茂木健一郎（@kenichiromogi）さんの連続ツイート第1190回「椎名誠さんの初期作品と、学生運動」

茂木健一郎 @kenichiromogi

連続ツイートをお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、昨日、都内を歩きながら、ふと思い出していたこと。

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しが（１）辻仁成さんとの打ち合わせが２０時からだったで、羽田から浜松町に出て、そこから歩いた。ｉＰｈｏｎｅが、素敵なルートを見つけてくれて、慶応や聖心、有栖川の横を抜けた。恵比寿のあたりで、人通りが多くなった。暗闇の中、ひとりで歩く時間は、心が癒やされる。

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しが（２）歩くと、心のバランスが回復していく。そんな中、椎名誠さんの小説のことを思い出していた。大学院の頃、同じ研究室にいた長島くんが熱狂的なファンで、一点残らず持っていて私にも読ませたので、私はほぼ網羅している。『哀愁の町に霧が降るのだ』は傑作で、未読の人はぜひ。

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しが（３）『哀愁の町に霧が降るのだ』は、男たちが共同生活をする話だが、こんな青春があった、としみじみ面白く、特に、ふとんをみんなでわっせ、わっせと干しに行って、その帰りに居酒屋が昼間に出しているカツ丼を食べるのを楽しみにするシーンが面白い。沢野ひとしさんも、文句を言いながらやる。

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しが（４）ところが、重いふとんを河川敷に干して、さあ、カツ丼とかけつけると、店が閉まっている。収まらないのは沢野ひとしさんで、「どうしてくれる。カツ丼食わせろ」と暴れるので、みんなが困っていると、「そうだ、自分たちで作るという手もある！」と一人が思いつく。

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しが（５）それで、自分たちで大鍋で大きなカツ丼をつくって、お互いに相手のことを蹴飛ばしながら食べる、というある休日の出来事が描かれているのであるが、とにかく『哀愁の町に霧が降るのだ』は傑作であり、私は長島くんとは別に文庫本おそらく五回くらいは買って繰り返し読んでいる。

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しが（６）『哀愁の町に霧が降るのだ』には、ポストモダンな側面もあって、男たちが共同生活をする話が、なかなか始まらない。冒頭は、原稿を早く書けとクサリ鎌を振り回しながら迫る編集者から、当時の筆者（椎名誠）が、逃亡を図るところから始まり、なかなか「本編」が始まらない。そこも新しい。

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しが（７）椎名誠さんのデビュー作は、『さらば国分寺書店のオババ』、そして『わしらは怪しい探険隊』だが、これを読んだ編集者は、当時びっくりしたろうな、と思う。マリア・カラスが第一声を出したとき指揮者がびっくりしてタクトを落としたというが、それくらいの才能のきらめきがある。

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しが（８）さて、ある時、『哀愁の町に霧が降るのだ』を始めとする椎名誠さんに初期作品のことを考えていた時、はっと気づいたことがあった。これらの作品には、あることが一切書かれていない。盛り上がりの大小はあっても、当時の若者が必ず目にしていたはずのある風景が、描かれていない。

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しが（９）それは、「学生運動」。当時の若者が、真剣な顔で社会の問題やイデオロギーのことを議論していたその空気から遠い場所に、椎名誠さんの初期作品はあって、食や遊びや仲間をめぐるくだらなくも面白い日常のことだけを書いている。この欠落は、実に凄い。書かないことの批評性。

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以上、連続ツイート１１９０回「椎名誠さんの初期作品と、学生運動」でした。