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Hideyuki Hirakawa @hirakawah
8日の衆院・科学技術特別委員会の録画を流し観してるのだが、小保方問題に関して野依理研理事長が「幼少の頃から倫理観を植え付けることが大事」と。これ、政府の解釈回路を通すと、創造性とか洞察力に反する方向の修身教育に化けてしまいそう。(「倫理観を植え付ける」という発想もグロテスクだが)
彫木🌔環🧷✂️✏️(安倍首相に疲れました) @CordwainersCat
@hirakawah @Vicke_2011 西欧に於ける「科学者・研究者の倫理」は日本の「修身・道徳」みたいな「世の中の権威・規律には大人しく従え」と言うのとは実は真反対の「教会の権威・横暴から身を守るために生み出されたギルド内の作法」って聞いたんですが、本当なんですかね?
Scholarly Vicke @Vicke_2011
@CordwainersCat すみません。外国の事情となると詳しくないですヾ(;´Д`●)ノ 平川先生あたりのコメント待ちましょう(⌒_⌒;  @hirakawah
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@Vicke_2011 @CordwainersCat んーと、そっち方面は専門外なんですが、その説はちょっと眉唾な気がします。「科学vs教会」という構図は19世紀以降に強調されたもので、近代科学が始まった17-18世紀は科学と基督教は親和的なとこがありましたし。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@Vicke_2011 @CordwainersCat ケプラー、コペルニクス、ニュートンとか皆敬虔な基督者で、彼らの信仰と自然哲学の探求は地続きでしたし(「創造主たる神の栄光を理解するための自然の探求」)。
彫木🌔環🧷✂️✏️(安倍首相に疲れました) @CordwainersCat
@hirakawah うーん、そうなんですか。ガリレオ・ガリレイなんか教会から力一杯、弾圧されてますからそうかと思ったのですが。 @Vicke_2011
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 ガリレオにしても当人は信仰ありましたし、異端審問は、実際には、政治闘争劇の一部です。ガリレオはなかなか上昇志向の強いオッサンだったのと、才能あふれる人物だったので、あちこちに敵がたくさんいて、足引っ張られたんです。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 なので、近代科学勃興期はむしろ、基督教的なエートスが科学者(当時にはこの呼び名はなかったので自然哲学者)にも共有されていたといえます。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 まぁ、人間ですからねぇ。3人いれば派閥ができるという。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 あと18世紀あたりだと、英国では「紳士のエートス」が自然哲学者たちのエートスの土台にあったという話もあります。科学の実験には、それが正しく行われたことを目撃して証言する証言者が必要で、証言者は紳士でなければならないという。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 つまり、嘘つかない誠実で聡明で信頼に値する人物としての紳士であることが自然哲学者=科学者に求められたわけです。これはかなりのところ、現代の科学者の倫理の重なってますね。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 ちなみに科学に紳士性が求められたことの背景としてハンナ・アレントは、それは近代になって信仰や認識の「確かさ」への確信が失われたことを挙げています。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 かつて基督教が優勢だった時代は神の救済や物事の認識の確かさは、殊更に疑うべきものではなかった。真実は人が殊更にがんばらなくても、いずれ自ずと姿を現すというような信頼があった。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 ところが新大陸発見やガリレオによる木星の衛星発見、宗教改革により伝統的学問と基督教会の権威が低下し、この確かさは失われ、常に「これは本当に正しいのか。正しいということはどう保証されるか」が殊更に問われるようになってしまった。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 そういう疑いに常に囚われるようになったのが「懐疑主義」とも呼ばれる近代の認識論哲学で、出発点の一人が「方法的懐疑」のデカルト。他方、自然哲学者たちは「紳士による証言」というかたちで(勿論他と併せ)確かさを保証しようとした。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 ざっくりいうと、かつては、人間が多少ヘマしても、神様がしっかり救ってくれたり真実を示してくれたりするか大丈夫!と信じられたけど、近代は「自分たちでなんとか保証しないとあかん」と、保証の基盤を自らに求めたというわけです。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 この見方が正しいとすると、教会の権威に対抗して、というよりは、それが後退してしまってぽっかり空いてしまった穴を埋めるべく、紳士性その他の人間的尺度を持ち出さざるをえなくなったということになりますね。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 その点で有名なエピソードがあります。18世紀仏の大数学者ラプラスがナポレオンに仕えてた時、新著の『天体力学』という本をナポレオンに献上しました。それを読んでナポレオンはここ言います。「この本、神のことが書いてないやん?」。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 これにラプラス答えて曰く、「陛下 そのような仮説はもはや必要ないのです」。これは科学史上の決定的な変化を物語っています。
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 ラプラスの取り組んだ問題に「太陽系の安定性問題」というのがありました。「太陽の周りを回る星々は、やがて減速してみんな太陽に落ちてしまわないのはなぜか?」。
彫木🌔環🧷✂️✏️(安倍首相に疲れました) @CordwainersCat
@hirakawah 教会と言う権威に対抗した…と言うよりは相手が勝手に沈下していっちゃったので、自分達が信頼に足る「権威」にならざるを得なかったと言う事ですかね。 @Vicke_2011
Hideyuki Hirakawa @hirakawah
@CordwainersCat @Vicke_2011 この問いについてラプラス以前には、ニュートン派のサミュエル・クラークと、デカルト派のライプニッツの間で半ば神学的な論争がありました。
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