- tatanai_douwa
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運が良い。ベッドと壁の間から見つけたパンの賞味期限が今日だった。運が良い。コンビニでの会計が333円だった。運が良い。適当に入った風俗店の嬢が初恋の人に似ていた。人は些細なことで喜ぶ。逃避という大層なものじゃないから、罪悪感もない。ささやかな運の良さに、人は幸せなため息を吐く。
2014-02-26 20:39:11宮城明人は自分の運の良さを喜んでいるところだった。バイトを変えるにあたって越してきた都内の小さなアパートに、好みドンピシャの女性が住んでいたのだ。4つ隣ではあるが、同じ階だ。また挨拶を交わせるだろう。もしかしたら食事なんて。何にせよ、今後の生活が華やかになる、そう感じていた。
2014-02-26 20:39:27宮城が大崎、という女性と初めて接触したのは越してきて3日経ったある日のことだった。バイトを終えて帰宅してきたときに、彼女は偶然でかけるところだった。自分のアパートの階段を下りてきた彼女と顔を合わせた。
2014-02-26 20:39:43宮城はそう言った。ちょっと声が上擦った。もちろん緊張からである。土方のバイトをしている宮城にとって、コンビニかTSUTAYAか風俗くらいしか女性との接触はない。そこへきてストライクど真ん中である。「こんばんは」が言えただけマシだった。
2014-02-26 20:40:56宮城がそう返すのと同じタイミングで、彼女はペコリとお辞儀をした。会話終了の合図である。日本の挨拶はネガティブな場合において非常にわかりやすくできている。宮城もお辞儀をし、初めての接触は終了した。心臓が50m走の後くらい高鳴っていた。100m走の後かもしれない。
2014-02-26 20:42:56宮城は急いで表札を確認した。大崎というらしい。オオサキかオオザキかはわからなかったが、これで次から名前を呼べる。濁すと怒るタイプの人でないことを祈った。宮城は下の名前も、何歳かも、何をしているのかも、サキがザキかもわからない女性のことを、本気で好きになっていた。
2014-02-26 20:56:00それから1週間後のある春先の暖かい日にそれは起こった。落し物である。比喩表現ではなく、落し物。宮城がコンビニに行こうとアパートを出たときにそれを201号室の前で見つけた。
2014-02-26 21:53:03拾ってみるとそれはケースに入った免許証だった。中を見てみると「大崎ゆみ」と書いてあった。写真は間違いなく宮城が一目ぼれした女性、その人だった。
2014-02-26 21:53:52宮城は興奮した。盗もうとしたわけではない。接触のチャンス、そう思ったのだ。ちゃんと届ければ株も上がる。ひょんなことから下の名前もわかった。最高に運が良い。
2014-02-26 21:54:21そう言って宮城は免許証を差し出した。大崎の端正な顔が、端正なまま崩れた。大崎は目を大きく見開き、横隔膜の動きが見て取れるほど深く息を吸った。
2014-02-26 22:58:17