ほしおさなえさんの140字小説24
- akigrecque
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青空の下、河原を歩く。子どもの持つ白いリボンがひらひらと風に揺れている。むかしはわたしの心もあんなふうにたなびいていた気がする。すっかり湿気を吸って重くなってしまったけれど、こんな日はなにもかも考えるのをやめて、日に干してみよう。走る子どもといっしょにひらひらとたなびいていよう。
2013-12-31 22:18:56年が明けて、空には光が満ちている。小さな暮らしだから、お正月と言っても特別なことはなにもない。台所のスポンジを新しく変えただけ。白い皿をテーブルに置き、正月の光を皿に受ける。しばらくそれを眺めたら、外に行こう。青い空を見ながら、きらきら光る静かな道をゆっくりゆっくり歩いて行こう。
2014-01-01 12:09:28北の町で雪の結晶を見た。規則正しく美しく、直線でできた花のようだった。どれも六つの角を持ち、それでいてみなちがうのだ。見上げると雪が舞っていて、そのひとひらひとひらがすべて結晶なのだと思うと、ため息が出た。世界は大きな詩なのだ。ひとひらわたしの指に落ちて、溶ける。あとかたもなく。
2014-01-08 17:47:39地面に小さなつむじ風ができて、落ち葉がくるくると回っていた。空気は乾いてとても冷たかった。唐突に僕は、この世界のほとんどのものが僕には関係のないものなのだ、と気づいた。なぜか肩の荷がおりた心地がした。ゆっくり歩くような速さでただ生きて行けばよいのだと、自分の白い息を見つめていた。
2014-01-09 23:13:30骨粗鬆症だった祖母の身体はどんどん縮んで、亡くなったときはとても小さかった。遺骨はふつうの人の半分もなく、脆くぱりぱりと割れた。生きながら空気にほどけていったのか。最後は全部煙になったのか。骨壺を抱いてみんなで歩いた。ひゅうひゅうと風の音がして、訛りのある祖母の声が耳奥に響いた。
2014-01-10 19:56:24朝、霜柱が立っていた。踏むと、さくっと音を立てて崩れた。しゃがんでじっと見た。子どものころ、霜柱を見るたびに小さな宮殿のようだと思った。身体がどんどん小さくなって、氷柱のなかを歩いた。地下に埋もれた宮殿の秘宝を探しに行くのだ。霜柱が光る。土を払ってつまむと、さっと溶けてしまった。
2014-01-14 19:57:48あなたのマフラーからあなたの匂いがした。いっしょにいると諍いばかりだったのになぜあなたでなければならなかったのか。わからない。あなたはもうどこにもいないのに時間は一方にしか流れないのになぜこの匂いがここにあるのか。わからない。ぽっかりした黒い穴のようなものにそっとマフラーを巻く。
2014-01-15 18:22:03この庭にいるとなにもかも変わらないように思える。あのころと同じように木には鳥がとまって、でも知ってるよ、あのころの鳥たちはもう死んだと。鳥たちには歴史のような時が流れたのだ。世界は無数の層でできていて、僕にはその一部しか見えない。鳥がはばたき、影が過ぎる。取り残されて立っている。
2014-01-16 16:27:07破れそうに薄い紙風船をぽんぽんと叩いて、お庭から外を見るたびに思った。神様はどうしてわたしたちに幸せや不幸や死ぬ怖さを教えたんだろうって。人間はそんなの受け止められるほど大きくないのにって。なにも知らなければ泣かずにすんだのかな。ひとりぼっちでも泣かずにすんだのかな。ねえ、神様。
2014-01-17 18:54:28もう住む人のない家の日の当たる廊下に座って、アルバムをめくっている。小さいころのわたしやきょうだいが笑っている。写真を撫でる。ほしいのはこんなものじゃない。身体のあるもの。今この手でさわれるもの。どんなに小さくてもさわれるものがほしいんだ。握りしめた手のひらが冬の光を浴びている。
2014-01-21 20:19:01