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茂木健一郎 @kenichiromogi
連続ツイートをお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、このところ、考えていたこと。
茂木健一郎 @kenichiromogi
らむ(1)先日、NHKのパラリンピックの番組のビデオ撮りで為末大さん(@daijapan )に再会したのだけど、そのことを弟子の植田工(@onototo)に言ったら、「競歩」の東京都大会で2位に入賞した植田が(出場選手、4人だった)、「為末さん、高校の時から凄かった」と言った。
茂木健一郎 @kenichiromogi
らむ(2)高校の時の為末さん、その前後の何年もの学年で記憶がないくらい、凄まじい走りだったらしい。その為末さんは、世界陸上で二度銅メダルを獲得という偉業を達成した。雨のヘルシンキ大会、400メートルハードルでの銅メダル獲得のビデオは、何度見ても感動的だ。
茂木健一郎 @kenichiromogi
らむ(3)話は変わるが、『ゼルダの伝説』や、『ドラゴンクエスト』などのRPGには、「ラスボス」という言葉がある。英語では、last bossではなくむしろfinal bossというようだ。一番強くで、こいつを倒せばゲームの目的を達成し、クリアできるという手強いやつ。
茂木健一郎 @kenichiromogi
らむ(4)人生で大切なことは、ラスボスの存在を意識し、できればその姿を見極め、それを倒すために努力を続けることだと思う。もちろん、ラスボスに向き合うなんていやだ、という人生があっても良い。でも、威勢の良いことを言うのならば、ラスボスに向き合う勇気を持つべきだと思う。
茂木健一郎 @kenichiromogi
らむ(5)為末大さんが活躍した陸上のトラック競技では、ラスボスの姿は明らかである。世界陸上やオリンピックの決勝。そこで向き合う競技者たちは大変手強く、日本人がメダルをとることはもちろん、決勝のスタートラインに立つことも至難の業である。為末さんの偉業は、だからこそ輝く。
茂木健一郎 @kenichiromogi
らむ(6)植田工が言うように、高校の時、為末さんはすでに何かが降臨したように凄い走りだったらしい。しかし、その頃から、為末さんの目の中には、ラスボスの姿が見えていたのではないか。そのラスボスの姿を目にしていれば、高校の陸上競技は、途中のダンジョンくらいの感覚だろう。
茂木健一郎 @kenichiromogi
らむ(7)自分がどう感じているか、ということを分析してみると、ぼくは、どうも、ラスボスに向き合っている人が好きらしい。少なくとも、威勢のいいことを言うのならば、ラスボスの姿をちゃんと意識の中において、その上で、自分の言動がどれくらい価値があるのか、感じ入る人が好きだ。
茂木健一郎 @kenichiromogi
らむ(8)ローカルな仲間の中で威張ったり、ちょっとした権威や、地位、肩書きで自分を支えたり、あるいは、他人の揶揄をしたり足を引っ張ったり。そういう事象は、ラスボスに向き合うという勇気から逃げてしまった人たちに、起こる事象のような気がする。ちまちましてしまうのだ。
茂木健一郎 @kenichiromogi
らむ(9)最後にちょっとだけ書く。このところ、日本国内で近隣諸国や歴史認識の問題について「威勢のよい」ことを言う人たちがいたが、ラスボスが登場してきたら急に大人しくなるのは当然の流れだろう。ちなみにここでのラスボスは、米国のことではない。もっと人類普遍の何者かである。
茂木健一郎 @kenichiromogi
以上、連続ツイート1196回「ラスボスに、向き合おう」でした。

コメント

えむ @mizuki_cg 2014年3月16日
>>「日本国内で近隣諸国や歴史認識の問題について「威勢のよい」ことを言う」 人生論っぽい意味が分からないことを書いてるけど、結局この人が主張したいのはこの蛇足の部分だよね。
ChanceMaker @Singulith 2014年3月16日
何の話をしてるんだろう?本気でわからない。 >「このところ、日本国内で近隣諸国や歴史認識の問題について「威勢のよい」ことを言う人たちがいたが、ラスボスが登場してきたら急に大人しくなるのは当然の流れだろう。」
ひな @Karerllen 2014年4月3日
「偉大なものに向き合う凄い人達(自分)」と「偉大なものと向き合うことができない卑小な人々(愚民)」・・・典型的な中二病ですねわかります。(笑)
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