村上隆氏×中原浩大氏×ヤノベケンジ氏×楠見清氏 日本アートシーンの争点

第17回文化庁メディア芸術祭シンポジウム 第2部 「ジャパン・コンテンツとしてのコンテンポラリー・アート ―― ジャパニーズ・ネオ・ポップ・リヴィジテッド」 http://j-mediaarts.jp/events/symposium?locale=ja 続きを読む
アート コンテンポラリーアート ヤノベケンジ 現代アート 中原浩大 現代美術 美術 村上隆 芸術 メディア芸術祭
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中村ケンゴ kengo Nakamura @kengo_withoutme
文化庁メディア芸術祭・シンポジウム第2部 出演:中原浩大/ヤノベケンジ/村上隆 モデレーター:楠見清 オープニング映像:古賀学 http://t.co/JsM92TktQt
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takashi murakami @takashipom
<「ポップ/ネオ・ポップ」美術手帖 1992年 03月号>の座談会から22年、、、という謳い文句のトークショウをやることになった。(以降、「P/NP」でナンバー付けてゆきます) http://t.co/zQMOxLbjYR
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takashi murakami @takashipom
「P/NP」2:この特集の編集者であった、楠見清氏が モデレータとしてこのトークショウに中原浩大&ヤノベケンジ、そして僕を招集した。 http://t.co/tAHFuubJAO 楠見氏の主眼目はなんなんだろうか?
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takashi murakami @takashipom
「P/NP」3:当時を懐かしみ、編集者としてのご自身 の先見の明があったという事のリマインドなのか? 僕自身、その美術手帖の特集で華々しくデヴューさせてもらったので楠見さんへ感謝の気持ちはある。 だが、昔を懐かしみ、今を讃え合う様な集会なら、全く意味が 無いと思っている。
takashi murakami @takashipom
「P/NP」4: なので、トークショウを前に、SNSにて波風を立てて、楠見氏への今一度の問いかけを事前にしつつ、かつ、会場での観衆へも啓発を行おうと思う。この文面を読み、トークに参加、物言いをしてくる若者を望む。(まぁ、失礼な無知無能な若者は嫌ですけれどもね、、、。。。)
takashi murakami @takashipom
「P/NP」5: 「ポップ/ネオ・ポップ」美術手帖 1992年 03月号の座談会から22年経って、この3アーティストの在り方を見た時に、日本のアート業界の争点はきっちり浮かび上がっていると思う。何がいい悪いではなく、明確な状況がそこに存在しているのだ。
takashi murakami @takashipom
「P/NP」6:中原浩大氏は去年の岡山県立美術館での個展『中原浩大 自己模倣』の評判も大変よく、評論家筋からは去年のベスト展覧会の呼び声も高い。各美術館へも多くの作品がコレクションされ、3者の中ではそのミステリアスさ、立ち位置など、日本のアートメディアではヒーロー的な存在。
takashi murakami @takashipom
「P/NP」7:現在、京都市立芸術大学彫刻科 教授。現代の自閉的日本文化をあるがままに製作発表するという立場。(←中原浩大氏)
takashi murakami @takashipom
「P/NP」8:ヤノベケンジ氏は京都造形芸術大学ウルトラファクトリー http://t.co/aDlYL83su0 を根城に、公的機関を中心に超大型彫刻をインスタレーションし、最近では北野武とのコラボ作品や、吉本興業等とも公演を組む活動で大衆へのアピールも成功させている作家。
takashi murakami @takashipom
「P/NP」9:己の創造欲求に忠実に邁進するために、最も効率のいい制作現場、発表現場を確保することに注力しているという立場。(←ヤノベケンジ氏)
takashi murakami @takashipom
「P/NP」10:村上隆=私。日本アート界では、私より上の世代のキュレータに徹底的に嫌われている。理由はMOTでの個展における悪名の為。当時の担当学芸員は煮え湯を飲んだ印象が強かったとか。なので展覧会の機会は絶無。僕自身も日本の美術館の在り方を嫌悪している。
takashi murakami @takashipom
「P/NP」11:そういう相互の気持ちが反映して、日本の美術館にコレクションされている作品は2点しかない。発表の場も無い。なので自前のギャラリー等を造ってマッチ・ポンプしており、アメリカ式の現代美術を思考製作展開している。(←村上)
takashi murakami @takashipom
「P/NP」12:戦後の日本式の現代美術の在り方を破壊しきらねばならないとする立ち位置。(←村上)
takashi murakami @takashipom
「P/NP」13:つまり3者は『現代美術』というジャンルでの表現はしているものの、各人が信ずる表現の場の違いそのものが明確に表出されている。作家として、日本をどのように引き受けるか、その3者3様ぶりが争点で あり、そこへの考察が客観的に行なわれなければ、
takashi murakami @takashipom
「P/NP」14:わざわざ3人が顔を合わせる意味が無いと思うのだが、たぶん、争点はそういう部分には無く、ノスタルジーを感じて終了、となるのであろう事は必至。 僕はココに日本の現代美術業界のロジックの脆弱さを見る。気分や雰囲気の共有が優 先され、ハッキリとしたカテゴリー分け、
takashi murakami @takashipom
「P/NP」15:状況分析は行われない。しかし実はこの状況、評論する側にのみ問題があるわけではなく、評論家は日本人のニーズに答える形であ存在しているので、曖昧さはつまり観客が望んでいるからなのだ。日本人は「見方それぞれ、感じ方それぞれ」を願い、
takashi murakami @takashipom
「P/NP」16:感じ方の導線引きまでしか評論にもとめていない。そこから先を言及すると、その行為は差し出がましい、暑苦しいと感じるからだ。 故に日本美術評論は答えを保留し、曖昧にした物言いをゴールとする。
takashi murakami @takashipom
「P/NP」17:作家存命中は日本で苦しい現実を甘受し、その禊を通過した表現者が、老後、もしくは死後、西欧の人間が、未来において、整理整頓してくれることを待っている。 そういう状況を良しとしていないのが私の立ち位置だ。
takashi murakami @takashipom
「P/NP」18:そもそも「ポップ/ネオ・ポップ」というこの括り方に、大きな異議申立てがあって、「SUPEFLAT」という概念を打ち立てた。つまり、アメリカ式の思考で言うなれば、アメリカのポップを語った途端にオリジナリティは消失。つまり立脚点が無くなるのだ。
takashi murakami @takashipom
「P/NP」19:敗戦を受容できない日本の戦後文化のグダグダへの憤りもあり、私は「ポップ/ネオ・ポップ」を食い破らねばならなかった。
takashi murakami @takashipom
「P/NP」20: そうした背景を理解してもらいつつ、今度の日曜日の1月26日<「ポップ/ネオ・ポップ」美術手帖 1992年 03月号>の座談会から22年を観ていただけると良いのではないか、と思いました。(了)
takashi murakami @takashipom
まぁ、日本での一般的評価ポイントが「カラフル」「ハッピー」とか、そういう部分でしか切り取れなければ、怒る、高い、だけが理解の接点になってしまうんやろうなぁ〜。
takashi murakami @takashipom
大衆芸術の製作が生業ではない、というその部分が、どうしても日本の観衆にはわかってもらえない。「あるがまま、感じるままが芸術鑑賞の作法」と戦後の教育体系の中で刷り込まれ、フォームの完全否定が完了してしまっているのでARTの鑑賞方法に、茶の湯のような作法、フォームが必要だ、
takashi murakami @takashipom
という事が理解されない、否定される。今、行われているアンディ・ウォホールにしても、社会内におけるPOP文化の生成の背景と、第二次世界大戦の戦勝国アメリカにおけるクラス社会内の闘争やら、社会問題やら(ケネディ家の悲劇と国家の在り方等)をベースに敷いていつつも、絵画の在り方の
takashi murakami @takashipom
日本において、僕の表現の本懐を理解してもらうために、大衆芸術そのものへの挑戦を初めている。映画やアニメーション作品の制作がそれだ。その分野単体での才能があるとかないとか言われることでの評価軸でも、僕自身が言い訳しない為の挑戦です。多くの専門家の人とのコラヴォレーションを
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コメント

tweet☯️meme @_Eugene___ 2014年2月15日
予約できなかったが、キャンセル待ちで見られるよう祈ろう。午前中の枠は取れた。 >「ポップ/ネオ・ポップ」美術手帖 1992年 03月号の座談会から22年 #JMAF
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