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《『フクシマ カタストロフ』読後評》

『フクシマ カタストロフ 原発汚染と除染の真実』 (青沼陽一郎 著 文藝春秋 2013年) http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163900148 に関して、書評とも呼べない文章を書いてみました。 続きを読む
原発 震災 除染 チェルノブイリ 汚染
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宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
『フクシマカタストロフ』(青沼陽一郎 著 文藝春秋 2013年)読了。 おそらく著者は、かなり深刻な未来を予想したつもりで書いているのだろうけれど。 私としては、まだまだ甘すぎる予想といわなければならない。 それでも、どこぞの「なんとかツーリズム」を提唱している人よりマシだけど。
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
著者は、東電福島第一原発事故発生後間もなく、チェルノブイリ原発事故25周年の記念式典に取材に行っている。当時のロシア大統領メドベージェフと、当時のウクライナ大統領ヤヌーコヴィチが列席する式典を、珍しい日本人ジャーナリストとして前列で取材した。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
著者は合わせて、事故原発の見学に行っている。そして、一旦避難した跡に事故原発周辺の自宅に戻ってきたサマショールと呼ばれる人も取材している。かつては一定の人数がいた帰宅者たちは、高齢化とともに人数が減り、著者が会ったのは夫を失い一人で暮らす女性だった。@karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
さらに著者は、その取材の帰途で、日本の原発事故の「収束」作業に関与してもいるフランスを取材している。詳細は書かないが、ここで著者はフランスと日本の民族性の違いを感じている。「うまく行かなかったらどうする」を考えるかどうか。それが違いだ、と。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
著者は、震災発生後間もなく、いわき市内や南相馬市内に取材に行っている。原発事故発生後間もなくで、地元メディアも含めてマスコミが「業務命令」で記者の撤退を命じていた土地に行き、事故発生間もなくで、取材どころか生活物資も届かない場所に行っている。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
その後、すぐにチェルノブイリ原発事故記念式典を取材し、フランスに立ち寄って取材し、取って返してすぐに、放射能による汚染の取材に取り掛かっている。著者の汚染取材は福島県内よりも、東京で入手できる魚類や、静岡のお茶、宮城の牧草に向いている。@karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
著者の汚染に対する感覚は、私にも大いに賛同できる部分が多い。首都圏の甲状腺検査が必要ではないのか、東京オリンピックが開催予定の時点で健康被害が多数広範囲で(福島県とか東北ではなく、東日本全域で)見つかるのではないのか、という推測は、同じだ。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
さらに著者は、チェルノブイリ原発事故後の措置で使われた「除染」という言葉と、東電原発事故後の日本で使われている「除染」という言葉は、全く異なる内容であることを明記している。この部分は、ほぼ完全に同意できる。 日本の「除染」は、間違いなのだ。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
旧ソ連の、チェルノブイリ原発事故後の対応を知っている人なら、そして日本でも原発労働の知識等がある人なら、東電原発事故発生後に日本で公に使われている「除染」という語が、本来の意味で使われていないことは簡単にわかるはずなのだ。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
本来の「除染」とは、汚染があってはいけない場所に汚染を持ち出さないために実施するものだった。事故原発付近から出てくる車両を検査して、高圧洗浄などで汚染を落とす。人間なら、避難途中で衣服を捨てて汚染されていないものに着替える、などの行為だ。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
ところが、原発事故発生直後の日本では、避難途中に高濃度に汚染されているものを見つける為の検問を設置しなかった。「除染」の為の検問は、汚染されたものを発見したら、汚染を洗い流す水や洗浄剤が必要だった。着替えの為の衣服も必要だった。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
「地震によって水道が断水し、水が無かった」とか「地震と津波で輸送する方法が絶たれ、衣服の準備ができなかった」などの言い訳を、事故発生から3年後の現在なら考えることが可能だが、実際の理由は違う。「除染の為の検問が必要」とは考えなかったのだ。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
「除染の為の検問」を実施するとしたら、実施場所を予め設定し、担当者も決めておく必要がある。おそらく現在の日本で担当できる組織があるとしたら警察だろうが、福島県警にそれ程広域の「除染の為の検問」を実施する能力はなかった。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
2011年3月11日の原発事故発生直後に、福島県浜通りには多くの警察車両が向かっている。その中には、防護服を装着した警察官もいた。自衛官もだ。しかし、警察も自衛隊も、避難指示が出ると、組織としてはかなり早期に30キロ圏外に撤退してしまった。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
私が知る範囲では、川俣町に「検問」ではないスクリーニング施設を設けているが、ここにしても、高度に汚染された物や人の汚染を取り除くことは、かなり早期に諦めている。基準を13000cpmから10万cpmに引き上げて、汚染拡散の阻止を諦めている。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
確認すると、本来の「除染」とは、「汚染の拡散を阻止すること」だ。 ところが原発事故発生後の日本では、「既に拡散した土地や建物の汚染を除去し、元の汚染が無い環境に戻すこと」として使われている。この本の著者は、その違いに気づいている。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
日本で現在行われている「除染」という行為は、旧ソ連でも当初それに近いことが試みられたが達成できなかったことも、著者は取材してきている。その結果が、旧ソ連で、現在居住禁止地域や避難可能地域として設定されている土地なのだ。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
『フクシマカタストロフ』から、一節だけを引用したい。P257の中ほどだ。 「そこに、歴史と異国に学ぶ知恵はなかった。 起きている現実を受け入れるだけの覚悟がなかった。 未来への慈悲はなかった。」 そうだ。「福島とチェルノブイリは違う」と拒否した。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
著者の現実認識は、私と異なる部分が大きく2点存在する。 1点目。広島と長崎の「専門家」が、原発事故の健康被害を過小評価する理由だ。 著者は、「専門家」が長崎と広島の原爆被害の研究結果にこだわり過ぎているからだと理解しているようだ。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
それでは、つじつまが合わない。「専門家」たちは、爆心地から2キロの健康被害を認めない「科学者」として、被曝認定訴訟の国側に立って活動している。 それが、原発事故の健康被害の過小評価に直結しているのだ。 過小評価しようと、意図的に行動しているのだ。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
2点目。東電福島第一原発の25年後の予想だ。 事故原発近くにツァーで訪れることなど、無理だろうと私は推測している。 チェルノブイリ原発とは異なり、原発燃料の多くが、事故発生後3年を経過しても、所在も状態も不明で、封じ込めることができないままなのだ。 @karitoshi2011
宍戸俊則(shunsoku2002) @karitoshi2011
私の予想は、著者のものよりもはるかに悲惨だ。 理由は、著者も書いていることだけど。 敗戦前に、結局「神風」は吹かなかった。 奇跡は起きなかったのだ。 順当に行けば、制御不能に陥る可能性が高い。 私としても、奇跡が起き、「収束」達成を願うのだが。 @karitoshi2011

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