裏庭におちた満月

おぼえがきですよ
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齋藤虎之介 @tora404

満月を見ていたら裏庭に落ちて行った。庭に植えた白樺の間を縫うように避けながら裏庭に向かった。先程まで月明かりで青白く光っていた白樺が今では真っ黒な紙を切って作った切り絵のように見えた。真っ黒な紙で作った切り絵のようなウサギがぴょんぴょん跳ねて僕の前を横切った。

2014-04-03 12:47:04
齋藤虎之介 @tora404

立体感も存在感もない薄っぺらいウサギを捕まえた。捕まえた瞬間ペラペラだったウサギは立体感をもち、体温をもち、真っ黒だけれど真っ白で目が赤い僕が知っているウサギになった。鳥籠の中で飼っていた鶏を取り出し、変わりにそのウサギを押し込んだ。

2014-04-03 12:47:27
齋藤虎之介 @tora404

手を離した瞬間、鶏もウサギもペラペラの切り絵になって、鶏は切り絵の茂みに、ウサギは鳥籠の隅っこで丸まって動かなくなった。軒下の金具に鳥籠を掛けて目的の裏庭に落ちた満月を拾いに行く。40cm程の壁と家の隙間を抜けて行かなければならない。僕も切り絵のようになれたら

2014-04-03 12:47:37
齋藤虎之介 @tora404

こんな狭い所でも楽々通れるのになと思いながら、体を横にして壁と家に擦りつけながらゆっくりとジリジリと進む。ザリッザリッと擦れる音が先程まで静寂だった音のない庭に響いて、寝ていた動植物を起こしてしまっているような気になる。いつも日向ぼっこに来る野良猫は昼間の

2014-04-03 12:47:47
齋藤虎之介 @tora404

ぽかぽか陽気を夢見ながら寝ているだろうか。朝、雨戸を開けると庭でせっせと地面をついばんでいたスズメはいつか地面に穴を開け反対側に辿り着く夢を見ながら寝ているだろうか。最近咲き始めたタンポポは綿毛になったふわふわの自分を布団に寝ているんだろうか。

2014-04-03 12:47:56
齋藤虎之介 @tora404

それが切り絵になって全部目覚めてしまってカサカサと紙の擦れる音を響かせながら、暗い庭を寝ぼけ眼でザリッザリッと音を響かせる僕の方を見ているような気がした。壁と家にサンドイッチされた僕はそれでもゆっくり進み、本当に壁と家のサンドイッチになって夜の闇の中を歩く巨人の夜食に

2014-04-03 12:48:05
齋藤虎之介 @tora404

なる前に早く裏庭にたどり着かなければと必死になった。家を壊さないように器用に跨いで歩く巨人。音も立てずに細い路地に爪先だけを着けながら、その巨大な体からは想像もできないような猫のような振る舞いでヒラヒラ夜の街を歩いている。真っ暗な朔の夜にだけ現れる巨人だけど

2014-04-03 12:48:14
齋藤虎之介 @tora404

今日は満月が僕のうちの裏庭に落ちている。思わぬ日に出歩ける事が嬉しいようで踊っているように見た。真っ暗な夜の闇の中に、音もなく歩く見えない巨大な巨人が何人もヒラヒラと歩いている景色をいつも想像していた。そんな巨人の夜食に今の僕はぴったりなのだ。

2014-04-03 12:48:25
齋藤虎之介 @tora404

何とか夜食になる前に裏庭に辿り着いた。裏庭をきょろきょろ見渡して落ちたはずの満月を探すけれど、どこにも見当たらない。真っ黒な紙の切り絵になってしまうはずの世界をそうはさせないように、太陽よりは弱々しいけれど、しっかりとみんなを存在させるように照らす程の月がなぜ

2014-04-03 12:48:35
齋藤虎之介 @tora404

見つけられないのだろうか?手探りでブナの木のウロの中や、卵を大事に温めて眠っている百舌鳥の巣の中、ダンゴムシが眠る枯れた腐った木の下などを探してみたけれどどこにもなかった。おかしいなと思いながら小さな池の側にある岩の上に腰掛けて一服することにした。

2014-04-03 12:48:45
齋藤虎之介 @tora404

マッチに火を付けると、シュッという音と共に自分の半径1メートルくらいの範囲が月に照らされたように明るくなる。煙草の煙をゆっくりと吐きながら他に満月が隠れていそうな所に思いを巡らせる。ふと、もう何年も手入れをしていない水草や、苔で底が見えなくなった小さな池を見た。

2014-04-03 12:48:55
齋藤虎之介 @tora404

水面にユラユラ揺れる満月があった。なんだこんな所に落ちてたのか。いつもは空の月を模写している水面の満月が今日は本当の満月なっている。なんだか嬉しくてふふっと笑いながら池の満月で月見をした。そうだ、冷蔵庫に羊羹があったなと思い出した。早速壁と家の隙間を

2014-04-03 12:49:06
齋藤虎之介 @tora404

ザリッザリッと音を立てながら表に周り、台所に走った。羊羹と、あ、お茶も持っていくかと夕方に作ってぬるくなったお茶を持って今度は裏庭に回った。そうだ皆も読んでみようと少し大きな声で「みんな月見をしよう!」と言った。ガサガサと鶏やフクロウ、野ねずみや猫、スズメや

2014-04-03 12:49:16
齋藤虎之介 @tora404

巨人、タンポポや白樺やブナが裏庭に目を擦りながら出てきた。みんな切り絵になっているので正直誰が誰だかすぐには判断できない。というかこんなにいたんじゃ羊羹だけでは足りないなと思いしばし皆には待ってもらいカステラや団子、くずもちありったけの物を持って出た。

2014-04-03 12:49:25
齋藤虎之介 @tora404

お茶は足りないので白湯で我慢してもらった。みんなで小さな池の周りをぐるっと取り囲むと、月明かりで切り絵だった皆がすっかり存在をもって見えるようになった。猫は猫で白樺は白樺といった具合に。でもただ巨人だけは見えなくて、腰掛ける場所もないので爪先立ちしていた。

2014-04-03 12:49:36
齋藤虎之介 @tora404

爪先立ちは大変だろうから屋根に腰掛けてもいいよ。というと池が見える場所にのっそりと座ってくれた。それから少ないけれどお菓子を食べてお茶を飲んで皆でワイワイしながら池に落ちた月見をした。途中フクロウが野ねずみを食べてしまいそうになったり、ダンゴムシのくしゃみで

2014-04-03 12:49:57
齋藤虎之介 @tora404

タンポポの綿毛が飛んでいってしまったりという小さなハプニングがあったものの楽しい時間を過ごした。夜行性じゃない動物は眠そうで話を聞きながら頷いてるのかと思ったら、こっくりこっくりと居眠りしていたようだけれど、みんないつもとは違うとてもいい表情をしていた。

2014-04-03 12:50:08
齋藤虎之介 @tora404

みんな満足したので、そろそろ空に満月を返そうかと立ち上がり空を見た。夜空に池の満月が写って輝いていた。それを見てなんだか可笑しくなって皆で笑った。もう少し世界にはこのことを秘密にしておこう。本物の月は僕の家の裏庭にある小さな池の中にもう暫く置いておこう。

2014-04-03 12:50:21
齋藤虎之介 @tora404

次の満月までくらいなら許してくれるだろう。もう一度みんなで座り直し、僕の家の裏庭にある小さな池の中の、僕らの満月を見ながら残り少なくなった羊羹をまるで紙のように薄く切ってみんなに配った。切り絵の羊羹だ。と言ってなにが可笑しいのかわからないけどダンゴムシがずっとケタケタ笑ってた。

2014-04-03 12:50:54