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2014センター国語現代文、やっぱりひどかった

今回書いたのは結局のところ「選択式設問の限界」の話。ただし、たとえ記述であるにしても、長文速読主義、難解複雑信仰、そして読解偏重という根本を変えない限り、国語授業ないし国語テストの改革はない。 詳細→ http://ow.ly/sIvFx
人文 大学入試 現代文 国語 センター試験
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福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
センター国語、14:20で終わりましたね。お疲れ様でした56万人。おそらく今年も、難問奇問そのものであったことでしょう。本当に本当にお疲れ様でした。ここからは、作問者が批判を受け苦しむ番です。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
センター国語> 評論は昨年より約400字程度減少し約3800字、小説で1100字程度増加し約5100字 http://t.co/iICaal0nLq
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第1問は齋藤希史『漢文脈と近代日本』、第2問は岡本かの子「快走」の全文 http://t.co/iICaal0nLq
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これだけでも多いが、選択肢の文字数を含めると明らかに読むべき文章過多。 RT @FukushimaKokugo: センター国語> 評論は昨年より約400字程度減少し約3800字、小説で1100字程度増加し約5100字 http://t.co/iICaal0nLq
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
東進ハイスクールのこういうアドバイス、何の意味があるの? 常識すぎる、抽象的すぎる。なんの役にも立たない。 http://t.co/K7sucq2tX2 http://t.co/T5xOuoRlNx
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
「大学入試の現代文は、適当な勉強では高得点を取れないという事実を知り、きちんと対策を立てていくべきものだという認識を正確に持つこと」って言われてもねぇ(笑)
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
センター国語(現代文)は、今夜1時~2時に問題を解きます。その後、2~4時に短評?を書きます。……の、予定です。お暇な方はおつきあいのほど。ただ、腰痛なので実際はどうなるかわかりませんが。古典はやりません。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
センター解きましたぜ疲れた疲れた疲れた(笑) まあとりあえず風呂だな。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
解きながら、答えが浮かぶより先に、センター国語という存在に対してぶつけたい言葉が次々と頭に浮かんできてしまい、集中しづらかった(笑)
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
評論の出典は、『漢文脈と近代日本』。はっきり言って、意味不明だったな(笑) 高校3年生が15分弱で理解できる文章では到底ないし、15分弱で理解できる必要も到底ない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
理解とは、再構成できることを意味する。「全文を150字で要約せよ」などと言われたら正確に要約できる状態、それが理解。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
設問をすべて正解できた受験生の中に、そういう理解に達していた受験生が果たしていただろうか。まあ、いたとしても1%未満だろうと思う。しかもその大半は、文章の「内容」に対する知識が豊富な生徒。つまり、読み取ったのではなく、知っていた。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
むろんそれはそれで価値あることだが、センター試験とは「国語総合」レベルの国語力を問うのが目的なのだから、そこを求めるのはお門違い。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
15分弱、と書いているのは、純粋に本文を読める時間はせいぜいその程度ということ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
逐一設問ごとに解説を加えていく元気もないが、まあもう少し書いておく。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
さっきも書いたように、理解力とは再構成力のこと。しかし、今回の評論を一読してすぐさま再構成できる受験生は1%未満だろうと直観する。ただし、満点かそれに近い点を取った受験生は相当数いるとも思う。であれば、この評論は、理解力を測る試験としては失敗しているということだ。いつも通り(笑)
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
表現を変えよう。久しぶりに制限時間をつけてセンターを解いてみてあらためて思ったのは、今回のように頭に入りにくい評論では、とにかく消去法に頼るしかないということ。しかも、本文に根拠を求めている暇などない。一読した記憶を頼りに、半ば感覚的に消去していくしかない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
「今回のように」と書いたが、まあたいてい、いつもそう(笑)
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
で、そういう消去法に頼るしかない設問でかろうじて正解できたとしても、筆者の主張をズバリ要約できる状態とは程遠いわけだから、それは理解力・国語力を計測できているとは到底言えない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
こんな試験をやっているから、大学生の学力低下が止まらないのだ。というより、学力が「高くない」生徒でも入れるシステム、それがセンター試験であるということだ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
一方、小説は小説でバカバカしい。小説の解釈はある程度の多様性があるのが当然だが、センター試験ではむろん「出題者の解釈」を前提とすることになる。それ自体はあきらめるべき一様性なのでとやかく言わないが、出題者の解釈がいかなるものかを知るには選択肢に頼らざるを得ず、結局は消去法になる。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
まるで小学生のテストの延長のような設問も、また苛立ちを抑えられない。たとえば小説の問6。これはほとんど、「有無」のチェックテスト。指定された内容が書かれているかいないかを「探す」だけ。その意味では小学生レベル。でも、この探す時間がバカにならない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
他の数少ない有意義な設問にかける時間を奪うのに十分な時間がかかる。たとえば、描写のしかたとして適合するものを選ぶ問6の、選択肢3。【第三場面後半の父親と母親の会話には「まあ」という言葉が3回出てくる。この3つの「まあ」はその直後の読点の有無に違いがあり、(続く
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
続き)読点のあるものは驚きの気持ちを表し、読点のないものはあきれた気持ちを表している】。
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