飛鷹&長門 掌編小説『あの時、助けられなかったから……』

大破した飛鷹さんと、飛鷹さんをおんぶする長門さんのお話です。 長門に敬意を払っているため、飛鷹の言葉遣いがらしくないのはご容赦を……
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三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

「……ああ、了解だ。提督から連絡が来た。艦隊は帰投せよとのことだ。母港に戻るぞ」 提督との通信を終えた戦艦娘長門は、今回一緒に出撃した仲間の艦娘に号令をかけた。四人了承の返事をしたのに対し、一人だけ違う言葉を呟いた者がいた。 「ごめんなさい……」1

2014-02-03 18:43:43
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

声の主は軽空母娘、飛鷹だ。漆のような黒髪、雪のように白い肌、育ちの良さを伺わせる立ち振る舞いが艦娘達の間でも評判だ。しかし今の彼女はそのような姿とはかけ離れた有り様であった。2

2014-02-03 18:46:50
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

髪は枝毛だらけでぴんぴんと所々が跳ね、肌は煤で汚れている。服も無残に引き千切られ、胸元が見えそうになっている。式神型の艦載機を飛ばす巻物も千切れている。先程の戦いによるものだ。3

2014-02-03 18:48:35
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

モーレイ海にて、長門を旗艦とした艦隊は深海棲艦の艦隊と交戦した。砲雷撃戦で軽巡ホ級を三体討ち漏らした。このまま押し切るべく提督は夜戦を指示したのだが、ここで相手が底力を見せた。そして不幸なことに、その攻撃はすべて飛鷹に注がれたのだ。4

2014-02-03 18:54:05
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

轟沈こそ避けたものの、飛鷹は大破した。今回は持ったが次は持つまい。そう判断した提督は艦隊に帰投を命じた。これは、飛鷹が足を引っ張った形になったとも言える。だから彼女は謝ったのだ。5

2014-02-03 19:01:52
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

やや暗い気持ちで長門一行は撤退を始めた。しかし 「うああっ!」 何もない所で飛鷹は転び、海面に膝を突いた。それだけ彼女のダメージは深刻であった。 しかし彼女は今、自分がボロボロになっていることより、自分が艦隊の足を引っ張っていることが辛かった。6

2014-02-03 19:05:19
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

飛鷹は俯く。長い黒髪に隠れて周りからは見えなかったが、その頬を涙が一筋伝っていた。 不意に目の前に誰かが来た気配がした。その気配の主は飛鷹の前から動かない。 誰が、どうしたのかと思い飛鷹は顔を上げた。涙で潤んでいる目が見開かれる。7

2014-02-03 19:09:06
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

長門が自分の前で、こちらに背を向けてしゃがみ込んでいた。飛鷹は尻込みする。ビッグ7と呼ばれる彼女が、自分に負ぶされと言っているのだ。 「そ、そんな! 長門さんにそこまでしていただく訳には……」 「いいから早く乗れ。みんな待っているぞ?」8

2014-02-03 19:16:05
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

確かに長門の他に伊勢、飛龍、羽黒、五十鈴が待っている。早く自分が長門に乗らないと彼女らもずっとこのままだ。また、今の自分だとのろのろとしか進めない。結果、またみんなの足を引っ張ってしまう。 「……」 無言で飛鷹は長門に負ぶさる。9

2014-02-03 19:20:40
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

長門は背中の飛鷹を物ともせず、すっくと立ち上がった。一行は再び、母港に向かって進み出す。 「……すみません、長門さん」 長門の背中に揺られながら、いたたまれなくなった飛鷹は呟く。さらに続けて彼女は漏らした。 「こんな風にみんなの足を引っ張りたくなかったのにぃ……」10

2014-02-03 19:24:21
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

「気にするな」 長門は短く答える。それが飛鷹の申し訳ない気持ちを煽る。 「でも長門さんにここまでさせちゃうなんて……」 「気にするなと言っている。それに……“あの時”はお前を助けられなかったんだ。今くらい助けさせてくれ」 「あの時……あっ……」11

2014-02-03 19:28:27
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

長門の言う“あの時”……それはまだ彼女らが本当の軍艦だった時代…… 飛鷹はマリアナ沖海戦にて魚雷を受け、航行不能となった。その時、空襲の合間を縫って飛鷹を牽引しようとしたのが長門だった。12

2014-02-03 19:32:28
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

しかし、それは失敗に終わった。飛鷹はもう一発魚雷を受け、それによってエレベーターが破壊された。また消火ポンプが故障していたのも大きかった。復旧を断念された飛鷹はそのまま沈んだのであった。 「あれは……長門さんのせいじゃないじゃないですか……」13

2014-02-03 20:34:16
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

「さあな。だが助けられなかったのは事実だ。それに比べて……」 長門は軽く首を捻った。髪に隠れて表情は伺えない。 「今、飛鷹は生きてる。そして私はこうして飛鷹を助けることができている。今回の撤退なんて微々たる物だ。そっちの方が私にとって嬉しいのだからな」14

2014-02-03 19:41:47
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

それだけ言って長門は前に向き直り、進み続けた。母港の光が見えてくる。 「そうね、そうかもね……」 足を引っ張ったことで胸がいっぱいになっていた飛鷹だったが、今の長門の言葉にも胸がいっぱいになった。心地良く。15

2014-02-03 20:20:22
三鯖アキラ(旧:沈黙の天使) @silent_aries

入渠しているのはもどかしいが、今は身体を休めて、そしてまた働こう。みんなのために。今助けてくれている長門のためにも。 「ありがとう、長門さん……」16

2014-02-03 19:47:43