ヒフウ・イン・ナイトメア・フロム・リューグー#5

1
@nezumi_a

ヒフウ・イン・ナイトメア・フロム・リューグー #5

2014-04-05 17:32:40
@nezumi_a

ザウーン。ザウーン。黒々とした海は昼間の大雨で増水し、静かに渦を巻いている。ドクロめいて青褪めた月が、波に足を洗われ立つ蓮子とメリーを照らしている。目の前には立ち入り禁止を示す『入る事は許されない』『ヨロシサン』『業者』『安全が大事』のショドー。1

2014-04-05 17:34:07
@nezumi_a

タングステンボンボリがバチバチと音を立て、明りに引き寄せられた虫が燃え尽きる。二人が居るのは入り江の東側、工事区画を囲む隔壁である。かつて竜退治が行われた言い伝えのある入り江はこの隔壁の向こう側だ。波が寄せる度にサンダルの隙間から砂が入り込むが気にしている暇はない。2

2014-04-05 17:39:51
@nezumi_a

「夜間なら工事はない」地元の人間ではない二人ならば、もし見つかった時でも観光客が迷い込んだと言い訳出来る。「なぜ忍び込むことが前提なのかしら」「それは企業の私有地だからじゃないかしら」波打ち際を歩くは秘封倶楽部。怪異は夜の闇に潜む。それを暴く彼女たちもまた夜の住人なのだ。3

2014-04-05 17:43:47
@nezumi_a

「どうするの?」ゲートの高さを確認していたメリーが問う。「泳ぐ?」「正気?それに蓮子の水着はアレ以外の着用は許可されていないわ」「シルバードラゴンはキョートの法に触れる」蓮子は真顔になった。泳ぐにしても入り江の入り口には防護ネットが張られており、手間とリスクが大きい。4

2014-04-05 17:46:37
@nezumi_a

「正攻法で行きますか」蓮子は隔壁の前に立つ。ジャラ、と鎖が鳴った。隔壁に備え付けられた通用ドアは施錠されているが、工事車両が通過する車両搬入口はさほど厳重なロックがかかっていない。両開きの大型アコーディオン状のゲートは、真ん中の合わせ目にチェーンと粗末な鍵で封印してあるだけだ。5

2014-04-05 17:49:18
@nezumi_a

工事現場に好んで入る輩は少ない。ジャンキーや野生バイオスモトリもこんな僻地では珍しいとなれば警戒も甘くなる。「電子的セキュリティもないわね、これは怠慢だわ」メリーがくすくすと笑う。「鍵は壊せないけど、こうすれば」蓮子が扉を互い違いにずらすように動かすと杜撰な封印は隙間を開けた。6

2014-04-05 17:53:00
@nezumi_a

「おじゃましまーす」身体を縦にしてスルリと忍び込む蓮子。メリーがついて来ない。「困ったわ、私はこの隙間では入れない」狭い隙間の向こうからの告白に蓮子は無言で殺意を堪え、通用ドアの粗末な鍵を開ける。「どうしたの蓮子、怖い顔だわ」「月夜のせいよ」「月光は人をも惑わせるものなのね」7

2014-04-05 17:56:26
@nezumi_a

秘封倶楽部は怪異の潜む宵闇の舞台へと踏み入った。蓮子は見上げる。「午前一時十四分三十三秒」時計を見ずに告げた時刻は正確無比。しかし二人はそのことを当然としている。メリーが見回す。「向こうね。確かに何かある」見つめる先は暗闇、入り江に面した崖があるのみ。ナムサン、これは一体?8

2014-04-05 17:59:29
@nezumi_a

二人の少女は何を見たのか!いかなる神秘が二人に宿るのか!宇佐見蓮子が夜空を見る時、そこには世界の時間と己の位置が映し出される!それは運命を導き出す羅針盤!マエリベリー・ハーンの瞳に映るは、この世とそうでない世界の境界線!異界への陥穽を時に避け、時には覗き込むのだ!9

2014-04-05 18:02:52
@nezumi_a

秘封倶楽部はこの世の摂理を超越した視線で、世界の裏側を、結界を暴く!結界暴きとはいかなる所行か!?それは今ここで説明することはできない!それを知るためにも今しばらく彼女たちの行動を追っていきたい!10

2014-04-05 18:05:35
@nezumi_a

二人は月明かりを頼りに歩いていく。暗闇では携帯UNIXの僅かな光も目を引きかねない。しかし先を歩く蓮子の歩みに迷いはない。事前に確認した地図により、入り江と社の座標は頭の中に入っているからだ。広大な入り江に多い被さるようにドーム状の屋根が張り出し、夜の中に影を落としている。11

2014-04-05 18:09:16
@nezumi_a

鋼鉄のカタツムリめいた巨大機械が山肌に張り付いている。山を崩し、地を均す。土を耕し木を植え直すことで周辺の植生を変え、生態系ごと管理する。「ここまでする必要があるのかしら」「観光地でもあるから廃液を垂れ流しにできないんじゃないの」メリーが答える。そして指さす、「あれだわ」12

2014-04-05 18:13:47
@nezumi_a

入り江を囲む崖、重機の入れぬ奥まった場所に古びた社。「メリー?」蓮子の問いにメリーが目を眇める。「……ううん、何だろう。妙な視え方をしてる」『視える』というのは二人の間の符丁だ。メリーが視るのはこの世の淡い目。異状を示唆する相棒の言葉に蓮子は肩を竦める。「近付いてみましょう」13

2014-04-05 18:18:46
@nezumi_a

ざぷざぷと膝下までを海に浸しながら歩み寄る。長い間風雨に曝され続けた社を覗き込む。携帯のライトに照らされた社は今にも壊れそうに見えた。補強か、それとも何か別の目的か、沢山の紙が張り付けられている。元はなにか書かれていたようだが、年月により読み取ることはできない。「開けるわね」14

2014-04-05 18:21:20
@nezumi_a

メリーが見張り、蓮子が注意深く社の戸を開く。粗末な小さいザブトンがあり、その中央には緩やかな凹みがあった。「何かあったわね」窪みの深さを計る蓮子。「ブッダ像やホーリーシンボルかしら?」と、メリー。「誰かが持ち出した?」昼間のヨタモノたちが浮かんだが否定した。彼らとて地元民だ。15

2014-04-05 18:25:42
@nezumi_a

ひとまず現状の写真を取り、メールでゴンドに転送した。すぐに返信が来た。「なんて言ってる?」「社の移転の通達はあったけど、古い方は取り壊したはずだって。新しい社も見たって」蓮子は携帯を見ながら答える。「移転の連絡はしたのに、壊してないの?というか移転の通達なんてしていたのね」16

2014-04-05 18:28:11
@nezumi_a

「ヨロシサンの割に変に律儀ね」トリイ・ゲートやフクスケ、オイナリ・シュラインといった物は都市部でも撤去されることが少ない。メガコーポであっても元あったものを移転するなどのアフターケアを行う事もする。「ご神体が無いのは変わらないのね」そう結論すると二人は祠を後にした。17

2014-04-05 18:32:33
@nezumi_a

「一時三十五分五十秒。頼まれ事は済んだし今日は帰る?」「冗談でしょう。まださっき見た隙間の根本を見ていないわ」「オーケー。そう言うと思ったわ」笑顔で返す蓮子。「あ、あれ」メリーが闇を指す。「あれは何……?」「メリー?」問いかける蓮子はすぐに気付き、弾かれたようにメリーを見る。18

2014-04-05 18:36:23
@nezumi_a

自分の目では見通せない暗闇、メリーには見える何かがあるのだ。近づくと、波打ち際に魚めいたもの。「バイオ、魚?」バイオ生物。それは世界が人工物へと置き換わる中で歴史に現れた科学の申し子。汚染を物ともせず、時にはそれを糧として逞しく生きる彼らは、食糧問題へのこの時代なりの回答だ。19

2014-04-05 18:43:59
@nezumi_a

海産物の大半もバイオ生物だ。今二人の足下に横たわるのは全長二十センチ程度の魚らしき生物。月の光を受けて青い長い尾ヒレが透けて見える。「なにこれ、見たことない魚だわ。バイオ金魚?」「蓮子って魚に詳しいの?」「いいえ全然」二人はしゃがみ込み、さらに観察する。20

2014-04-05 18:47:06
@nezumi_a

太めの胴体に全体的に長いヒレ。背中は青と緑が複雑な陰影を描く色で腹側は白い。ガイオンのカチグミ向け遊興施設などでクリスタルインテリアの中を泳いでいるバイオ金魚の姿とよく似ている。「ちょっと大きい気がするけど、野生に帰ったからかしら?」「……」「メリー?どうかした?」21

2014-04-05 18:50:17
@nezumi_a

メリーはどこか茫洋とこめかみを押さえている。「それ」「それって、このキンギョ?」「ええ、そう……、その金魚、こちらの存在ではない」突然始まった頭痛に堪えながらメリーは言う。彼女の瞳には、そのバイオ金魚存在にまとわりつく暗緑色のモヤのような影がこの夜闇でもはっきりと見えている。22

2014-04-05 18:56:59
@nezumi_a

そしてメリーにはその影に見覚えがあった。その記憶に逡巡し、しかし勇気をもって手を伸ばす。岸に打ち上げられ死に瀕しているバイオ魚は確かにメリーを睨みつけている。魚類にあるまじき強い意志を感じる。そして接触。「ンアーッ!?」011010101001010100001001111 23

2014-04-05 18:59:08
@nezumi_a

メリーは意識が弾けたような感覚に見舞われたあと、すぐに気付いた。暗い砂浜に膝をついている自分を認識。いや、違う。直感的に理解する。メリーは振り仰いだ。直感を裏付ける黄金の立方体。「ここは……!」「ここはタマシイの地平。肉の檻を抜け出す事の出来る者が辿り着く無間の真理」24

2014-04-05 19:08:53
1 ・・ 4 次へ