烏賀陽弘道(@hirougaya)氏の語る、「信仰」

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烏賀陽 弘道 @hirougaya

(1)信仰のことを考えました。うちは父親がカソリック、母がプロテスタントだった。私も幼稚園、中学高校とキリスト教の学校へ送り込まれ、毎朝礼拝をしました。中学2年生まで日曜日は教会に通っていました。聖書や賛美歌はひじょうになじみ深い世界です。

2010-10-21 04:45:22
烏賀陽 弘道 @hirougaya

2)それでも最後は洗礼を受ける直前まで行って、やめました。教会よりもロックンロールとか女の子とかソッチが宗教になったということも大きいですが(笑)それより牧師が好きになれなかった。中学生に「お地蔵さんとか偶像を壊せ」と奨励するんだもの。笑

2010-10-21 04:47:15
烏賀陽 弘道 @hirougaya

3)ぼくは地元が京都市なので、街角の至るところにお地蔵さんの祠があります。前でおばあさんが熱心に手を合わせていると、車もとまって礼拝が終わるのを待つような(最近はもうあかんらしい)街でした。

2010-10-21 04:48:21
烏賀陽 弘道 @hirougaya

4)人が大切に信仰しているものを「壊せ」「無価値だ」「不浄」とか言う宗教なんて信用できない。対立や憎悪、差別をあおるような宗教は信用できない。宗教は人の心に安らぎや平穏をもたらすためにある。当たり前のことだと思うのです。

2010-10-21 04:49:44
烏賀陽 弘道 @hirougaya

5)自分を顧みても「神様と契約を結ぶ」ほどには自分の人間としての準備が整っていないように思いました。それで信仰からは遠ざかり、まったく縁遠いまま30年くらい経っています。

2010-10-21 04:52:48
烏賀陽 弘道 @hirougaya

6)今でも特定の信仰を持っていません。何か人間を超えた神秘的なものは存在するだろうし、そのように考えていた方が人間は謙虚になると思っているので、そのように考えています。が雲の上にいるひげの老人が「神様」だとは思わない。

2010-10-21 04:54:03
烏賀陽 弘道 @hirougaya

7)今でもときどき聖書や論語、仏典を読むことがよくあります。が、それは「教典」を開くというよりは、数千年生き残っている本を開いて、時が経っても変わらない人間についての考察、知恵を知りたいからです。

2010-10-21 04:55:34
烏賀陽 弘道 @hirougaya

8)どんな知恵かというと、例えば。仏陀が言った「生きることは苦しみである」という言葉を知った瞬間、生きることがものすごくラクになったのは収穫でした。笑 こういうのを信者さんは「真理」と呼ぶのだなあと思った次第。

2010-10-21 04:57:50
烏賀陽 弘道 @hirougaya

9)1995年にオウム真理教の一連の事件を取材し、それからずっと彼らと取材で接触することになったとき、自分のはるか昔の「信仰」のことを久しぶりに考えました。

2010-10-21 04:59:36
烏賀陽 弘道 @hirougaya

10)彼らの多くがぼくと同年代であるばかりか、大学が一緒だった、共通の知人がいる、などで、考えずにはいられない何かがあったのです。

2010-10-21 05:00:23
烏賀陽 弘道 @hirougaya

11)「出家してしまう」というのは社会的に自分を殺してしまうことなのです。ですから、彼らを何がそこまで突き動かしたのか、いちど信仰を捨てた(保留しているだけなのですけどね)人間としては興味を持たずにはいられなかった。

2010-10-21 05:02:04
烏賀陽 弘道 @hirougaya

12)オウムに限らず、あらゆる信仰とは「現世とはまったく別の価値体系に移行する」ことなのです。

2010-10-21 05:02:50
烏賀陽 弘道 @hirougaya

13)私たちは現代日本の価値体系を座標軸に生きていますが、そんなものはちょっと飛行機に乗って違う文化圏に行っただけで「別の価値体系」に放り込まれます。自分の座標軸が相対化されてしまうのです。

2010-10-21 05:04:24
烏賀陽 弘道 @hirougaya

14)大阪や沖縄に行っただけでも座標軸はずれます。まして外国に行くと、それはもう全然別の価値体系でみんな生きている。

2010-10-21 05:05:45
烏賀陽 弘道 @hirougaya

15)現代日本を貫く強固な座標軸が「大量消費主義」であり「物質主義」であり「生産至上主義」であることはみなさん異論がないのではないでしょうか。

2010-10-21 05:06:44
烏賀陽 弘道 @hirougaya

16)現代日本の「大量消費主義」「物質主義」「生産(効率)至上主義」のベクトルの強烈さは世界有数です。これが日本の経済成長の起訴ではないかとさえ思える。

2010-10-21 05:08:09
烏賀陽 弘道 @hirougaya

17)このベクトルのスカラー(量)をそのままに、方向を反転させると「反消費主義」「神秘主義」に(おおざっぱですが)なります。私がオウムに見たのは、この「現代日本の価値軸」のラディカルさをそのままに、方向だけを反転させた「逆像の世界」でした。

2010-10-21 05:10:03
烏賀陽 弘道 @hirougaya

18)これはオウムの信者の何人かが犯した身の毛がよだつような犯罪とは別の議論です。

2010-10-21 05:19:13
烏賀陽 弘道 @hirougaya

20)あたらしい宗教は多かれ少なかれ既存社会の「逆像」なので、既存社会は激しくそれを憎悪します。イエスだって犯罪者としてなぶり殺しにされるほど憎まれたのです。それは彼がユダヤ教の急進改革派だったからですね。ユダヤ社会保守層は彼を憎みました。

2010-10-21 05:21:09
烏賀陽 弘道 @hirougaya

21)同じ理由で、日本の主流社会がオウムを(人としてではなく)集団として憎悪しました。日本人は、鏡にうつる自分の「逆像」を見てしまったのです。

2010-10-21 05:22:07
烏賀陽 弘道 @hirougaya

22)オウムが物質主義や消費主義を否定するラディカルさは、既存の日本社会が物質主義や消費主義を追い求めるラディカルさと双子だったのだと思います。

2010-10-21 05:23:54
烏賀陽 弘道 @hirougaya

23)慎重にお断りしておきますが、イエスとオウムをアナロジーとしてさえ並べて比較するつもりはありません。

2010-10-21 05:27:48
烏賀陽 弘道 @hirougaya

24)元の話題へ。信仰とは結局「仮定」「マインドセット」の問題なのではないかと思うきょうこのごろ。

2010-10-21 05:30:51
烏賀陽 弘道 @hirougaya

25)「神様」というものを仮定して、「その存在が絶対的にあなたを愛している」と仮定すると、ものすごく心が明るく、生きているのが楽しくなるのに気づいた。

2010-10-21 05:32:19
烏賀陽 弘道 @hirougaya

26)「雲のうえのひげのパジャマみたいなかっこうの老人」がいるのかいないのか、考える必要はない。笑 神様とは仮定の問題なのだ。

2010-10-21 05:34:06