メモ

個人用メモです
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*死に舞 @shinimai

クラブでもライブパフォーマンスとDJは区別されていることは重要なことだ。

2010-10-27 14:40:42
KOMIYA Tomone @frroots

@taninen 音楽のことはよくわからないのですが、いわゆるテープ起こしには「あらかじめ用意された仕方」がないのではないでしょうか。

2010-10-27 14:43:35
taniguchifumikazu @taninen

@friendsroots あいえ、会話分析における転写の話です。

2010-10-27 14:44:18
*死に舞 @shinimai

ということは、ライヴパフォーマンスの定義を考える必要になる。。。ライヴパフォーマンスの存在論的な個別化の問題はこれまで課題であったが、ここに来て新たな問題に気づいた。

2010-10-27 14:45:40
taniguchifumikazu @taninen

そう言えばTer EllingsonのThe Discovery of Music: Transcription and the Search for Ethnomusicological Paradigmsは5年以上もforthcomingのままだ。

2010-10-27 14:46:46
*死に舞 @shinimai

非常に広くとれば、音楽におけるライブパフォーマンスは、リアルタイムの演奏の上演になるだろう。

2010-10-27 14:47:08
*死に舞 @shinimai

しかしながら、クラブにおけるDJセットとライブセットは区別されていることもある。(どれだけ明確に区別されているかは、経験的なデータにもっと頼る必要がある。)そうだとすれば、DJのプレイは広義にはライブパフォーマンスだけど、狭義ではライブパフォーマンスではない。

2010-10-27 14:48:41
*死に舞 @shinimai

クラブにおけるライブという意味を考えるならば、あるソングを明示する意図を持ったパフォーマンスとでも呼ぶべきか。。

2010-10-27 14:49:38
taniguchifumikazu @taninen

@shinimai その問題、去年出したターンテーブリズム論で触れたよ。

2010-10-27 14:50:49
*死に舞 @shinimai

逆にいえば、DJは既存のトラックを使ってパフォーマンスを行うが、特定のソングを明示することはない。DJパフォーマンスにおけるトラックとパフォーマンスの関係は、即興演奏における楽器とパフォーマンスの関係に近い。

2010-10-27 14:51:07
KOMIYA Tomone @frroots

@taninen エッセイに近いようなのは西阪さんが何か書いてたような気もしますがすぐに思い出せません。思い出したらお知らせします。見え方は変わりますねー、たしかに。

2010-10-27 14:51:12
*死に舞 @shinimai

く、ポピュラー音楽全体を射程に入れると存在論による説明の難しいところがいろいろでてくる。

2010-10-27 14:51:54
*死に舞 @shinimai

@taninen あ、読んでなかった、是非読みます。

2010-10-27 14:52:16
taniguchifumikazu @taninen

@friendsroots 音楽学では、五線譜で採譜することへの批判をはじめとして膨大な方法論的蓄積があるのですが、会話分析に関して同様の議論を探した時に、表向きにはまったく見当たらなかったのが意外でした。

2010-10-27 14:58:04
taniguchifumikazu @taninen

@friendsroots その時は「そうか、会話分析の人たちはあのフォーマットを疑問なく受け入れられるのか」と思いましたね。その後、ビデオ分析を知ったことで印象は大分変わりましたが。

2010-10-27 15:00:37
KOMIYA Tomone @frroots

@taninen CAでは、記法自体は若干バリエーションがあるものの、その方針は定まっていると思います。「聞こえるものをそのまま写す」です。「フォーマットを受け入れる」と仰ることの含意がよくわかりませんが、あの記法を使うということは、この方針に従うということなのです。

2010-10-27 15:07:56
taniguchifumikazu @taninen

@friendsroots 僕が言いたかったのは、「聞こえるものそのまま」なるものが特定の記法に依存しているのではないか、ということです。

2010-10-27 15:10:21
taniguchifumikazu @taninen

@friendsroots と言っても、僕がそのように会話分析を批判したいというわけではなく、音楽学の採譜論においてそのような議論が展開されてきたので、会話分析の場合はどうだったかに興味があるのですが。

2010-10-27 15:13:54
KOMIYA Tomone @frroots

「聞こえるもの」は録音としてあるわけなので、転写はその「聞こえるもの」をいかにそのまま写すか、という関心のもとでおこわなわれるわけです。 QT @taninen: *「聞こえるものそのまま」なるものが特定の記法に依存しているのではないか*

2010-10-27 15:18:16
KOMIYA Tomone @frroots

@taninen 音楽学については知らないのでいずれご教示いただければと思うのですが、音楽において楽譜を書くことは音楽をすることの一部ではないでしょうか。会話を転写することは会話の一部ではないので、すこし事情は違うかも知れません。

2010-10-27 15:19:33
taniguchifumikazu @taninen

@friendsroots 音楽学における採譜は、当事者(多くの場合は非西洋音楽)がやっているのとは別の仕方で音楽を楽譜化することを指している、とご理解いただければ。

2010-10-27 15:20:52
KOMIYA Tomone @frroots

あ、なるほど。そういう研究があるのですね。 QT @taninen: @friendsroots 音楽学における採譜は、当事者(多くの場合は非西洋音楽)がやっているのとは別の仕方で音楽を楽譜化することを指している、とご理解いただければ。

2010-10-27 15:22:30
taniguchifumikazu @taninen

@friendsroots なので、特に20世紀前半の採譜論は、非西洋文化の音楽を(なるべく)そのまま書き写すことはいかにして可能か、が問われました。その中で五線譜の使用は、対象の姿をゆがめるものとしてしばしば批判されました。

2010-10-27 15:24:01
KOMIYA Tomone @frroots

なるほど、これは面白いですね。そういう批判は「聞こえているもの」としての音楽と、五線譜に写されたそれが「違う」と感じることから生じてくるのではないのでしょうか。 QT @taninen: *その中で五線譜の使用は、対象の姿をゆがめるものとしてしばしば批判されました。

2010-10-27 15:30:02
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