ほしおさなえさんの140字小説23
- akigrecque
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クリスマスが近づいて、空は青い。サンタの家のあたりはきっと雪に覆われて、サンタは白い息を吐き、鼻歌を口ずさみながら、イブの夜が晴れることを祈っている。雪の空はトナカイにとっても辛いだろうから。プレゼントのようにうつくしく晴れた空を見ながら、わたしも祈る。夜空を星が照らすようにと。
2013-12-21 09:47:45月が浮かんでいる。月は自分が月と呼ばれているのを知らない。地球に僕らがいることも、僕らが月を見つめていることも。遠い未来、人のいない地球のことを考える。きっといまと同じように、月が白い光で照らしているのだろう。そう思うと、僕は少しほっとする。月の光を浴びて、町がしんと光っている。
2013-12-22 09:51:59毎日空のことを考えている。わたしたちはなぜ空の美しさにいつも驚くのかと。きっと空ほど大きなものはないからだ。雲の形にも光の具合にも作為がなく、再現することができないからだ。見上げればいつもそこにあるが、空を記憶することはできない。空はすごい。空なんていうものはないのかもしれない。
2013-12-23 20:48:43明け方、ひとりで砂浜を歩いている。世界から取り残され、枝に引っかかった布切れのように、ぱたぱたとはためいている。朝焼け色の海の水を壜にすくう。胸に抱くと、ほのかに息づいている。すっと身体に水がめぐり、このまま椰子の実かなにか大きな種になって、人のいるところまで流れていきたくなる。
2013-12-24 16:06:14子どものころ地下鉄に乗っていると、線路が知らない世界に通じていてこのまま列車ごとそっちにはいってしまうんじゃないか、とどきどきした。扉も鏡も、向こうには別の世界がある。世界の半分はそういうものでできていた。いまでもどこからともなく風が吹いてきたりすると、見えない扉を探してしまう。
2013-12-25 18:51:52大切なものを失ってから家のものが少しずつ消えて行った。絵が消え、食卓が消え、気づいた。ものが消えているのではなく、わたしが消えていっているのだと。壁時計が消え、すべてがなくなる前に家を出て海に来た。空と海の境がないほど晴れていた。ここでなら消えていける。忘れないよ、と泣いていた。
2013-12-26 19:23:35あれはいつのことだったか。夕方、廊下でオレンジのものが揺れた。金魚鉢に夕日が透けていた。金魚のオレンジのひれと夕日が混ざったり離れたり。そのときだ。僕が孤独という言葉を理解したのは。世界が言葉で表されていると知ったのは。なぜかわからない。でもその瞬間の驚きだけ鮮やかに覚えている。
2013-12-27 21:43:10卵のもととなるものは胎児のころにすべてできているらしい。母の胎内にいるときから女は一生分の卵を孕んでいる。そのような器なのだ。すべてが生まれるわけではない。ひとりも生まれないかもしれない。それでも未生の海を抱えている。マトリョーシカのひとつのように。空の下でやわらかい身体を開く。
2013-12-28 09:32:44わたしにはオーロラが見える。大切だったものが燃え尽きて、それはだれのせいでもなくて、あれほどあたたかかったのにもう手触りもなくて、記憶のなかにしかなくて、たぐり寄せようすると、空に燃える光が見える。もう二度と会えないのに、あんなうつくしいオーロラの姿で、遠くひらひらと揺れている。
2013-12-30 00:42:59愛されるのが怖かった。あの人の手紙に描かれたわたしは、わたしとは少し違っていた。それが影のようにわたしの暮らしにはいりこみ、背後からわたしを見ていた。愛とは影との戦いだった。やがて愛が薄れ、影も薄れていった。あの人は去り、影だけが残った。毎晩窓辺で薄い影を抱き子守唄を歌っている。
2013-12-30 23:51:14