ヒフウ・イン・ナイトメア・フロム・リューグー#4

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@nezumi_a

ヒフウ・イン・ナイトメア・フロム・リューグ #4

2014-03-29 20:16:55
@nezumi_a

埃と煤、潮と錆とヒモノの匂い。家は古く、壁をトタン材で修復している。上から見たよりもずっと寂れている。ここは漁以外に産業は無い。町は一件の酒屋を除き、他は全て民家なのだ。町へ足を踏み入れた二人は、途端に周囲からの視線を感じた。よそ者、しかも若い女性二人となれば否が応にも目立つ。1

2014-03-29 20:20:14
@nezumi_a

二人は住人の警戒の視線を物ともせず歩く。異境探しに慣れている身なら、この程度の好奇の視線は慣れている。「調査の取っ掛かりは噂や情報の集まりやすい飲食店に限る。これは基本ね」「人の話を聞く事が出来るかしら。伝承や昔話の類は老人の方がいいのだけど」2

2014-03-29 20:23:17
@nezumi_a

二人が喫茶店のような場所を探しながらそういった事を相談していると、オーガニックセンコの香りが漂ってきた。ジャーン……ジャーン……ジャーン……半鐘の鳴る音も聞こえる。視線を向けると通りの先には開けた場所があり、センコの煙が立ち込めているのが見える。3

2014-03-29 20:26:02
@nezumi_a

献花が重なり、経文を唱えるボンズ。数日前の漁船全滅事故の合同葬だ。葬式を仕切るのは老人達。炊き出しには女たち。居場所のない子供たち。漁に出るのは男衆だからだ。年端の行かぬ子供が不思議そうに船殻の残骸を見つめている。秘封の二人は部外者が近づくべきではないと、遠目から手を合わせた。4

2014-03-29 20:29:09
@nezumi_a

蓮子はふと見覚えのある人物に気付いた。センコの香りに包まれ手を合わせているハンチング帽の男。昨日、宿のロビーで見かけた二人組の片方だ。葬式の報を受けて戻ってきた家族だろうか。身なりは漁村民のそれではないが、沈痛な面持ちは他人事ではない深刻なアトモスフィアがあった。5

2014-03-29 20:31:52
@nezumi_a

「タタリじゃ……海神サマがお怒りなんジャ……」座り込んでいた老人が胡乱に呟く。「タタリなんかじゃネェ!」中年女性が怒鳴る。「船サ見たろ!嵐であんな沈み方スッカ!」「バカヤロ、マグロが爆発スッカ」ボンズがナムアミダブツと唱える中、残された住人は町を覆う破滅の気配に恐れ、困惑する。6

2014-03-29 20:34:50
@nezumi_a

当然だ。船が一度に三隻も沈み、誰一人として帰ってこなかったのだ。事故は海上保安局による調査と遭難者捜索が行われたが、遺体はあがらなかった。かなりの人数が犠牲になった。そして稼ぐ方法も失われた。7

2014-03-29 20:37:26
@nezumi_a

「もうオシマイだ……」「船はみィんな沈んじまった、男どもはみんな死んじまった……」「かあちゃん、トウチャン帰ってこねェの?」「ヨロシサンの工場で働くしかねぇ」「バカ言うな!あいつら、お社を勝手にどかしやがったんだぞ!」とても話を聞ける状況ではない、二人はしめやかにその場を去った8

2014-03-29 20:43:31
@nezumi_a

社という単語が聞こえた。二人はアイコンタクトで、伝承の入り江へと足を向ける。今は何も残っていないとしても、見方を変えれば何か出てくるやもしれない。秘封倶楽部はそのようなジャンルに強い。そして、時間を掛けるのは得策ではない。夜の貧民街は治安の不安があるという点では何処も一緒だ。9

2014-03-29 20:46:18
@nezumi_a

「あれぇ?キミタチどこから来たのォ?」言ってる端からこれか、と蓮子は苦虫を噛み潰したような顔をする。「女の子ふたりだけ?」「マブ?」道を遮るようにモヒカンやオチムシャヘアーの若者が三人。後ろにもう二人。揃いのユニフォームめいた対汚染ツナギを半脱ぎにし、袖を腰の所で結んでいる。10

2014-03-29 20:48:34
@nezumi_a

葬式で警戒心が鈍ったか。そこまで治安が悪そうに見えなかったが、ヒマを持て余したヨタモノが徘徊している事は考えておくべきだった。「船が沈めば働けない、か」嘆息するメリー。「キミたちカワイイね?」剃りあげた頭に「大漁」とタトゥーを入れた男が前に出る、どうやらリーダー格らしい。11

2014-03-29 20:52:22
@nezumi_a

「もしかして観光に来たの?だったら俺たちと人気のない岩場に行かない?」日焼けした逞しい腕を見せつけながら言った。「前後したい!」「まだ早ぇよバカ!」蓮子とメリーは自分たちがガイオン外縁部に居るのかと錯覚し、思わず苦笑した。このヨタモノたちの存在感はチャメシインシデントだ。12

2014-03-29 20:55:33
@nezumi_a

「オッ、こいつ笑いやがったぞ」「バカにしてんのか!」二人はいきり立つヨタモノを無視して歩き出した。しかしヨタモノたちが行く手を遮る。「ちょっと待ってヨ!」「イイコトしようヨ!」吐く息に混ざるバリキドリンクのケミカル臭にメリーは顔をしかめた。13

2014-03-29 20:58:08
@nezumi_a

バリキドリンクを初めとしたヨロシサンのドリンク類は、用法用量を守らずに服用をすると、神経に過剰な負荷を強いる危険な薬効成分を含む。だが容易に、そして合法的に薬物が入手できるため、労働者の間で蔓延している。若者が昼間からバリキタイムという事実に蓮子の心に重いモノが沈む。14

2014-03-29 21:01:15
@nezumi_a

「アッハ!一緒にイイコトしようぜーぇ!」隙が生まれたか、肩を掴まれた。ナムサン!このままでは二人の貞操がアブナイ!と、その時! 15

2014-03-29 21:02:23
@nezumi_a

「テメッコラーッ!シテヤガッコラー!?」路地の後ろ側からドスの効いたヤクザスラングが響く!「「アッコラー!?」」ヨタモノが一斉に振り向く!「あなたは!」蓮子が立ち寄った定食屋の店員が仁王立ち!店員は肩を怒らせ突き進んでくる!その威圧的な姿に数で優位なはずのヨタモノが怯んだ。16

2014-03-29 21:05:20
@nezumi_a

「オウてめぇら!みっともねぇ真似ッコラー!」店員は二人の後ろにいたヨタモノの肩を掴む!「ザッケンナアバーッ!?」「スッゾコラー!」殴りかかったモヒカンがカウンターのパンチを浴びて吹き飛ぶ!ゴミ箱に頭から倒れこんだ!「エッ」17

2014-03-29 21:07:02
@nezumi_a

「ザッケンナコラーッ!」ゴミ箱に埋まった仲間に気を取られオチムシャヘアーに店員の鉄拳が叩き込まれる!「アバーッ!?」鼻柱を強打され吹き飛ぶオチムシャ!路地脇のゴミ箱に頭から飛び込む!「マダヤッコラーッ!?」拳を突き出し威嚇する店員!「アイエエエー!?」「オボエテヤガッレ!」18

2014-03-29 21:10:33
@nezumi_a

店員がスゴむと、ヨタモノはゴミ箱に埋まった仲間を引きずり出して逃げていった。「オトトイキガッレェ!」逃げる背中に啖呵を切ると、定食屋の店員は向き直った。「大丈夫かアンタ達」「あの、助かりました。ありがとうございます」「なに、いいって事よ」マグロ定食屋の店員は歯を見せて笑う。19

2014-03-29 21:14:09
@nezumi_a

定食屋は朝の早い漁師向けの営業時間なので昼には終わっていたのだ。「こんな所を歩いていると、またさっきみたいなヤツらに絡まれるぞ」「アッハイ」予測できた事だけにキマリが悪い。しかし、二人は転んでもタダでは起きない貪欲さを以ってして食い下がる。「実は、観光に来たんです。私たち」20

2014-03-29 21:16:56
@nezumi_a

話の出来る地元民を確保した二人は、場所を変えていた。町に唯一のカラオケバー、『海の女』という看板はまだ電飾が消えたままだ。ソファに腰掛ける二人。テーブルにはよく冷えたサケのグラスが2つ。弔問でもサケを飲み死者を想うのがこの町の流儀らしい。21

2014-03-29 21:20:10
@nezumi_a

カウンター席の椅子を逆向きに座るマグロ定食屋。彼はアカマツ・ゴンドと名乗った。「さっきのヤツラも最初からああだったわけじゃない、漁に出られなくなって仕事がないんだ」彼も同じだ。アカマツの日焼けした逞しい体はマグロ漁で培ったものだったのだ。22

2014-03-29 21:22:27
@nezumi_a

彼は半年前の漁で事故に遭い、乗っていた船と仲間を失った。ゴンドは奇跡的に助かったものの大怪我を負い、今回の漁には同行しなかった。しかしそれがサイオーホースめいてゴンドの命を救ったのだ。「最近は安い養殖マグロの方が売れちまってな」天井に張られた大漁旗は埃を被って白くなっている。23

2014-03-29 21:25:38
@nezumi_a

店内の空気を映すかのように、空が急に黒くなり始めた。雷鳴が聞こえる。風に建物が軋む。「また雷……夕立かしら」メリーが傘の心配をする。「あれは海神さまのタタリだよ……」それまで黙ってグラスを磨いていた店主のワラコが口を開く。「よさねぇか。お客人の前だぞ」24

2014-03-29 21:27:53