- cogas_uasanbon
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すべては mei からはじまった…
@fotono .i.e'o ko sidju... {mei}について考えているんですが、CLLの「BPFKではx3がない」というフレーズに悩んでいます。BPFKの定義は、{me}とほぼ同意で、me2の量を明言するところが異なるように見えるのです。mu'onai
2014-01-04 02:37:10@lojytan_bot @fotono つまり、CLL定義のmei2は集合が入るのに対して、BPFKのそれは群れが入るように思うのです。BPFKのmei2は何が入りますか? あと、xorxes解釈はあまり受け入れられずに終わったのでしょうか。
2014-01-04 02:39:32@lojytan_bot BPFKの定義は {x1 数 mei x2}={x1 me x2 gi'e klani li 数 lo se gradu be x2} なので、x2はmeが付くsumtiが指すものであってgradu_1であるような群れです。 mu'onai
2014-01-04 09:04:16@lojytan_bot BPFKの定義はxorxes案をロジバンで定義したものだと思います。cll-jaの18章の注は言葉足らずでした。近いうちに追記します。 mu'o
2014-01-04 09:04:54@fotono ki'edo'u なるほど、BPFKの定義はxorxes解釈のものなんですね。ちなみに、klaniとzilkancuってどんな違いがあるのですか?
2014-01-04 17:05:18@fotono ん、lo se gradu be x2 は、「x2を単位とするような尺度」ですよね?x2が二つの要素からなる群れだとすると、meiで計られるのは二つを一単位にしたものですか?それだとme x2と相容れない気もするのですが
2014-01-04 17:24:28@lojytan_bot @fotono zilkancu_1は、kancuの意味から考えて、可算集合のはずです。klaniはどんな数でも扱えそうです。
2014-01-04 18:59:55@fotono そうなると、lo PA broda は、zo'e noi ke'a broda gi'e klani li PA ...のほうが良さそうな気もするのですが、どうなんでしょう。gadriの内部量化にはzilkancuのほうが適しているのでしょうか
2014-01-04 19:06:06@lojytan_bot loの英語定義「number of individuals not necessarily all that exist」に合わせるなら、可算であるという条件がある方が適しているように見えます。
2014-01-04 19:20:44@lojytan_bot {lo se gradu be x2} がklani_3 (si'o) となっていて、x2は測定の単位として扱われます。これはme の後に付くsumtiとして妥当な役割の一つだと思います。
2014-01-04 19:32:39@lojytan_bot gradu の定義は {x1 pa mei gi'e ckaji x3 noi se ckilu x2} ですから、{x1 数 mei x2}のx2は、群れではあるものの、pameiです。
2014-01-04 20:25:16@fotono .ua なるほど、mei2はpameiな群れなんですね。…となると、また別のところで疑問が…。mei1は往々にしてmei2より多い個数を持ったものになりますよね。たとえば… lo cimei me lo pamei というのはおかしくないですか?
2014-01-04 20:31:35@lojytan_bot x1 me x2 自体には個数が関係しませんし、lo cimei be ko'a me lo pamei be ko'e の ko'a と ko'eは同じであるとは限りませんから、文脈によってあり得る表現だと思います。
2014-01-04 20:41:22@fotono あれ、meって(個は要素数1の群れとしたときの)部分群れの関係を述べるんですよね? lo cimei be ko'a cu me lo pamei be ko'a とすると、明らかに部分群れの関係にはないように思うのですが…。
2014-01-04 20:45:29@lojytan_bot ko'aとko'eは測定単位の違いです。三位一体を表現する時などに使えそうです。 {lo cimei be lo vajni cu me lo pamei be lo patfu jo'u panzi jo'u censa}
2014-01-04 21:00:42@fotono それなら分かります。すみません、みにくかったかもしれませんが、前のツイートは測定単位を同じ(ko'a)にしたときのlo cimeiとlo pameiについてのことでした。
2014-01-04 21:08:53@lojytan_bot {lo cimei be ko'a cu me lo pamei be ko'a} が意味のある文になる例は思いつきません。数学的に偽であるけれども、述語論理だけからは真偽の決まらない文はあります。 mu'onai
2014-01-04 21:18:35@lojytan_bot ちょっと違う話かもしれませんが、以前に証明した命題があります。例えば「{su'o da no mei} は偽 」などを証明するには集合論の公理が必要です。https://t.co/ofv1UvKsMQ
2014-01-04 21:20:47@fotono 軽く目を通してみましたが、なるほど、面白かったです。ta'onai そのことを踏まえると、{x1 PA mei x2} の定義、{x1 me x2}というところがどうも納得できません。{x2 me x1}ならまだわかるのですが…。
2014-01-04 21:26:18meのきちんとした意味について
@lojytan_bot 「部分群れ」と暫定的に訳しているamongによって関係付けられる2つの項は、数量の関係ではありません。ある場合にはx1の個数がx2の個数以下かもしれませんが、among自体は数量の大小関係を意味しません。 mu'onai
2014-01-04 21:37:57@lojytan_bot {x1 PA mei x2} の定義に出てくる{x1 me x2} を「部分群れ」と訳して誤解を生じるなら、「x1はx2なもの」という緩い訳の方が適切かも知れません。
2014-01-04 21:39:56@fotono そうなんですか?!ずっと数量的なものだと誤解していました…。そうなると私がよく分かってない根本の原因はmeにありそうですね。meは数量の大小関係的な包含ではなくて、…えっと、概念的?な包含なんでしょうか。
2014-01-04 22:34:58