自らの自殺を否定され発狂する引きこもりの心理

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アドリア海 @keizi80

その日引きこもりは海を臨む山中の車道沿いに設置されたバス停の椅子に座っていた。 上り側のバス停であったが彼自身は今しがた下りバスに乗りこの地点までたどり着いていたのだった。 岬1

2014-01-28 14:13:39
アドリア海 @keizi80

下車ポイントから徒歩で50メートルほど進んだところにあるその椅子に、引きこもりはは休憩目的で座っていた。 彼はこれからさらに数キロ道を下ったところにある断崖絶壁の岬で、飛び下り自殺を決行するつもりでいた。 岬2

2014-01-28 14:14:54
アドリア海 @keizi80

引きこもりは全てを諦めてしまっていた。 時刻はすでに夕暮れ時。 少なくとも明日の朝には自分はこの世の存在では無くなってしまっていることだろう。 岬3

2014-01-28 14:16:01
アドリア海 @keizi80

その未来が容易に想像できた引きこもりはひとつさびしくため息をつき、 脇に抱えたリュックサックの中身を広げた。 念のため多めに持ってきた2日分の食料と着替え。 必要といえるものはその程度しか入っていなかったが、 岬4

2014-01-28 14:18:30
アドリア海 @keizi80

ほかに数え切れぬほどのガラクタが 詰まっていたため、その割りにリュックは重くパンパンに膨れ上がっていた。 岬5

2014-01-28 14:19:08
アドリア海 @keizi80

中にはさび付いたものもある、そのガラクタのすべてだけが、今の彼の全財産であった。 貧困にあえぐあまり、あらかたのものは換金せざるを得なかった過去があったし、 そうでなくとも死出の旅に連れて行けるお供など、 量的にはたかがしれていた。 岬6

2014-01-28 14:20:28
アドリア海 @keizi80

その段階になって引きこもりは、仮にどれだけ財に恵まれようと、人が本当の意味で 「所有」できる物など数えるほどしかないという事実をようやく悟った。 岬7

2014-01-28 14:21:16
アドリア海 @keizi80

ただだからといってそれが引きこもりの中で常に貧しさに追われた己が人生の慰みとなることはなく、人間などどうあっても救われぬという日々堆積していた鬱屈を さらに燻らせるだけの結果に終わった。 岬8

2014-01-28 14:24:44
アドリア海 @keizi80

引きこもりはリュックお中からくじらのおもちゃを取り出しひとしきりそれで遊んだ。 物心ついたころにお年玉で買い、以来大切にしていた思い出の品だった。 彼はそこで意味もなく数十分ほど時間を潰した。 日はもう暮れようとしていた。 岬9

2014-01-28 14:26:49
アドリア海 @keizi80

『こんにちは』 急に背後から声が聞こえたため引きこもりはぎょっとした。 振り返るとそこには登山着姿の中年男性がひとり立っていた 。 『こんにちは』 岬10

2014-01-28 14:33:18
アドリア海 @keizi80

男は飄々と歩み寄ってきた。 『あなたも登山で』 「え、まあ」 実際その近辺は人気の登山スポットでもあったのだ。 『それにしても大変な目にあった。急に霧が出てきたもんだから』 岬11

2014-01-28 14:34:58
アドリア海 @keizi80

そういうと男はわしゃわしゃと後頭部をかいた。 その髪は水にぬれてきた 。 どうやら今しがた山から降りてきて、これから里へ向かうバスへ乗り込むつもりでいるらしい。 『あなたも今から山を降りるおつもりで?』 「え」 岬12

2014-01-28 14:37:51
アドリア海 @keizi80

こう問われて引きこもりはしまったと思った。 人里向きのバス停に腰掛けている以上、そうとられても致し方ない。 そもそも日暮れ時の今にあって、この先こんな山中にとどまろう者など、彼のごとき自殺志願者でもない限りいるはずもないのだ。 岬13

2014-01-28 14:39:05
アドリア海 @keizi80

「あ、まあ」 引きこもりは苦虫を噛み潰す心持で応答した。 登山男の様子だとこの後まだ便が残っているようだから、 歩調を合わせるなら町への連行を余儀なくされることとなる。 岬14

2014-01-28 14:40:37
アドリア海 @keizi80

それはとっくに覚悟を済ませた今のひきこもりにおいてはありえない選択肢なので、 登山男の前でいつかは不自然な前言撤回を強いられることは分かりきっているのだが、もとより人とのやり取りに難を抱えている引きこもりとしては、ただその場を取り繕うだけで精一杯だった。 岬15

2014-01-28 14:43:18
アドリア海 @keizi80

振り返れば彼はいつもそうやって生きてきたのだった。 『そうですか。それはよかった。いやね、最初にバス停に座るあなたを見たとき 実をゆうと僕少し怖かったんですよ』 「え」 『この先に○○崎ってありますでしょ?』 「・・・・」 『自殺の名所の』 「・・・・」 岬16

2014-01-28 14:45:09
アドリア海 @keizi80

『あなたもそっちのほうのお客なんじゃないかって』 「・・・・」 『いやいや、失礼いたしました』 「・・・・」 『あの岬、山頂から見えるじゃないですか』 「・・・・」 『あれ、見えなかった?』 「よくわかりませんでした」 登山男はなるほどという顔をした。 岬17

2014-01-28 14:47:11
アドリア海 @keizi80

『山の頂からですな、雄大な光景の一部として、そういうスポットを見ていると、人間というのがひどく小さく見えてくるわけです』 「・・・・・」 岬18

2014-01-28 14:48:16
アドリア海 @keizi80

『自殺というのは実にばかげている。人間というのは自然に生かされているわけですな。 それに感謝の念を抱きつつ最後まで生き抜こうとするからこそ尊い。自ら命を絶つだなんて実に おこがましいではないですかそれは自然に対する冒涜ですよ』 岬19

2014-01-28 14:49:04
アドリア海 @keizi80

引きこもりの眉がひきつった。 「ではあなたは自殺する人間を認めない?」 『みとめませんな。実に罰当たりです』 「どんなに苦しい事情があっても?」 岬20

2014-01-28 14:51:14
アドリア海 @keizi80

『認めませんな。人はどうあっても生きるべきです。そもそもみな何かに生かされてきている以上  生を放棄することは許されないのですな』 「それはちょっと違うなあ」 引きこもりは憤激した。 岬21

2014-01-28 14:52:04