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《2011年、原発事故発生から5日後3月16日。福島県立高校合格発表の記憶》

3年前。 ほぼ最高値の空間線量の中で、福島県中通りと会津地方の県立高校合格発表が強行された。 そのときのことを思い出し、まとめてみた。
原発 震災
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宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
今日は3月16日。 3年前の今日、福島県中通りと会津地方では、県立高校Ⅱ期入試(一般的なイメージだと『一般入試』)の合格発表が、ほぼ例年通り、屋外で実施された。当時の福島市内の空間線量は、正午で18.60μSv/h. 天候は雨か雪。 http://t.co/t7wRJUELZl
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
郡山市は、このときまだビル3階の窓の外の線量を計測しているので、比べるのは公平ではない。白河市でも同時刻は4μSv/h。汚染が少ないといわれる会津若松市でも0.61μSv/h。中通りと会津地方の住民へは、県やメディアからは何の警告もなかった。@karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
福島県、中通りと会津地方の県立高校の合格発表実施は、14日に県教育委員会が決定し、15日には関係中学校や高校に伝達、その日の内に受験生や教職員には伝達された。この15日、今回の原発事故で最悪の放射性物質放出があった。勿論、福島県庁は15日に知っていた@karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
2011年3月15日。当時の首相菅直人氏は、福島県知事佐藤雄平氏に、子どもや妊婦の優先避難を援助する意向を伝えようとしたが、「これ以上福島県民を減少させないのが私の使命」と断言した県知事に、避難援助の申し出はできなかったとされる。@karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
2011年3月15日。福島県内7方部の空間線量計測  http://t.co/t7wRJUELZl によると、福島市と郡山市の空間線量は16時頃に急上昇する。3階で計測した郡山市の線量は間もなく下がり始めるが、地上1mで計測した福島市は上昇し続ける @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
福島市の公式空間線量最高値は、2011年3月15日23時20分計測の23.90μSv/hだった。それでも、福島県やメディアからは、原発から30キロ以遠に関してはなんの警告もなかった。ラジオ福島は、空間線量は放送したが、その意味は伝えなかった。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
ラジオ福島は、空間線量は報道した。しかし、その後には震災モードで(原発事故モードではなく)給水ポイントや、支援物資、無料入浴所、店舗の営業情報などを報道した。24時間、地元放送モードだ。そんな対応ができた放送局は、テレビにもラジオにも他になかった。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
ラジオ福島は、私が中学生の頃から慣れ親しんだ、福島県の誇りとも言えるメディアだ。番組の75%を自社製作する地方放送など、コミュニティラジオ以外、通常はありえない。それだけの数の情報量を、自局スタッフでこなしていた。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
震災発生後、ラジオ福島はその力を活かして、住民からの情報をHPへのメールなどで集め、即座に放送していた。水道が断水している地域の情報を集め、給水所情報も流していた。数日間は、行方不明者を探す情報も流していた。ぶっ通しで大和田新アナは語り続けた。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
原発事故の情報も、少なくともテレビ報道に遅れることなく、ラジオ福島は放送した。福島県災害対策本部からの情報も、入手後すぐに放送した。刻々と増える死亡確認者数も、放送し続けた。当初、全く音楽等は掛けなかったと記憶するが、14日頃から音楽も掛けた。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
震災発生後、原発事故の悪化が続く中で、初期に放送された音楽は、アンパンマンのマーチや、いわゆる「応援ソング」が多かったと記憶する。音楽は主に、リスナーからのリクエストに答え、メッセージを読んだ後で掛けられた。胸にしみる感覚があった。  @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
2011年3月12日、1号機爆発。しばらくして、チェルノブイリ4号機のような水蒸気爆発ではなく水素爆発との情報。14日、3号機も水蒸気爆発とされる爆発。この辺から、福島県各方部の線量のピークのズレが出る。いわき市は、3月15日4時が最高値。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
南相馬市は、3月18日18時が最高値。郡山市は、3階で計測中の最高値は、3月15日18時40分、地上1メートルにしたのは3月24日だったので、あまり最高値の参考にならない。福島市のピークは、15日19時30分の24.08μSv/hだった。(訂正) @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
ここで少し遠回りになる話を書いておく。 福島県の県立高校合格発表は、原則として本人が受験票を持参して、受験先で合格証書と入学準備関係書類一式を受け取ることになっている。合格発表は12時以後となっていて、最近はほぼ全校、その時間に発表する。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
合格発表を実施する側にいた身として記すが、合格発表の2時間以内に受験生が受験先に来て、合格証書と書類を受け取っていくのは当然だと考えていた。福島県では殆どの県立高校が制服を決めていて、合格発表直後に制服の採寸をしないと間に合わない仕組みでもあった。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
制服の採寸は、県立高校に近い、指定された店舗で採寸をおこなうことになっている。店舗の多くはデパートなどにあり、合格者はその足で採寸に行き、そのまま合格祝いの品を親から買ってもらうこともあった。また、中学校によっては、当日中学校に報告に行っていた。@karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
福島県で生まれ育ち、福島県の県立高校を受験、合格して入学した私。さらにその後、県立高校で教員になり、合格発表をする側に回った私の身からすると、「公立高校の合格発表は、受験生が見に行って、合格書類を受け取るもの」と決めてかかっていた。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
だから、2011年3月16日に実施された、福島県の中通りと会津地方の県立高校の合格発表に際して、合格発表がおこなわれるとしたら、受験生と保護者が高校に来るのは避けることが困難だと思っていた。可能な選択肢があるとすれば、合格発表の延期だと思っていた。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
2011年3月16日の福島県立高校合格発表で、延期のほかの選択肢としては、卒業中学校の教員が県立高校を手分けして受け取りに回ることだったのかもしれないが、当時、福島県は燃料不足の真っ最中で、出勤が困難な教員さえもいただろう。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
合格発表当日も、放射性物質の健康影響に懸念を持つ教員としても、何とか発表自体を延期する提案位しかできなかった。合格発表を見に来た受験者と保護者合計数百人を校舎内に入れてうまく人の流れを裁くことなどできそうもなかった。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
2011年3月16日。合格発表前の職員会議を終えた。私の仕事は、交通整理。数年前から、合格発表を自家用車で見に来る事は禁止された。自家用車を校門内にいれず、校門前に自家用車を止めることも防ぐようにするのが私達の仕事だった。  @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
2011年3月の合格発表では、既に体育館に避難している人の自家用車だけは、校庭に入れることになっていた。基本的に私の職場の体育館は南相馬市からの避難者の避難所になっていたが、新規の避難者は受け入れないように言われていた。色々と影の事情もありそうだ。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
発表前に私が驚いたのは、大地震発生5日後、原発事故進行中のこの年の合格は票なのに、在校生が部活動の勧誘に、ほぼ例年通りに来ていたことだ。福島県の県立高校の合格発表では、在校生が新入生勧誘の為に手作りのチラシを渡すことが恒例になっていたのだ。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
2011年3月16日。11時ころから、福島市の私の勤務先の天候は、雨と雪が交互に降る状況。 当時の線量は福島市公式発表で、18.60μSv/h。 http://t.co/t7wRJUELZl 当然だが、雨や雪には放射性物質が付着している。  @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
2011年時点の高校生や中学生には、チェルノブイリ原発事故の時の「雨や雪に当たるな」という警告は伝わっていない。何しろ「福島とチェルノブイリは違う」はずだし。頼るべき保護者も、震災のショックでチェルノブイリ原発事故当時のことなど思い出すゆとりがない @karitoshi2011
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