ハウス・オブ・サファリング #1
「ブン、ブン、ブン、ブン、ブン、ブン、ブン、ブン、衛星の、ディスコの星〜」スタッカートの効いたベースラインと機械的ドラム・サウンドに乗せて、恍惚としたボーカリゼーションが木霊する。みんな笑顔だ。ユミトはふいに居心地の悪さを覚えた。 1
2014-01-19 22:29:40時計を見れば、壁の「ミヤコナ・ハイスクール大変楽しかった会な」の横断幕がブラックライトを受けて紫だ。「ユミト=サン!タノシイ!」通りがかった同級生がハイタッチを求める。ユミトは笑い返し、ハイタッチした。同級生と手を繋いだマーチングバンド部の女子はユミトに潤んだ眼差しを向けた。2
2014-01-19 22:33:15カップルが行き過ぎると、「オイオイ、どうすンだよ、ユミト=サン!」さっきまで壇上で司会役をしていたムラキが悪戯っぽく背中をどやした。「今の子、絶対お前に惚れてるぜ。血を見るかも」「よせよ」ユミトは顔をしかめた。「ンなわけあるか」「俺はピンと来たぜ!あの目……」「よせって!」 3
2014-01-19 22:35:52音楽に合わせ、DJの周りの高校生達が……否、今日の正午までは高校生だったティーンエイジャーが……ハンドクラップをしながら元気に飛び跳ねた。「マジで狙えよ。ワミはすごいおっぱいだ!」「馬鹿言うな」ユミトは手を振った。略奪などすればムラハチだ。「バカ!もう卒業したんだぜ。自由だろ」4
2014-01-19 22:42:42「ユミト=サン!タノシイ!」「タノシイ!」今度はチア部の女子二人。満面の笑顔。「タノシイ!」ユミトは笑い返した。「オイオイ、入れ食いかもな!」ムラキがからかった。ユミトはムラキの肩を冗談めかして押し返し、その場を離れた。「どうした?」「休憩」とユミト。「すぐ戻る」5
2014-01-19 22:45:30ユミトの行く手に佇む生徒……元生徒……達はみな友好的な笑顔を向け、握手やハイタッチを求め、発光するオカメソーダのグラスを掲げて見せた。ユミトはにこやかにそれらに応え、庭のプールサイドを横切り、玄関ホールから外に出ると、裏へ回って壁に寄りかかった。ユミトは夜空を見上げる。「アー」6
2014-01-19 22:50:00彼は溜息を吐き、爪を噛んだ。皆の前でそんな仕草はしない。決断的ではないからだ。ユミトは……特に誇張する必要なく……ハイスクールのスターだ。ヤブサメ部のエースで、三年連続で地区大会の1位。二年の時は中央大会の準決勝まで進んだ。生徒会長でもある。センタ試験は地域第三位。甘いマスク。7
2014-01-19 22:54:37ユミトは寄りかかった壁をずり下がり、尻餅を着くように座る。短い髪をぐしゃぐしゃとやり、拳を握った。「クソッ……今日しかないぞ。今日しかないんだぞユミト!」彼は己に毒づいた。ユミトはハイスクール・ヒエラルキーの頂点にある。だが、正直、仲間のジョック達と話を合わせるのは苦痛だった。8
2014-01-19 22:58:21ユミトはヤブサメが好きだった。無機と有機のハイブリッドたるサイバー馬を駆り、弓を引き絞る。的を睨む永遠のような一瞬。標的を撃ち抜いた時に感じる、崇高な何かと直接繋がるような高揚。解放感。その美しい体験はまるで神聖な儀式だ。オタク虐め、支配、そんなジョックイズムは本当に無駄だ。9
2014-01-19 23:07:11だからと言って、奴らに邪険な態度を取れば即ムラハチだ。そうなればヤブサメを続ける事すらできない。ユミトは社交的に振る舞う事ができた。皆がユミトを愛し、誇りに思っている。だが……その社会性が仇となり、いまだあの娘に声をかける事すらできていない!最後の最後、卒業パーティーでさえ!10
2014-01-19 23:12:59「なんなんだよ畜生……ふざけるなよ!なんで横笛部なんだ!」ユミトはやり場のない憤りに肩を震わせた。だが、要は自分に勇気がないのだ。それだけだ。ムラキの言う通りなのだ。今日の正午で、既に卒業。ジョックの掟?そんなもの、もう知った事じゃない!知った事じゃない……のだ……。 11
2014-01-19 23:18:54「リンピオトーシ……」ユミトは呟く。試合前のコンセントレーションに彼が用いるパワーチャントだ。出自のわからぬ伝承、まじない、ニンポの類だが、試合の極限的瞬間においては、オカルトもまた必要なのだ。「……カイジンリッツァイゼン」「え?」チャントの後半は彼ではない。彼は顔をあげた。12
2014-01-19 23:24:53「ゴメ……ゴメン、ははは」チャントの主は気まずそうに笑った。ユミトの血液が逆流した。震え声は隠せなかったかもしれない。「コモモ……サン!?」「えっ?」コモモは瞬きした。「あたしの事、知ってるの?」ユミトは歯を食いしばった。(((当たり前だろ!))) 13
2014-01-19 23:31:57「何で……」「え?呪文?」コモモは訊き返した。「それは、あたしも訊きたいけど……ユミト=サンが……」「何でここに?」「え?」コモモは眉根を寄せた。「それは、あたしも訊きたいけど……」「え」ユミトは答えを迷った。コモモが問うた。「王子が外にいちゃダメじゃないの?」「王子?」14
2014-01-19 23:42:41「あ……ゴメン」コモモはやはり気まずそうに、「あたし達、ユミト=サンの事、そうやってこっそり呼んでたんだ……王子だからね」「何だよそれ」ユミトは苦笑した。「王子って……バカにしてンなあ」「だって高嶺の花だよ、ユミト=サンは。こんな風に話なんて、無いよ、ありえないよ!」 15
2014-01-19 23:52:20確かに、あり得ない……ユミトは心の中で同意した。そのあり得なさのせいで、今まで会話のひとつもした事がないまま、ここまで来てしまった。「……」「……」会話が途絶えた。コモモは所在なさげに周囲を見渡した。ユミトは焦った。「あのさ……チャント、何で知ってるんだ?」「チャント?ああ」16
2014-01-19 23:59:43コモモは少しはにかみながら、「あたしも、貴方が唱えてたからビックリしたんだよ。あれは、あたしの……」「ピガガー!」その時、屋内からマイクのハウリング音が鳴り響いた。そして、アナウンスが聴こえてきた。「さあレディースエンジェントルメン!セイ・ヤング!皆少しだけ会話を我慢だ!」17
2014-01-20 00:09:51お調子者のムラキのアナウンスだ。「さあ俺たちはもう自由だぜ!そうだよな?セイ・ヤング!さあさあ……お待ちかねだぜ?マジに踊り狂ってくれよ?意中のあの娘と!だけど、ダメ!淫らな事はダメだぜ!まだダメ!そういうのは、せめて少しだけ待とうな!」苦笑混じりの笑いが沸いた。 18
2014-01-20 00:15:47「行きなよ」コモモが微笑した。「王子がまず行かなきゃ、締まらないよ」「ア……」ユミトは言葉を発そうとした。もがいた。口の中は乾き切っていた。「横笛、王子、お互い居場所ってものがさ」「ア……」ユミトの目に涙が滲んだ。それは感動の涙だった。この人は、なんて綺麗なんだろう。 19
2014-01-20 00:21:44(((見せろ!成果を!)))ユミトは心を奮い立たせた。(((俺の成果を!ヤブサメの心を!)))ユミトは動いた!コモモの手を……取った!「えっ」コモモが目を見開いた。その頬に微かに朱がさした。「えっ」「俺……俺と踊ってください。コモモ=サン」「いいの?……ナンデ?」「好きです」20
2014-01-20 00:26:09その瞬間、庭で泥酔していた誰かが、ふざけてロケット花火を打ち上げた。BOOOM……なんたるシンクロニシティであろうか。コモモは戸惑いを見せたが、やがて静かに頷き、ユミトにもう一方の手を重ねた。そして照れくさそうに笑って、答えた。「ヨロコンデ」21
2014-01-20 00:31:03ユミトとコモモは手を取り合ったまま、殆ど颯爽と、フロアへ戻っていった。「なんか……嘘みたい」コモモが言った。ユミトは答えた。「ずっと好きだった」「私なんか彼女にしたら、色々……」「そんなのブルシットさ!」ユミトは笑った。心に余裕が生まれてきた。「それに、もう卒業したんだし!」22
2014-01-20 00:36:13「そうだね」コモモは微笑んだ。「これから、よろしくね」「ありがとう」「何が?」「こんな……OKしてもらえるなんてさ」「王子なのに」「やめろよ」ユミトは苦笑した。そして言った。「これから、お互い知り合おう。もっと。今までずっと話したかったんだ」「……うん」音楽が始まる。 23
2014-01-20 00:44:15「どこ行ってたんだユミト=サン!」ムラキが壇上から指差した。「皆おまえを待ってたんだ!」拍手喝采!「オイオイ……その娘はどこで捕まえてきたんだ?憎いぜ!」ムラキがおどけた。暖かい笑い。誰もユミトを咎めなどしない。ユミトは思わずガッツポーズで応えた。再びの喝采。 24
2014-01-20 00:48:56