少し真面目なスエズ鎮守府番外

スエズにも、パンツ食べないで戦う時だってあるのです。
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アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

スエズに警報が鳴り響いたのは、いつも通りだったはずの夕方だ。 「聴こえるか、望月」 何事も無く終わると思われていた書類を払いのけ、司令室の椅子に腰掛けた男は耳のインカムに尋ねる。 相手は駆逐艦、望月。艦娘開発計画の最古参、睦月型の一人であり、彼の秘書艦である。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 02:29:17
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「あい、聞こえてるよー。状況は?」 彼女の気怠げな声の後ろで、微かに波の音がする。現在運河を南下中なのだろう。 「紅海から客が来たが、生憎とスエズはもてなす準備が出来ていない。丁重にお引取り願え。――飛龍、編成は」 提督は望月に同行している正規空母、飛龍に尋ねる。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 02:29:56
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「うーん、戦艦1に正規空母2、あとは軽巡と駆逐がチラホラって感じかなー」 彩雲を搭載した飛龍は、スエズにおいて数少ない索敵の要だ。 「正規空母2……制空権はどうだ、一人で確保できそうか」 「飛龍と友永隊、少しは信用してくださいよ」 「あら提督、私のことはお忘れ?」 #スエズ鎮守府

2014-02-17 02:30:49
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

大仰な言葉遣いの少女が、飛龍と提督の通信に割って入る。 「艦隊には、この熊野がおりますのよ? 飛龍さんや望月さんの援護は任せて下さいな」 艦載機の運用能力を持ち、更に砲撃もこなす特殊な艦種、航空巡洋艦。熊野の名を持つ彼女は、スエズではマルチに活躍できる遊撃手だ。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 02:31:39
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「ミスなんかしませんっ、慢心、ダメゼッタイ!」 「ふぅーん、言うねぇ。新米のくまのんがあたしの援護なんて、百年早いよ」 旗艦の望月が、呆れたように笑う。 「お前達、戦闘前なんだからもう少し気を引き締めたらどうだ」 無線から新しい声。司令室の画面に出た名前は長門だ。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 02:32:33
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

長門型一番艦、長門。世界共同で進められていた艦娘開発計画”ビッグセブンプロジェクト”の被験者として、人の身で超弩級戦艦の力を与えられた少女。戦闘前にも談笑が絶えないスエズ鎮守府の主力であり、最強の打撃力として運用されている。 「ながもんは真面目だねぇ」 「望月」 #スエズ鎮守府

2014-02-17 02:33:27
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「なんだー、しれーかん」 和やかな空気を断ち切るように、提督はインカムに声を吹き込む。 「現場での細かい指揮は、お前に一任する」 「ん」 「だから、みんなで無事に帰ってこい」 「……ん」 望月は頷く。 彼の信頼に応える。自分の力は、そのためにあるのだから。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 02:34:13
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

水面を蹴り、彼女達は進む。過去と違う今、帰るべき場所、誇り、背中を預けた者、それぞれが命を懸ける理由を守るために。 「……電探に感有りですわ! みなさん、用意を!」 熊野の叫びに、艦隊の全員が主武装を静かに構える。望月も艤装をオートからマニュアルに変更。敵は近い。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 02:35:11
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

水平線の彼方に、飛龍の索敵に違わぬ敵の編成を視認する。 生気が欠落し、在るはずのないものを全身から生じさせた異形達。 その姿はいつ見ても、何度見ても生理的で原始的な嫌悪感と恐怖を呼び起こす。 深海棲艦。あの存在が、この世界を、そして自分たちの人生を狂わせた元凶―― #スエズ鎮守府

2014-02-17 02:35:51
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「望月、頼む」 耳元からの提督の声に、彼女は我に返った。余計な事を考えるな。そう自分に言い聞かせる。 「あい、交戦だよー! みんな、やれるよね!」 振り返り、叫ぶ。 「ビッグセブンの力……侮るな!」 呼応するように頷き、長門の主砲が一斉に吼えた。 戦闘開始だ。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 02:36:33
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「長門主砲、敵戦艦に着弾なれど損傷軽微! 友永隊、頼んだわよ!」 長門が放った徹甲弾の行き先を確認しつつ、水面を踏み締めた飛龍は、手にした和弓から次々に矢を繰り出す。色とりどりの羽がつけられた特別製の矢は、直進の後に数々の艦載機に変化して、敵艦隊へ殺到した。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 03:13:51
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

航空機が敵の陣形を滅茶苦茶に掻き回す。が、敵も黙ってはいない。ヲ級を筆頭に対空攻撃を重ね、飛龍の攻撃を確実に凌いでいる。 しかし、この航空戦の本命は、頭上に意識を向けたままだった深海棲艦達に静かに忍び寄っていた。 「足元が、お留守でしてよ!」 熊野が擁する晴嵐だ。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 03:19:34
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

敵の足元から舐めるような軌道で上昇した晴嵐が、敵の旗艦であるタ級の頭部付近を爆撃。そのまま急旋回して熊野が手にした飛行甲板に戻る。 試作とはいえ、最新鋭の強力な兵装。提督が何処からか確保してきたものだ。 「んー、開幕は上々だね。メンドーだけど、砲雷撃戦いくよー」 #スエズ鎮守府

2014-02-17 03:28:19
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

望月の号令に、次弾を装填した長門、飛行甲板を腰のベルトに固定して主砲に持ち替えた熊野が頷く。 連携の確認は必要ない。飛龍のバックアップの下、何度も敵を屠ってきた。 望月も手にしていた単装砲のハンドルを引いて初弾が装填されていることを確認すると先頭を切って走り出す。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 03:31:46
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

スエズでの望月の役目、第一は陽動だ。 彼女は正面から視線を外さず、掛けた眼鏡に飛沫を飛ばしながら走る。 「望月さん!」 「わかってるよー!」 後ろについた熊野に叫び返し、望月は右足に力を溜める。 敵が攻撃の構えをとった。対し、自分の背後には熊野、そして長門が続く。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 03:39:44
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

(頼むよー、食いついてくれよー?) 祈り、左へと跳ぶ。歪な砲を構えるへ級の虚ろな目が捉えていたのは自分だ。ならば、その狙いは…… 「くまのん!」 「分かっています!」 左へ逸れた望月を追従し、へ級がその場で旋回。熊野はそれを横目で確認しながら、長門と共に突き進む。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 03:45:55
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

望月はへ級に任せるつもりなのか、駆逐ハ級、ロ級が揃って砲塔を向けてくる。しかし、連中の砲が火を吹くより先に素早く抜き撃たれたのは、熊野の連装砲だった。 「まずは一発」 「ブチかませ、ですわ」 放たれた2発の砲弾はハ級、ロ級の艦首部分に命中し、海面から吹き飛ばす。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 03:54:53
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「長門さん」 「応とも」 再装填を待つ熊野に代わり、長門が前に出る。彼女はガラ空きになった深海棲艦の艦底へ、艤装に直接接続された副砲の狙いをつけ、 「久々の実戦なのでな、加減はできんぞ!」 撃った。 炸裂の炎と同時に、過剰な暴力を従えた砲弾が敵の船底に殺到する。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 04:03:53
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

戦艦の力では、駆逐艦相手なら副砲で事足りる。 文字通り身体の中央に大穴を空けられた駆逐艦は、空中で粘つく緑色の体液を撒き散らして、粉微塵になって絶命した。 「流石ですわね」 「造作もない。それより望月は無事か」 長門の問いに、熊野は頷く。 「彼女なら大丈夫ですわ」 #スエズ鎮守府

2014-02-17 04:07:38
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「だぁもう、しつこいっての!」 空を飛び交う航空機の下。望月は水上を旋回しながら、砲撃を避け続けていた。 「結局あたしが一番面倒な役回りじゃんかー」 戦闘中に独り言が増えるのは彼女の癖だ。 「っと」 直感的に艤装を制動させる。直後、慣性に従った髪を砲弾が掠めた。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 04:14:55
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「あっぶないなぁもう」 動きを止めてから、今度は左足を軸にしてターン。 直後、望月が立っていた位置を次の砲弾が通過する。今までの経験に基づく、紙一重の回避だ。 「逃げ回ってもキリがないねー……」 呟き、彼女は目を細める。 手にした単装砲を握る手に、軽く力が入った。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 04:20:12
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

「ちょっとだけ本気だーっす!」 意識を切り替え、旋回しつつ体をを傾けて方向を変える望月。伸ばした単装砲が海面に触れる。撥ね散る波飛沫を纏った彼女は、そのまま一直線にへ級へと突き進んだ。 再び向けられる砲門。 「させないよ!」 それを、単装砲を撃ちながら阻んでいく。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 04:53:29
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

へ級が苛立ったように身を捩る。 望月は連射が利かない単装砲を限界ギリギリの速度で撃ち続けると、空になった砲弾倉に舌打ちしながら腰に手を伸ばし―― 「敵機!?」 しかし、そこで気付く。 飛龍が撃ち漏らしたのだろうか。望月の首筋を撫ぜるような距離にヲ級の艦載機がいた。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 05:01:47
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

艤装に刻まれた艦の記憶が、望月の動きに激しい制動をかける。 呼吸は浅くなり、手足の末端は震えて動かない。 (1943年、ニューブリテン島、爆撃――) 艦娘が身に付ける艤装には、かつての戦いで活躍した船のパーツが核として使われている。これはその副作用のようなものだ。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 05:11:35
アフリカの星逆 @Hoshisaka_RevSt

艤装に組み込まれた旧艦のパーツ。艦娘にはそこから力を汲み上げられるメリットがある反面、何かがきっかけで記憶の爪痕が逆流するデメリットもある。 そして、今の望月が体感しているのは、1943年、ニューブリテン島沖に沈んだ睦月型駆逐艦11番艦に刻まれた死の記憶だった。 #スエズ鎮守府

2014-02-17 05:14:26