編集部が選ぶ「みんなに見てほしい」イチオシまとめはこちら

課題解決力、問題解決力などという言葉は、実に胡散臭い!

その実体を追究したくない人が好んで使う言葉ですね。
教育 問題解決 課題解決
9923view 0コメント
14
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
私が「問題解決学習」を嫌っているのは言うまでもないが、それ以前に、「問題解決」「課題解決」という言葉がそもそも嫌いである。 【問題解決力、日本3位 国際学習到達度調査(PISA) http://t.co/goKmi4Pukc

数時間経過

福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
実に嫌いだ。 RT @FukushimaKokugo: 私が「問題解決学習」を嫌っているのは言うまでもないが、それ以前に、「問題解決」「課題解決」という言葉がそもそも嫌いである。 問題解決力、日本3位 国際学習到達度調査(PISA) http://t.co/goKmi4Pukc
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
「課題解決力」なるものを自覚的に「持って」いる児童・生徒など皆無に等しい。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
「自ら課題を見つけなさい」などと言われて、「よし、自ら課題を見つけるぞ」と思える子どもなど、皆無に等しい。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
そして、「課題解決力」なるものの実体を具体的かつMECEに認識している教師というものも、おそらくは皆無に等しい。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
「課題解決力」なるものは、つまりは思考力。「これはどういうことか?」「これはどう違うのか?」「これはなぜなのか?」この3つの問いを自ら発することのできる力、それがいわゆる「課題解決力」。しかしそれを「課題解決力」と名づけたとたん、それは実体を失い、ふわふわとした空虚な存在となる。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
「課題解決力」というのは、いわば、教育界における「きらきらネーム」である。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
解決力調査で日本が世界3位というデータを受けての、文科省担当者の言葉――「課題を見つけ、どうやったら解決できるかという試行錯誤を重ねる授業や、全国学力テストでの応用問題出題などの取り組みが成果につながったのではないか」(読売4/2)。違う違う。絶対違う。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
OECDの調査結果が有意なデータであるという前提を認めるとしても、それは、「試行錯誤を重ねる授業」や「応用問題に取り組ませたこと」の成果ではない。それはあくまでも、地道に基礎力を高めるべく系統的な指導を積んできた教師のおかげ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
パス・ドリブル・シュートの技術を徹底的に教えたからこそ試合で勝てるようになったのであり、試合をたくさん経験させたから試合で勝てるようになったのではない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
火起こしの技術、テント張りの技術、ナイフの使い方、ロープの結び方、そういった個々の技術を教えたからこそ山の中で生き延びられたのであり、山の中に何日も放り出したから山の中で生き延びられるようになったのではない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
先に書いた「3つの問い」は詳しくはこうなる。「要するにどういうことか?/たとえばどういうことか?」「どう違うのか?」「なぜなのか?/だからどうだというのか?」。正確には、これらの問いを発する力が「課題発見力」などと呼ばれ、それに解を出す力が「課題解決力」だが、まあ似たようなもん。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
「課題(問題)解決力」という名前は、「生きる力」や「人間力」と同じくらい、とらえづらい名前だ。うそだと思うなら、「この生徒はとりわけ賢い」と思える中高生あるいは大学生をつかまえて、たずねてみればよい。「課題解決力」ってたとえばどんな力? などと。てんでバラバラになるだろうから。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
問題と課題は別という話もあるが、この際、どうでもいい。問題は非能動的で課題は能動的、問題は向こうからやってくるが課題はこちらから作り出す、などと説明できなくもないが、そんなことはどうでもいい。似たようなもん。結局は実体が見えない呼び方。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
なぜ多くの人が「問題解決力」「課題解決力」という言葉を好むのか。要は、かっこいいからなんだよな。全体的・総合的で、なんとなく力強い。「生きる力」も、「人間力」も、同じ。しかし、名を全体的にすればするほど、個々の実体は隠れてしまう。そして、「なんでもあり」になってしまう。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
「課題解決力」という一語で教育を語ろうとするような人は、課題解決力が乏しいんだと思うよ。だって、「課題解決力とは、たとえばどういうことか?」「課題解決力と論理的思考力はどう違うか?」「なぜ課題解決力という名前なのか?」といった問いを自ら発することをしないんだから。

2日ほど経過

福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
根拠をすべて書かないのがtwitter。RT @PeaTongueTokyo: @ 何故、胡散臭いとお感じになるのでしょうか?私には別に賞賛すべきとも思いませんが、突っかかる要素もないと思えるのですが・・・(汗)!?何を憤っておられるのかその根拠が全く文面から明確には感じられない
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
あなたの考える「問題解決力」の定義はなんですか。10秒以内に答えて下さい(笑)。そしてあなたはその問題解決力を自覚的に今まで「使って」きましたか。どこでどのように使いましたか。1分で答えて下さい(笑)。RT @PeaTongueTokyo
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
自覚的に使うことができないものを、「力」とは呼ばない。そして、そういう「力」は、生きる力、人間力などというように、役にも立たない無形のイメージ、美辞麗句でしかない。にもかかわらずそれをあたかも形ある能力であるかのように語るOECDには疑念を覚えざるを得ない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
世界最大のシンクタンクだからといって盲信するなかれ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
そもそもこの連ツイが「無根拠」だなどと考えるのは思考力が麻痺している証拠。問題解決力なんてものを信奉しているからそうなる。 【課題解決力、問題解決力などという言葉は、実に胡散臭い! - Togetterまとめ http://t.co/IgkuLGtKOC
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
理解するに足る根拠が既に書かれているのに、それを補えと言っているわけです、あなたは。twitterはそんなふうに万人に対し懇切丁寧に書く必要のないメディアだと言っているんですよ。分かりません?RT @PeaTongueTokyo: 説明しないのがツイッターならばついていけません
残りを読む(4)
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする