レイズ・ザ・フラッグ・オブ・ヘイトレッド #1
夜。キョート共和国との、“見えない戦争”が続く日本。その中心地、ネオサイタマ。重金属酸性雨が、巨大ビルモニタに映し出された過剰消費コマーシャルをしめやかに覆い、液晶面にケミカルな艶を生み出す。 1
2014-03-24 15:22:05巨大モニタには、最新型サイバーサングラスをかけた現役ヨコヅナの勇姿。「スゴイ!興奮的!電子で脳波も!あなたに今すぐ体感してほしい!」彼は見えない敵と戦うように、シコを踏み、チョップを繰り出し、勝ち誇り、空前の仮想現実感をアピールする。右下には申し訳程度に「戦時中です」の文字。 2
2014-03-24 15:26:06マルノウチ・ハイ・ストリートからそれを眺める市民たち。「無いと駄目」「買わざるを得ない」「時代」……短く強力な文言が、マグロツェッペリンの液晶モニタにも映し出され、宣伝効果を高めた。ここを歩く市民の多くは、既にサイバーサングラスを装着しているが、それらはもはや世代遅れなのだ。 3
2014-03-24 15:33:22「ワオ……マジで欲しいぜ!やっぱオナタカミのサイバーサングラスだよな!クールさが違うぜ」「俺はサイバネアイのほうがクールだと思う」「でも高いだろ。サイバーグラスなら実際安いって」無軌道大学生たちがモニタを指差し、戯れ合いながら歩く。そして……ウカツ!屈強な男たちにぶつかった! 4
2014-03-24 15:38:17すわ、ヤクザか!?「アイエッ!ス、スミマセン!よそ見をしていただけです!」尻餅をついた大学生が、ホールドアップして謝罪する。マルノウチにも実際ヤクザは多いからだ。……だが、ヤクザではなかった。SWATめいた服装の三人組が、ライオットガンを構え、彼を威圧的に見下ろしていたのだ。 5
2014-03-24 15:45:17口元をオープンにした液晶ヘルメットには、治安維持警察ハイマッポの紋章。三人組は何も言わず、大学生を赤外線スキャニングすると、自らのヘルメットの液晶面に「「「道を開けたまえ、市民」」」の赤色LED文字を流した。その一糸乱れぬ動きは、まるで三つ子だ。 6
2014-03-24 15:53:51「アッハイ」大学生は失禁しながら道を開けた。彼らは治安維持機構ハイデッカーの警邏部隊だ。頭から爪先までオナタカミ社の装備に身を包む事から、オナタカミ・トルーパーズの名で親しまれる。「「「違法ハッカーを発見、拘束する」」」「ペケロッパ!?」ハイ・ストリートの犯罪率が減っている! 7
2014-03-24 16:00:54「助かったぜ!ヤクザも減ったし!」「最近治安良くなったよな」「戦争が終わっても、ハイデッカーにはこのまま残ってほしいぜ!」大学生らが笑う。確かに、ハイ・ストリートは以前よりも安全な場所になった。表向きは。「でもあいつら、少し気味悪いよな…クローンみたいで」「カトゥーンかよ!」 8
2014-03-24 16:11:54大学生らは、また雑踏に吞み込まれる。足早に歩く市民らのサイバーサングラス外側液晶面には「スミマセン」「急いでいます」「あなたに構う気がない」などの無表情な定型文LED文字が光る。中には「ビョウキ、トシヨリ、ヨロシサン」「洗練、オナタカミです」などの企業CM文章も珍しくはない。 9
2014-03-24 16:18:54ハイ・ストリートを支える立体交差歩道橋の下、「最安値更新か」「過剰割引摘発可能性」などのPVCノボリが揺れる、ありふれたサイバーウェア・ショップ。サイバーブルゾンのフードを目深に被った一人の学生が、周囲を注意深く見渡してから店内へ入る。彼の目は敵を警戒するキツネめいて鋭い。 10
2014-03-24 16:28:55「ハイ、あなた、来たの!?安いよ!安いの入ってるよ!」ネコネコカワイイのパーカーを着た店員が、笑みを浮かべて大学生を迎えた。「まだ持ってないの、サイバーサングラス。そんな事じゃ、タフに生き残れないよ?」「最新のやつ。オナタカミのOT-VIIモデルかそれ以降の、ある?」 11
2014-03-24 16:36:54「あるよ!これと!これね!」店員はネコネコカワイイの曲に乗って製品を並べる。「ええと…生産シリアルがマ0026以前のやつ、ある?音がいいって聞いたから」「ハ!そんなの迷信よ!聞いた事無いね!……アー、でもあったよ!ほら、残ってたよマ0024!これ今買うの?買うなら安いよ!」 12
2014-03-24 16:45:10大学生は手元のメモを見ながら、製品のシリアル番号を確認する。「アー、この店、そんなに安くないよね」「あなた買わないの!?開けちゃったよ私!もう買うしか無いよ!今なら二個買うと、お得よ!」「買うよ、一個で十分だよ」大学生が笑う。「あなたいい買い物ね!今夜祖先に報告できるよ!」 13
2014-03-24 16:49:31店員はUNIX端末を指差し、そこで必要情報を入力するよう大学生に促す。「あなた初めて?IRC端末も持った事ない?」「そう」「珍しいね!よく今まで生きて来れたね!電波プラン、決めてね。どうせ、マケグミ・クラスでしょ?」「そうだよ」「気が合うね!わたしもそうよ!すぐ慣れるよ!」 14
2014-03-24 16:54:23大学生は注意深く、個人情報を入力する。「デミIPの発行すぐよ!ちょっと待ってね!」店員はタノシイドリンクを飲み干し鼻歌を歌う。販売ノルマを達成したからだろう。大学生は微かに眉根を寄せる。彼はヨロシサン製薬の悪辣な商売を知っているのだ。「さあ!できたよ!スゴイの体験してね!」 15
2014-03-24 17:03:40大学生はそれを着用する。ブブウーン。視界が一瞬、緑色のワイヤフレーム映像に変わった後、リアル視界が映し出された。まるで裸眼で見ているようなクリアな映像だ。虚空にIRCチャットがいくつも開く。溢れるサイバー感!「どう?この壁どう?何が見える?」店員は真っ白な壁を叩いてみせた。 16
2014-03-24 17:12:31ナムアミダブツ!大学生はそこに、暗黒メガコーポ各社のロゴやNSTV社の最新中継映像を見た。「うえっ、酔いそう」大学生がグラスを外す。裸眼で見た時には、それらは見えない。もう一度かける。壁だけでなく、店内の様々な空白スペースに、ネオンサインめいた映像が自動演算投影されている! 17
2014-03-24 17:18:47「オッホホホ!本当に初めてね!ニューロン鍛えないと生き残れないよ!でもすぐ慣れるよ!」店員が笑う。「軽減できないの?」「カチグミ・プランにすると消えるよ!ポウ!魔法みたいにね!」「高すぎるって」「ユウジョウ!私もそう!でも便利!これ無いと生きてけない社会よ!すぐ慣れるよ!」 18
2014-03-24 17:26:00「本当に?」「そうよ!実際自然に演算されてるからね!まるで本物のポスターか映像だよ!奥ゆかしいよ!すぐ慣れちゃうからね!それに便利よ!手を使わずにIRCよ!」それから耳元で声を潜めた。「体感プログラムもスゴイよ。ネコネコカワイイの、ヘンタイの違法ポリゴン、あなた欲しいか?」 19
2014-03-24 17:32:05「いや、また今度で」大学生はサイバーグラスをポケットに仕舞い、フードを被り直すと、踵を返して店を出た。「あなた!またいつでも戻って来れるよ!大変なチャンスだからね!」店員の声を尻目に、大学生は路地に戻る。ズンズンポコッピポコッピ……浮かれたサイバーテクノ音が後方に消え去る。 20
2014-03-24 17:38:57大学生は再びキツネめいた鋭い目で、電脳犯罪都市ネオサイタマの雑踏に紛れる。ブーンブンブーンブンブブーン……気が滅入るようなコケシマートの重低音ソングが、頭上から圧力をかける。邪悪な音楽をシャットアウトするように、彼はヘッドホンをかけ、パンクロック・ソングを聴きながら歩いた。 21
2014-03-24 17:45:44開戦前から徐々に、自由とケオスが奪われ始めた。あらゆる過激な音楽は排除され、アンダーグラウンドへ押しやられた。TVは無難なものか巧妙なプロパガンダ番組ばかり。再結成後のブラックメタルバンド「カナガワ」のように耳障りだけが過激な音楽は健在だが、真に危険な音楽は、もう、無い。 22
2014-03-24 17:57:02社会に出た事はなく、ネオサイタマ大学で学ぶ貧乏学生である彼にはまだ、これが何を意味しているのかは解らない。ネオサイタマがどこへ向かおうとしているのかを、彼は知らない。ただ、胸騒ぎがするのだ。オナタカミ・トルーパーズによる治安改善は、見かけだけだ。彼はそれを直感的に悟っていた。23
2014-03-24 18:01:41いつしか彼は、治安レベル最悪のツチノコ・ストリートに足を踏み入れていた。「アイエエエエエ!」酷使に耐えかね、違法素子で満たした米俵を抱えて脱走したボンデージ・スモトリ奴隷が悲鳴を上げる。サイバネ強化されたオイラン・アサシンが追いつき、背後から銃弾を撃ち込んでこれを射殺した。 24
2014-03-24 18:08:17