茂木健一郎氏 @kenichiromogi 第1148回【保守の、比較文化学】連続ツイート

2014.1/19 茂木健一郎氏 @kenichiromogi 【保守の、比較文化学】連続ツイート …昨今の日本において喧伝されている「保守」の志向は、あまりにも国家主義的、統制主義的だと言えるだろう。中国の「保守」は参考にならないが、米国の「保守」を解毒剤として、また英国の「保守」を薬として服用するのが良かろう…
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茂木健一郎 @kenichiromogi

連続ツイート第1148回をお届けします。文章は、その場で即興で書いています。本日は、このところときどき考えていたこと。

2014-01-19 07:14:44
茂木健一郎 @kenichiromogi

ほひ(1)進歩的で、リベラルなひとたちを「左」と言うのに対して、「保守」あるいは「右」と呼ばれる人たちがいる。ところが、この「保守」ということが指す内容が、国や地域、文化、時代によって違うということが、ここのところ気になっていて、clarificationが必要であると感じる。

2014-01-19 07:16:24

clarification→説明、解明

茂木健一郎 @kenichiromogi

ほひ(2)日本において「保守」という場合、国家主義との結びつきが強いようだ。つまり、「国」というものを疑いようのない前提としてとらえ、領土の問題にせよ、人々の生活の問題にせよ、「国」という原理から導こうという発想の人を「保守」というような印象があるが、これは特殊な事情だと思う。

2014-01-19 07:17:54
茂木健一郎 @kenichiromogi

ほひ(3)米国においては共和党が「保守」であり、さらにその「保守」がティーバーティーだと仮にしておけば、彼らを貫くエートスは、「国家」を前提とする統制主義よりは、むしろ国家というものに対する懐疑である。ワシントンの連邦政府に対して、むしろ反感や対抗の精神を持っている。

2014-01-19 07:19:30
茂木健一郎 @kenichiromogi

ほひ(4)象徴が銃規制。米国における「保守」が、銃規制に反対する究極の理由として挙げるのが、国家に対する反逆の権利。侵害されてはいけないのは個人の自由、権利なのであって、もし国家がそれを侵そうとするならば、武器をとって抵抗するために、銃規制はあってはならないと考える。

2014-01-19 07:21:17
茂木健一郎 @kenichiromogi

ほひ(5)このような米国の「保守派」のエートスは、国家ありき、国家による統制ありきの日本の「保守派」のエートスとは全く異なる。だから、両者を混同してはいけないし、お互いの「保守」のあり方を、比較文化的に相対化することで、視野が広がっていくだろう。

2014-01-19 07:22:17
茂木健一郎 @kenichiromogi

ほひ(6)中国においては、「保守派」は、現代の人権思想、統治原理からすれば大いに疑問のある現在の共産党による一党独裁を正当化し、それを維持することを志向する人たちである。アメリカの「保守派」とは、立ち位置が全く異なる。日本の「保守派」との比較は、みなさんに任せる。

2014-01-19 07:23:38
茂木健一郎 @kenichiromogi

ほひ(7)英国においては、「保守派」とは、歴史的継続性を重視する人たちのことである。人間の本性は、そう簡単には変わらないといういわば一つの「諦念」、冷徹な現実認識から、社会はこうあるべきというイデオロギーの暴走を警戒する。王室を維持し、歴史的継続性の中で現代化を図る。

2014-01-19 07:25:12
茂木健一郎 @kenichiromogi

ほひ(8)長い歴史を持つ日本においても、「保守」は本来英国におけるのと同じ意味で用いられるべきだと、私は考えている。思想家で言えば、西部邁さんがこのような意味での「保守」を体現している。英国に見られるように、歴史的継続性を意識することは、進歩的で自由志向であることと矛盾しない。

2014-01-19 07:26:54
茂木健一郎 @kenichiromogi

ほひ(9)さて、以上のような保守の比較文化学から考えるに、昨今の日本において喧伝されている「保守」の志向は、あまりにも国家主義的、統制主義的だと言えるだろう。中国の「保守」は参考にならないが、米国の「保守」を解毒剤として、また英国の「保守」を薬として服用するのが良かろう。

2014-01-19 07:28:10
茂木健一郎 @kenichiromogi

以上、連続ツイート第1148回「保守の、比較文化学」でした。

2014-01-19 07:28:32