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じぇーらむ@羽衣狐様の下僕 @Zeirams
【コーヒー飲みながら完全俺得妖怪タイム】先日、私のフォロワーさんが”般若さん”について、とあるつぶやきをされたのですが、それにビビビ(←妖怪妄想発動音)と反応。これから「般若」についてつぶやきます。
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"般若"=はんにゃ。サンスクリット語又はパーリ語から取られた仏教用語で最上の智慧を意味する言葉。科学知識の「知恵」とは意を異にする、悟りに至る真理を照らす洞察力とも言える。多分。確か。違ってたらゴメン。
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「般若」は例によって、江戸時代の妖怪絵師・鳥山石燕による『今昔画図続百鬼』にも登場している。ただし、ここでの般若は悟りに至る道筋を絵画にしたものではない。恐ろしい形相の鬼女の絵だ。
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智慧を表す「般若」が何故、鬼女の代名詞になってしまったのか?多くの説があって決定版はないのだが、多分「いろいろな経緯が混ざった」のだと思う。それでなくても妖怪巷説には、色々混ざって出所がよくわからない事が多い。
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一説に『源氏物語』の葵の上(あおいのうえ)と六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の物語、しかもそれを題材にした能の舞台が元になったと言われている。
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葵の上は光源氏の4歳上の姉さん女房→光源氏は7歳上の六条御息所というアラサーお姉さまと愛人関係に→ある時、何かのお披露目をすることになった光源氏を二人が見物に→場所取り争いになってしまい、結果は葵の上の激勝!ひゃっほう!
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・・・という流れで、恥をかかされ怒り狂った六条御息所の魂が生霊となり(この姿が鬼女。いわゆる般若面だった)、葵の上を苦しめる→葵の上は「般若心経」を読む修法によりこれを落とす。
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六条御息所の魂は、この時「成仏した」とされる。成仏とは一般には「死」を意味するのだが、一方では「悟りを得る」あるいは「解脱する」ということでもある。鬼女の顔のまま彼岸へ至ったあの場面、本当に悟りを得たのならば鬼女の面はまさしく「般若面」だ。
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このエピソードにより、「葵の上が般若心経を読んだ時の鬼女の面って凄いよね」→「般若の面って凄いよね」→「何だか、はにゃ~ん♪って感じだったよね、よね?」・・・と、これが般若=鬼女のイメージの由来らしいお。
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我が(?)妖怪界には「三大鬼女」と呼ばれる方々がいて、「安達ヶ原の鬼婆」「道成寺の清姫」「六条御息所」の3人がそれにあたる。いずれも、深すぎる愛情ゆえにダークサイドに堕ちてしまった悲劇のヒロインだ。
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仏教では執着を伴う愛情を「渇愛」と言って戒めている。三大鬼女の物語は、渇愛のもたらす悲劇を描いたものなのだ。
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で、六条御息所とはどんなお姉様だったか?説明はしょって一言で言うと「赤木リツコ(viaまたエヴァかいっ)」。・・才色兼備。激しい情念を内に秘め、かつ内向的な自己抑制に縛られた哀しくも美しいヤンデレ気味のお姉さま。ああ、泣きぼくろエロいよリツコお姉さまっ。//
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リツコ「男と女は分からないわ、ロジックじゃないもの」。リツコはかつては母の愛人であったゲンドウと愛人関係になる。「・・無様ね」。人の情念は、時に理性と知性を駆逐する。渇愛から人を救うのは、知恵ではなく智慧(=般若)しかないのか。
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「人は誰しも心の闇を怖れ、そこから逃げようと、それを無くそうと生き続けているわ」リツコは、その知性ゆえに自分の業を誰よりも自覚していて、救いを求めていたのだろう。ただ、光源氏が六条御息所を救えなかったように、ゲンドウもリツコを救えない。彼らに智慧などないからだ。
じぇーらむ@羽衣狐様の下僕 @Zeirams
六条御息所の怨念は葵の上が読んだ「般若心経」により浄化された。リツコは最後、「・・・嘘つき」と呟き、ゲンドウの放った銃弾に倒れる。二人に救いはあっただろうか?
じぇーらむ@羽衣狐様の下僕 @Zeirams
人の愛は美しい。だから一途に人を愛する六条御息所の姿には心を打たれる。 ああっ、リツコお姉さま、お姉さまの愛でボクをとり殺して欲いしおっっっっ!・・・・あ、失礼しました。
じぇーらむ@羽衣狐様の下僕 @Zeirams
狂おしく愛し愛されたい願望って誰の心にも少しぐらいはあるのではないだろうか。でも、ほとんどの場合、人はその愛を持て余し道を誤る。それでもなお、その狂おしさを求め続けようとしさえする。「渇愛」とは「喉の渇ききった人が水を求めるように」という意味だ。
じぇーらむ@羽衣狐様の下僕 @Zeirams
愛は尊い。だけど、渇愛しないように重々気をつけませう。執着は人の心に妄念を生み、妄念は悪しきモノどもを人の心に植え憑けるのですから。・・・・・すりすりすりすりすり(←ネコ娘的な何かを愛でている音)。
hide Ⓝ 1926 @papocchio
@Zeirams お坊さんの隠語、お酒を智慧の湧き出づる飲み物と称し、「般若湯」って言い方も納得できますよね^^

コメント

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