暗闇とひそひそ話~ヒソヒソ

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齋藤虎之介 @tora404

人里離れた山奥に住んでいる。人工的な灯りはなく夜になると星と月の明かりだけになるそんな場所。今日は朔、いつもより更に闇は深い。深夜、暗い道を歩くのが日課になっていた。昼間歩き慣れた道だから多少暗くても歩くことができるし、時間が立てば暗闇に目も慣れてくる。暫く歩いていると更に深い

2014-01-28 12:48:29
齋藤虎之介 @tora404

闇が前方に見えてくる。まるで真っ黒な壁のように前方に立ち塞がっている。星明かりも届かない森だ。その真っ黒の壁にさらに深い闇がポッカリと口を開けている。森の入口、その前に立つ。流石にここから先は松明の灯りがないと厳しいので、用意しておいた松明に火を点ける。一瞬にして松明を中心に

2014-01-28 12:48:40
齋藤虎之介 @tora404

今までそこにあった闇がサーッと道を開ける、その瞬間がなんだかとても気持いい。その場を押し出された闇はどこにいってるのだろうか?押し出され行き場を失って元いた闇とぎゅうぎゅうと押しくらまんじゅうしているイメージが頭に浮かぶ。少し可笑しくなってふふっと笑い森の中に入って行った。

2014-01-28 12:48:50
齋藤虎之介 @tora404

松明の灯りでオレンジ色に染められた森の中を歩く。ふと後を振り返ると闇は元居たあるべき場所に戻り、森の中を満たしていた。ゆらゆらと揺れる木の影が人や手に見えてなんだか面白い。暫く歩くといるも腰掛ける切り株が見えた。松明の火を消しそこに腰掛ける。すっと闇に覆われて後から後から闇が

2014-01-28 12:48:59
齋藤虎之介 @tora404

降り積もってくる。何も聞こえない何も見えない森の中。いや耳を澄ませば虫やフクロウ、蛙の声が聞こえてくるのだけれど、なんとなくそれは静寂とイコールのような気がした。目を閉じると先程の森の中の闇よりも更に深い闇になる。この闇よりももっともっと深い闇はあるんだろうか?そう考えるけれど

2014-01-28 12:49:59
齋藤虎之介 @tora404

朔日に森の中で目を閉じて得られる闇よりも深い闇は思い付かなかった。毎日毎日考えたれど思い付かなかった。松明を消して降り積もる闇を楽しむ。ふっと風が吹いて積もった闇がサラサラと飛ばされていく感じを楽しむ。目を閉じてもっと深い闇と静寂を楽しむ。時には虫の声やフクロウ、蛙の声を楽しむ

2014-01-28 12:50:08
齋藤虎之介 @tora404

時もあるし、満月の夜、見上げた木々の隙間から降り注ぐ月光を楽しむ時だってある。この日課はそれから数十年続いた。外を歩くのもなかなか億劫な年齢になったけれどいつものようにいつもの切り株に腰掛けていた。するとヒソヒソ、ゴニョゴニョと何かが話しているような声が聞こえた。周りに人は住んで

2014-01-28 12:50:18
齋藤虎之介 @tora404

いないし、こんな夜中にこんな場所に人が来るなんて考えられなかった。全神経を耳に集中させてヒソヒソ声に耳を傾ける。しかし、そこの声はあまりにも小さすぎて、何を言っているのかどの方向から聞こえてくるのかさえ分からなかった。幾日かして松明を持って森を歩いているとまたヒソヒソ、ヒソヒソ、

2014-01-28 12:50:28
齋藤虎之介 @tora404

ゴニョゴニョと話し声が聞こえた。この前よりも大きくなっているような気がしたけれどやっぱり何を話しているのかどこから聞こえてくるのかわからなかった。日を重ねるごとにヒソヒソ声は大きくなっているような気がした。いや、大きくなると言うよりはそこら中から聞こえてくるような、もっと大人数で

2014-01-28 12:50:44
齋藤虎之介 @tora404

話しているようなざわめきになったと言っていいかもしれない。これは一体なんだろう?松明の火を消し切り株に座って考える。唐突に足元から「毎晩毎晩意味もなく鳴き続けるってキツイな!」「いやいや、意味なくってわけじゃないだろ。」「いや、まあそうなんだけど・・・」と聞こえて来た。慌てて松明

2014-01-28 12:51:18
齋藤虎之介 @tora404

に火を付け、足元を照らすとコオロギが2匹いた。え、まさかこいつらが?少しパニックになりながらもじっとそのコオロギを観察する。「昨日可愛い子いたから必死に羽をすり合わせたんだよ。それこそ羽が燃えてなくなるんじゃないかってくらい。」「うん、それで。」

2014-01-28 12:51:40
齋藤虎之介 @tora404

「そしたらさ、シュッとした男前なコオロギがやってきて羽を2~3度擦り合わせたかと思うと凄いいい…」と言った所で目が合ってしまった。「おいなんか見られてるぜ。」そう言われもう1匹のコオロギもこちらを見る。「ほんとだ。何だよ文句でもあんのか?」そう話しかけられたので咄嗟に

2014-01-28 12:52:06
齋藤虎之介 @tora404

「いえ、何でもないです。」となぜか敬語で応えてしまった。「こいつ俺らの言ってることわかってるのか?」「いやそんなはずないだろ。どう見てもコオロギじゃないし。」と2人で話しているので「わかるよ、君らが何話してるのか。」と恐る恐る話し掛けてみた。

2014-01-28 12:52:30
齋藤虎之介 @tora404

「お、おい。やっぱり俺たちの会話に入ってきてるみたいだぞ。わかってるんじゃないのか?」「そんな感じだな。気味悪いなこいつ。」そう言って2匹のコオロギは松明の明かりの届かない暗闇にぴょんと跳ねて行ってしまった。しばし呆然とする。もしかしてヒソヒソと聞こえてきた話し声はこの森に住んで

2014-01-28 12:53:02
齋藤虎之介 @tora404

いる動物や虫の声なんだろうか?そう思い松明を消し耳を傾ける。ヒソヒソ、ヒソヒソ。「…が…したんだ。」「…で、昨日の…だぜ。」 昨日まで、というかついさっきコオロギ達の会話を理解できるまではただのひそひそ話にしか聞こえなかった音が、突然、微かだけれど何を話しているのか

2014-01-28 12:53:26
齋藤虎之介 @tora404

分かるようになった。物事には切っ掛け、コツを掴むとできなかった事が突然上手く出来るようになったりする事がある。この現象ももしかしたらそういう類のものかもしれない。(やっかいな事になったなあ…。)老人は溜息をついた。闇を静寂を愛していたのに虫や動物の声が会話として認識出来てしまう。

2014-01-28 12:53:45
齋藤虎之介 @tora404

ただのコロコロ、キーキー、ホーホー、ケロケロという鳴き声なら静寂の一部として楽しむ事が出来たが、それが理解できる会話だとしたら話は別だ。いつもならもっと遅くまでいるのだけれど、その日は早々と帰ることにした。帰り道松明の明かりのおかけで木に佇むフクロウの姿が見えた。

2014-01-28 12:54:04
齋藤虎之介 @tora404

何気なく「こんばんは。」と言ってみるするとフクロウが「こんばんは。」と返してきたかと思うとギョッとした顔をした。やっぱりかぁ…。ふぅ。老人はトボトボ家に帰った。毎日の日課である深夜の散歩をここ最近休んでいた。理由は簡単で夜の動物たちの話し声が聞こえてくるからだ。

2014-01-28 12:54:23
齋藤虎之介 @tora404

不思議と昼間には分からない。しかし数十年も続けてきた日課を数日休むというのは、実に大変で禁断症状にも似た深夜に外に出なくてはという感情が湧きだしてくる。それに負け久し振りに深夜の外に繰り出した。森の中に入るとやはり話し声が聞こえてくる。言葉として認識できる囁き。

2014-01-28 12:55:01
齋藤虎之介 @tora404

「こんばんは。」不意に木の上から声がし、見上げてみると多分この前のフクロウがいた。「こんばんは。」と返す。それ以上何か話すわけでもなくいつもの切り株まで行き腰掛けた。松明を消そうとした時足元から声がした。「お、この前の」「ホントだ、久し振りだな。」

2014-01-28 12:55:29
齋藤虎之介 @tora404

見るとあの時のコオロギが2匹いた。「こんばんは。」と2人に声をかけ暫く3人であれやこれやと話した。その日は他にもカエルやキリギリス、ウサギとも話をした。相手も吃驚していたので挨拶程度だけれど、何となくこういうのも悪くないなと思い帰宅した。

2014-01-28 12:55:40
齋藤虎之介 @tora404

それからは毎日あの森の中の切り株に通った。真っ暗な森の中で暗闇を楽しんでヒソヒソ、ゴニョゴニョという森の住人たちの囁きを楽しんだ。時折誰かと話したり挨拶を交わしたり。始めこそはこの能力の為に大切な時間を楽しみを取られたような気がして苛立っていたけれどそれにもすっかり慣れてしまった

2014-01-28 12:56:16
齋藤虎之介 @tora404

老人は最近気付いたのだ。若い頃に切望していた朔の日に森の中で目を閉じた時よりも深い静寂な闇がある場所があるということに。嬉しいようなでも少し悲しいような…。それまでどれだけの時間が残されているかは分からないけれど、それまでは今のこの暗闇を楽しもう。

2014-01-28 12:56:26
齋藤虎之介 @tora404

暗い森の中の切り株に腰掛け目を閉じる。深く息を吸い込みゆっくりと吐き出すと闇も一緒に吐出されたような感覚に囚われる。そして少しだけ耳を澄ます。ヒソヒソ、ヒソヒソ…。今手に入る最大限の暗闇と静寂を楽しんだ。ヒソヒソ、ヒソヒソ…。

2014-01-28 12:56:33