けず適正の有無も分からない「民主主義社会の構成員であるだけに過ぎない一般人」に、そうした専門技術が備わっていることを要求するのはムリゲーすぎる。
深井龍一郎 @rfukai 2014年11月12日
分業化/専門化が進むのは仕事の内容が高度になるからであって、なぜ仕事の内容が高度化するのかといえば、高効率であることがより強く求められるようになるからでしょう。基本的に大規模化するためには高度化しなければいけませんが、最近の風潮では大規模化する必然性が特になくても高度化による高効率が求められているように感じます。これはおそらくは民主主義とは無関係でしょう。
深井龍一郎 @rfukai 2014年11月12日
一方で、大規模化した民主主義国家においては政治も高度化せざるを得なくなるのはその通りで、だからこそ行政の専門家である官僚が必要になるのですし、直接民主制を取る国家も現代においては成立し得ないわけです。民衆が万能でなければならないのは直接民主制を敷いた場合に限られるのではないでしょうか。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年11月14日
「効率よりも公平を優先しなければならない社会」と「より効率的であることが求められる社会」があるとして、民主主義社会は合理性・効率性が求められる社会ではないかと。社会主義、共産主義社会も効率は求められるでしょうが、「効率の追求によって公正性が損なわれること」に忌避感情を持つのは民主主義ではない社会。これが独裁的社会の場合も効率は二の次になるような。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年11月14日
民衆が「より等しく情報を得る機会を得る」と、能力が万能でなくても機会の平等を求めるところから、「政治参加」を要求する度合いが高まり、「門外漢が権利だけを行使しようとする」というのが強まるのではないかと。これが独裁的社会或いは非民主的に行政権者を選べる社会だったら、門外漢を排除することができる。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年11月14日
そんで、民主主義社会は有権者に直接政治に触らせない間接的な民主主義と有権者が直接代表を選ぶ直接的な民主主義があるとして、機会の均等と獲得を叫ぶ有権者が多数派になっていった場合(なっていく)、結局、直接民主制に近付いていき、それに伴って有権者に万能を求めることになっていく感じ。
加藤AZUKI@「忌」怖い話卒哭怪談 @azukiglg 2014年11月14日
ただ、実際には能力的に万能が可能かどうかというよりも、「時間的に全員が万能を備えることの無駄」に、万能を求めざるを得ない社会を希求する人が気付くかどうかという話のような気もします。
でんち @dende_densuke 2015年10月15日
\( ‘ω’)/ウオオアアアーッッッッ!!こんなに心がすっきりしたの初めてだ
コロっしー☆ @Jigou_JItoku 2016年11月10日
加藤あずきちゃんの愛を受け取った
コロっしー☆ @Jigou_JItoku 2016年11月10日
最初の補足に対する意見。 子供の生存率が低いと、子供に金をかけてもその子が亡くなってしまう可能性が高いという事で、その子にかけたコストが無駄になる。ということは相対的に育児コストは上がる筈。 つまり幼児生存率が高い事で育児負担が上がるのは誤りじゃないかな? その他はその通りだと思う。 ただ、それを民主主義のせいにするのは違うと思う。
コロっしー☆ @Jigou_JItoku 2016年11月10日
結局、民衆の堕落や甘えが原因なんだと思う。 強権的な国家から民主主義に移行する時期には、民衆がそれを有り難がっているが、だんだんとそれに慣れ、甘え、堕落し、権利を貪るようになるって事だね。 これは民主主義が悪いのではなく教育と法律が悪い。 学校に留まらず社会全体の教育体制をどんどん甘くしていっている。
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