お題「雪」ss『雪音』

てい @orztee

世界から音が消えた日は、雪が降っていた。それこそ世界中で。雪など滅多に降らない地域に住んでいた私は友達とはしゃいでいたことしか覚えていないけれど各国のテレビでは一日中、世界を覆った雪についての報道で持ちきりだったらしい。その日降り続いた雪は、翌日にも溶けずに残っていた。

てい @orztee

それからだ。世界から音が消えたのは。その日、朝起きて、家族と挨拶を交わそうとした人は皆、口をパクパクさせたまま混乱に陥った。何も聞こえない。いつもならけたたましく鳴り響いているはずの、アラーム音すら聞こえない。誰も彼も顔を見合わせ、首を捻った。

てい @orztee

自分の耳がおかしくなったのだと信じた人々は耳鼻科に殺到したそうだけど、耳鼻科の先生も何も聞こえなかったため、話にならなかったらしい。そうして、世界中の人々は一斉に音を失った。会話は文字を媒介しなければできず、社会の在り方が根本から変わって行った。

てい @orztee

どうやら、この異常事態は雪によって引き起こされたらしい。進歩した科学は、ようやくそこまで辿り着いた。雪は音を吸い込む。あの日降り、未だに溶けない大量の雪こそ全ての元凶なのだと、ネットのニュースが大きな文字で主張した。そこで、世界中で排雪運動が始まった。

てい @orztee

人々は手にスコップを持ち、トラックを動かし、朝から晩まで、溶けない雪を海辺へ運んだ。海へ投げ込まれた雪は、すぐには溶けないようでも、ゆっくりと底の方へ沈んで行った。人々はもう一度、以前のような音に溢れた生活のために必死で、雪をかき分け続けた。

てい @orztee

やがて、世界中の全ての雪が海へ沈められた。夕方には、世界中の人間が疲れ切って、安らかに眠った。その夜のことだ。世界中に、全ての音が溢れ出した。凡そこの世の全ての音が、海中から響き渡ったのだ。海の中で雪が溶けるたびに、そこに染み込んでいた音が鳴り響くらしかった。

てい @orztee

そうして始まったのが、音に支配された世界だ。私たちは音に指揮され、音に殺される。海の中に残る雪の塊が溶け切るまで、音は止まない。それにはきっと、あと何世紀かが必要だろう。 けれども、大丈夫。気にすることはありません。慣れれば何とかなるものですよ。 了 「雪音」