【twitter小説】水中に沈む花#1【ファンタジー】
灰土地域の南西地方は涼しい気候の湿地帯が広がっている。ここは人類帝国の支配が及ばない未開の地でありながら、様々な知的生活圏があり、毎年多くの観光客を受け入れていた。珍しい植物、手つかずの雄大な自然、避暑に最適な涼しい気候、そして見ごたえのある多くの水上都市があった。 1
2013-10-24 17:07:35水上都市は巨大な石柱を柱にして、漆喰と煉瓦でできた都市基盤が放射状に広がっている。ここの住民は計画性というものがあまりないのか、時々新しく柱を設置しては都市の周りに継ぎ足すように基盤を構築していく。 2
2013-10-24 17:13:24その水中都市のひとつが、ここマガラアの街だった。深い湖を取り囲むようにドーナツ状に都市部が築かれている。ここは有名な観光都市だ。南や北や東から様々な人種・文化の観光客たちが押し寄せている。フィルとレッドもそんな観光客のひとりだった。 3
2013-10-24 17:19:36「今年は水中花の花が咲くらしいぜ。一晩しか見れないとあって観光客も凄いな」 フィルとレッドはいま湖のほとりにあるベンチに座ってアイスを食べていた。眼前には広い湖が広がっていて、遠くに向こう岸がかすんで見える。彼らはこの湖に咲く水中花という花が目当てだった。 4
2013-10-24 17:23:24「フィル、なんでアイスなんか買ったんだろうな……寒くて凍えそうだ」 「買おうといったのはお前じゃないか」 冷たくて頭痛が始まっているレッドとは違い、フィルは涼しい顔でアイスを頬張る。フィルの方が背が高くほっそりとしていた。 5
2013-10-24 17:26:14フィルもレッドも薄いシャツにスラックス姿という普通の観光客だった。だが、彼らはこの南西地方がこんなに涼しいとは思わなかったようで、その軽装を若干悔いている。だが観光気分に乗せられて、アイスまで買ってしまっていた。 6
2013-10-24 17:28:39「見ろ、スキュラだ」 フィルは観光客に交じって街を歩く巨大な亜人を見た。彼女らは普通の人間の上半身を持つが、下半身は凶暴な犬を数頭ごちゃまぜにしたような巨大な塊になっている。そのため彼女らの上半身は人混みの中でも竹馬に乗っているように目立って見える。 7
2013-10-24 17:33:55「彼女たちはすべて女性の種族で、水中に適応した遥か昔から生き延びている種族だそうだ」 「灰土地域ではあまり見ないな」 じろじろ見るのも悪いので、二人は湖に視線を戻す。スキュラはこのマガラアの街の住人だ。 8
2013-10-24 17:38:20スキュラは恐ろしく凶暴な種族だそうだが、こうして観光客相手に商売をしている限りは牙をむくことはない。あくまで戦場での話であり、彼女らは誇り高い戦士であるのだ。商売になるとわかり、水中花を保護して神々に祭っているのもスキュラ達の働きだ。 9
2013-10-24 17:42:34「水中花、見れるといいなぁ。すぐ枯れて実を落とすんだろう? 決定的瞬間ってやつさ」 「レッド、湖の水、おかしくないか?」 レッドは目を凝らして湖の水を見た。確かに普通の水とは違う。どこか……水底が赤く濁っているのだ。 10
2013-10-24 17:51:09水中花には不思議な伝説があった。水が赤く濁るとき、水中花は見ることができないと。レッドはベンチから立ち上がり柵から身を乗り出して湖を見る。確かに赤く見えないこともない。だがそれはまだ水底に沈澱しているだけに見えた。これはどうなのだろう。 11
2013-10-25 15:47:32周りの観光客に聞いてみると、一部のひとはすでにそれに気付いていて落胆しているようだった。しかしスキュラの自治体から正式に通達が出ているわけではない。これはどういうことだろうか。観光客が気づいて自治体がいまだ何の反応もしないなどあるのだろうか? 12
2013-10-25 15:50:49「大丈夫だよ。これは水が赤くなってるわけじゃないってことさ。よくあるだろ、鉄分が多い土の池とかは底が赤くなるのさ」 レッドはそう言うが……土壇場で花が咲かない告知がされたらしょうがないねとフィルは肩をすくませる。 13
2013-10-25 15:56:56「女神様のご加護があれば花は咲くさ。美人の女神に外れはないって言うじゃないか」 そう言ってレッドはベンチに座り、近くにある女神のモニュメントを一瞥した。スキュラの氏神であり、彼女自身もスキュラである女神グレイソフィアの像だ。 14
2013-10-25 16:02:12グレイソフィアは普通の美しいスキュラの姿をしており、右手に長剣、左手に睡蓮を持っている姿であらわされる。彼女はこのマガラアの街では水中花とスキュラの安全を守る女神として祀られていた。湖の地下には地下神殿があるという。 15
2013-10-25 16:05:40フィルはガイドブックを少し読みあげた。何でも、地下神殿はこの湖の底の蓋になっており、湖の清掃や特殊な漁を行う祭事の際には水門が開かれ湖の水位が下がるという。そのとき地下神殿の外観や水中花の本体が見れるという。 16
2013-10-25 16:10:04「女神さまも頑張って水中花を咲かせてくれればいいのにね」 この混沌の時代、濁積世は神の力がほとんど残っていないのだ。いち地方都市のマガラアの観光資源に回す余力はないということか。それもしょうがない話ではあるが。 17
2013-10-25 16:16:35「そうだ、自治体に聞いてみようよ。もしかしたら僕らの勘違いかもしれないし、何か対策してるのかもしれないしさ」 そう言ってフィルは立ち上がった。時刻はもう夕方であり、観光客はみな観光を終えて宿に帰っているようだ。 18
2013-10-25 16:26:04アイスを食べて話をしているうちに、辺りには誰もいなくなっていた。いや、ただ一人、スキュラにしては小柄なひとりの娘が、少し離れた場所で柵に手をかけて湖を見ていた。どこか思いつめたような真剣な表情で。 19
2013-10-25 16:29:52すると、突然娘が柵を乗り越え、湖に飛び込んだのだ! 水中の種族であるスキュラではあるが、この湖は聖域のはずだった。飛びこむことなどあるのだろうか。驚いていると、さらに驚くべきことが起こった! 20
2013-10-25 16:35:14「おい、溺れてるぞ……スキュラは水中の種族じゃないのかよ」 「いま助けられるのは……僕たちだけだね」 そう、いまこの夕暮れの街角にいるのはフィルとレッドだけだったのだ。たまに横切る観光客も見て見ぬふりだ。あるいはそんなに大事に思っていないのかもしれない。 22
2013-10-26 13:31:17フィルは辺りを見回した。ここは漁を行う祭事の際港として使うこともある公園だ。しかしボートなどはなく、水面も遥か下だ。間違って落ちたひとのためにロープや梯子があるが、もはや届かない所にスキュラの娘はいた。 23
2013-10-26 13:35:11