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石部統久 @mototchen
「この大刀契というのは、平安時代、具体的に申しますと桓武天皇の次の天皇は平城天皇、この天皇の時から南北朝まで天皇の踐祚、あるいは即位の時に伝授された明確にこれはレガリア…平安時代から鎌倉南北朝にかけての神器の中に百済国伝来の大刀契というものがあったことは間違いない」上田正昭

「四種の神器」と桓武天皇 2003.8.10
Yahoo!掲示板「日本人は百済から来たのか?」#7581

石部統久 @mototchen
大刀契とは霊剣と魚符で、いわゆる「3種の神器」につぐ国家の宝器とされ、践祚(天皇の即位礼)の際に新天皇に授受された。この王の王たるあかし、王章である大刀契は、実は元来、百済王家に伝えられた宝器であった。 http://t.co/sP6HrrMqCt
石部統久 @mototchen
「『西宮記』以下は神事行幸の作法として「太刀」を携行しないということを特記…その「太刀」とは朝廷伝来の宝物である「大刀契」のうちの「大刀」…行幸一般では大刀・契ともに乗輿の前に候するが神事には契のみで大刀は無い…大嘗祭にはともに携行」 http://t.co/irnB6PRNXJ

『建武年中行事』雑考 (六)
Notes on Kenmu Nenju-Gyoji (Emperor Godaigo's Elucidation of Ceremonies and Manners at Court throught the Year) (6)
佐藤, 厚子
椙山女学園大学研究論集. 人文科学篇
2000-03-01
ISSN:1340-4040
巻:31
号:31 [人文科学篇]
1-18p

石部統久 @mototchen
「天徳4年(960) 9月23日 ・平安遷都以来初めて内裏が焼亡し、神鏡が焼損する…猛火は温明殿(うんめいでん)に燃え移り、それは不可能で、神鏡や大刀契(だいとけい)などの皇位に関わる重宝は燃えてしまった。」 http://t.co/O63RMq2KCP

大刀契の焼亡について

石部統久 @mototchen
「大刀契は内裏の火災などでたびたび焼損しましたが、改鋳して平安・鎌倉期と伝授されてきました。しかし、南北朝の混乱の中で絶えます。北朝第一代とされる後光厳天皇の践祚に当たっては「大刀契、鈴印、これを渡されず、紛失せしめしか、年来実なし」(『匡遠記』)と記述」三種神器の意味 高橋俊隆
石部統久 @mototchen
『古事類苑』 帝王部/神器上〈晝御座御劍 大刀契附〉 http://t.co/WWRYfEYkp6
石部統久 @mototchen
『古事類苑』帝王部/神器下〈晝御座御劍 大刀契附〉 http://t.co/S3zgd5nUDl

玉纏大刀(たままきのたち):伊勢神宮の神宝(鮒型と言われる魚型の飾りがついている)に似た金銅製の魚佩(ぎょはい)が柄についている太刀。魚佩は平安時代の朝廷の神器大刀契(だいとけい、太刀と契のセットを意味し、百済伝来の宝刀と契は魚佩で平安期から南北朝時代まで神器として歴代の天皇家に伝えられたとの説も)とのつながりを指摘する声もある
http://iyasaaca.exblog.jp/8948923/

玉纒太刀考
Study on Tamamaki no Tachi

リンク rekihaku.repo.nii.ac.jp 国立歴史民俗博物館学術情報リポジトリ CMS,Netcommons,Maple

橿原考古学研究所付属博物館
玉纏(たままきの)大刀の復元品と魚佩の画像

このまとめより詳細にまとまった記事

桓武帝と百済-日韓の「ゆかり」を訪ねて(41)
エピローグ・大刀契の謎
百済伝来の「伝国璽」
践祚に際し代々継承/北斗・青竜白虎など、大陸・半島の特徴持つ

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コメント

甘党猫が通りますよ @Future_Men 2014年3月28日
これも面白い。形あるものが破損するのは仕方がないが、現在まで残っていて欲しかった。百済が天皇に献上したという「七支刀」とはまた違ったものだったのだろうか。