2014/2/22 #カフェ公民館「酒屋の息子で社会学者の新さんと考える商店街の歴史とこれから」at 伊丹クロスロードカフェ

メモを参照しながら、おっかけ実況しました。(勘違いなどあればご指摘ください) === カフェ公民館 まち工房@伊丹2014 続きを読む
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よしなが えりり @errie

と、いうわけで商店街について考えるよ。 @ クロスロードカフェ http://t.co/hyrvUkYWwD

2014-02-11 19:31:05
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よしなが えりり @errie

昨晩行った、伊丹クロスロードカフェの #カフェ公民館 「酒屋の息子で社会学者の新さんと考える商店街の歴史とこれから」がちょう面白かったので、時間差実況しますよ。講師は『商店街はなぜ滅びるのか』の新雅史さん。https://t.co/CuPalaBUwR

2014-02-12 10:16:26
よしなが えりり @errie

(著作も、商店街が成立した歴史的背景からはじまり、社会構造の変化によって衰退していった流れ、そして今後あたらしい「商店街」が求められる役割までをコンパクトにまとめたいい新書。たいへん面白くよんだのでわくわくしておりましたが。が。想像以上にキュートなお方でした) #カフェ公民館

2014-02-12 10:18:45
よしなが えりり @errie

新さん、小倉の実家が酒屋→コンビニと変わった。昔ながらの角打をやっている酒屋で、小さい頃はそれがいやでしょうがなかった。けれどこの形態は店と道路(公共)の境目をあいまいにした使いこなしだったと思う。商店街は「誰もが使える場」に面している。 #カフェ公民館

2014-02-12 10:23:04
よしなが えりり @errie

いまの若者は「年功序列・終身雇用」が日本の安定を支えていると考えているが、9割のひとがほどほどの生活だ、と認識していた「総中流社会」と言われた戦後日本には、サラリーマンが9割いたわけではない。 #カフェ公民館

2014-02-12 10:25:49
よしなが えりり @errie

自営業も安定していたはず。なのに、なぜ「小売業を一生の仕事にしたい」と思わなくなってしまったのか。諸外国の零細商店は往々にして移民などの貧しい層が従事していることが多い。「自営業でありながら子ども三人に高等教育を受けさせることが出来る(=新家)」のは日本特有。 #カフェ公民館

2014-02-12 10:27:33
よしなが えりり @errie

この「零細小売業を安定的な職業にした」というのは、じつはすごいことだと思っているのだけど、社会学的にはなぜかあまり重要視されていない。 #カフェ公民館

2014-02-12 10:28:37
よしなが えりり @errie

1920→1930の国勢調査結果を見ると、第1次産業は減り、第2次産業はほぼ横ばい、そして第3次産業が増加している。一般的には「農業→工業」と言われるけれど、実は農村部から身ひとつで出てきて小商いをする、というパターンが多かった。 #カフェ公民館

2014-02-12 10:30:24
よしなが えりり @errie

そういった人々は地価の高くないところ(低地・川沿い)にちいさな家を密集させて生活した。「不良住宅地」住環境は劣悪であり、火災や伝染病などの問題もあるので、これらの人たちを安定させるために「専門性」「共同性」「公共性」を活かし、零細小売生き残らせる施策を取った。 #カフェ公民館

2014-02-12 10:34:59
よしなが えりり @errie

物価の安定を図るためにも。公設市場はそのために出来たけど、数多くの公設市場を作るのは現実的でないので、「専門性を持った店舗」を「地域内で組織化」して「公共性のあるもの」として束ねるしくみを作った。1920~30年ごろに興ったこの動きが、商店街の成立と言える。 #カフェ公民館

2014-02-12 10:37:43
よしなが えりり @errie

「商店街は平安時代からあった」「門前町をしらんのか」とも言われるけど、現在のスタイルとして商店街が認識されたのは1930年代からではないか。「近隣の生活にコミットする、共同体としての商組織」としての商店街。 #カフェ公民館

2014-02-12 10:39:02
よしなが えりり @errie

縦に積層された百貨店の各フロア売場を、個々の商店として平面に展開したのが商店街。デパート(娯楽)と生協(協働)と公設市場(公共)のハイブリッドが商店街。1930年代の最先端! #カフェ公民館

2014-02-12 10:40:45
よしなが えりり @errie

ある通りが商店街であることを印象づけるために、道路舗装、街灯の整備、アーケードの設置などが行われた。(すずらん商店街、というのは神戸のある商店街が街灯にすずらんモチーフを使ったと報道されたら大ブレイクしたもの。都内に18もある!) #カフェ公民館

2014-02-12 10:42:03
よしなが えりり @errie

商店街をとりまく空気が変わったのは1962年。「商店街振興組合法」の成立と「流通革命論」の発表。前者により商店街に直接補助金が交付できるようになり、後者により、流通における冗長性と小規模零細性が否定され、大規模の企業が台頭すべきとの風潮がでてきた。 #カフェ公民館

2014-02-12 10:47:09
よしなが えりり @errie

(ここまでが序盤。つづきはまた夜に!) #カフェ公民館

2014-02-12 10:51:32
よしなが えりり @errie

(すっかり遅くなりましたが、 #カフェ公民館 の時間差実況の続きをはじめます)

2014-02-12 23:52:46
よしなが えりり @errie

1973年のお正月に発表された「朝日新聞現代住宅双六(http://t.co/kxoFdd6vjB)」は、当時の住宅への憧れをとても良く表現している。住宅地はどんどん郊外へと広がり、公団が作る団地にも当たり前のように商店街がセットされていた。 #カフェ公民館

2014-02-12 23:58:58
よしなが えりり @errie

そして同年、オイルショック。日本のリーディングカンパニーが鉄鉱・造船から自動車・電機工業へと移り変わる。そして自民党が「日本を支えているのはサラリーマンと専業主婦だ!」と喧伝し、自営業への風当たりはいっそう強くなる。 #カフェ公民館

2014-02-13 00:00:20
よしなが えりり @errie

いわゆる「クロヨン(http://t.co/doIUcwVWld )と呼ばれる課税対象の捕捉率が例にあげられ、自営業者を叩く流れができていく。同年の旧大店法(http://t.co/FCtbrajBpw )も、既得権益を保護するような面のみがクローズアップされた。 #カフェ公民館

2014-02-13 00:04:23
よしなが えりり @errie

また、この時期から地主=商店主ではなく、オーナーと店子、という関係が増えてくる(1960年代後半の歌舞伎町はただの商店街!)店を畳んだ地主は、自らの利益を最大化するべく狭い敷地に壁だらけのビルを建て、自らは郊外に一軒家を建ててそちらで暮らすようになる。 #カフェ公民館

2014-02-13 00:06:14
よしなが えりり @errie

また、1963年に建築基準法が改正され「百尺規制」が無くなったことにより「セットバックして道路を広げれば容積率UP!→利益が最大化」という流れも起こる。これは元来面していた道路幅の影響が大きいので、同じ商店街でも対応の可否が別れ、地縁を壊す原因にもなった。 #カフェ公民館

2014-02-13 00:13:23
よしなが えりり @errie

日本におけるコンビニの平均的な広さは30坪。これは商店街の店舗面積の平均と同じくらい。商売人に人の使い方を教え、経営者にするためのマニュアルをもっていた。店舗のコンビニ化は、商店街が本来もっていた「専門性」を失わせ、戦前の「よろず屋の乱立」状態に戻してしまった。 #カフェ公民館

2014-02-13 00:16:03
よしなが えりり @errie

バイパスとインターチェンジの近隣には工業団地を作り、輸送力を活かした誘致を行おうとしていたが。思ったように工場の誘致はすすまず、1990年代に入ると、大規模な工業団地を用途転用してショッピングモールが作られるようになる。(特にイオンはこの10年で爆発的に増えた) #カフェ公民館

2014-02-13 00:19:25
よしなが えりり @errie

景気回復と言われているが、小売販売額は減少している。しかし売場面積は増加を続けている。売場面積1坪当たりの売上高から算出される「坪効率」は2003年で70%ほど。いまはさらに減っているだろう。つまり、人件費も抑えられ、目の行き届かない売場が増加している。#カフェ公民館

2014-02-13 00:23:14
よしなが えりり @errie

買い物はネットで。コミュニケーションもネットで。…もしかしたら、「日本人は『街』を必要としていないかもしれない」(おおお…) #カフェ公民館

2014-02-13 00:23:58