地下鉄の少女#1
帝都の食料事情を支えるのは、地下培養工場で大量に育てられる様々な種類のキノコたちだ。キノコは品種改良が重ねられ、栄養価も満点でありキノコだけを食べて生きられるようになっている。キノコは計画的に大量生産され、帝都の一般市民のお腹を満たしていた。 1
2014-04-17 18:26:41もっとも帝都を支配する魔法使いたちは違っていた。彼らの身体は魔法でできていて、多くは普通の食事を必要としていない。彼らはそれぞれ不思議な方法で彼らの腹を満たしていた。それは一般市民には必要ない情報であったし、関わりの少ないことである。 2
2014-04-17 18:29:55カラカはそんな帝都の住人の一人であった。彼はまだ若い青年で、もちろん魔法など使えない。彼は地下のキノコ工場に勤務する一般的な帝都市民だった。今日も地下鉄に乗り、勤務先を目指して地下鉄に揺られていた。 3
2014-04-17 18:33:05彼はアパートで一人暮らしをしている。毎朝キノコ工場へ向かい、キノコの発育具合を管理して、異常があったら対処して、夜勤と交代し家に帰る日々だった。夢も冒険も無い日々だったが、彼はこの安定した暮らしに安心感を覚えていた。 4
2014-04-17 18:35:47地下鉄の中で新聞を読む。今日も帝都の住人が魔法使いに殺されている。帝都において魔法使いは特権階級であり、彼らの魔法のためによく市民が犠牲になっていた。ただ身寄りがいれば役所に届け出をだして蘇生してもらえるし、少し金がかかるだけだ。 5
2014-04-17 18:38:30それに魔法使いなんて普通に暮らしていれば関わり合いになることなど無いのだ。彼は安定した住居、安定した環境、安定した仕事を手に入れ、何も気に病むことは無かった。ただそれは少し寂しいとも思っていた。 6
2014-04-17 18:41:46カラカは新聞を読みながら地下鉄に揺られている。ふと、新聞の影に彼は一人の少女を見つけた。赤いふわふわのシートに腰をかけ、金属製の手すりにつかまっている。丁度カラカが座っているシートの向かい側だ。 7
2014-04-17 18:45:42「またか……今日もいるのか」 カラカは不思議に思った。この少女はいつからだろうか、彼が出勤する朝の地下鉄で毎朝見かけるようになったのだ。少女がいつ地下鉄に乗ったか分からない。ただ、気づけばいつも彼の向かいのシートに座っていた。 8
2014-04-17 18:53:05カラカはいつも決まって同じ時間の先頭車両に乗る。ホームへ降りる階段に近いし、同じ時間の方がリズムが整ってよい。少女は同じ地下鉄の同じ先頭車両、同じ時間帯にいつも現れた。カラカは彼女のことが少し気になった。 9
2014-04-18 23:18:43彼女は毎朝どこへ行くのだろうか。彼女はまだ若いように見える。服装も淡い水色ワンピースにデニムのズボンと、とても勤めているようには見えない。カラカの好奇心は膨らんだ。先に降りるのは彼女の方だ。 10
2014-04-18 23:21:31歯車二丁目の次、歯車三丁目駅で彼女はいつも降りてしまう。この駅はカラカの勤務先の数駅ほど手前の駅で、彼は今まで歯車三丁目で降りたことが無かった 11
2014-04-18 23:25:00カラカはこの駅に何があるか知らなかった。彼はアパートと勤務先の工場を往復するばかりで、他の土地がどんな場所か気に留めたことは無かった。車内放送が独特の口調で歯車三丁目の駅の名前を告げる。列車は加速し、車体が大きく揺れた。 12
2014-04-18 23:31:27新聞を畳み鞄にしまったカラカは少女をこっそり見た。彼女は手元の手帳に視線を落としている。美しい少女だ。黒く艶やかな髪は頭の後ろに縛ってある。まだ若く見えるが、表情は落ちついていてより大人びて見えた。 13
2014-04-18 23:33:51彼女は手帳にペンで何かを書いていたが、列車のスピードが落ちていくのが感じられる頃になると、ゆっくり筆記用具を片づけ始めた。再び車内放送が駅名を告げる。暗い地下鉄の景色の中に流れていく光点が少しずつ増えていく。駅はもうすぐだ。 14
2014-04-18 23:37:38やがて闇の車窓に歯車三丁目のホームが現れる。妙に照明が暗かった。暗いホームには2、3個の裸電球が光っているだけだ。小さい駅で、まるで工場のように配線がむき出しになっている。毎朝見る光景である。少女が立ちあがった。 15
2014-04-18 23:40:48カラカは声をかけることができないでいた。赤の他人である。彼女も迷惑だろう、そう思っていた。視線が合うのを恐れて彼は少女から目を逸らした。少女はゆっくりと彼の脇を通り過ぎて、ホームに降りて行った。彼女の他に降りる乗客はいない。 16
2014-04-18 23:52:11ブザーが鳴って列車のドアが閉じられた。再び地下鉄は走りだし、歯車三丁目のホームは闇の中へあっという間に消えていってしまった。カラカは少女がいつもこの駅で降りるのを見ていた。この駅には何があるのだろうか、少女は何をしに行くのだろうか。 17
2014-04-18 23:56:35カラカの好奇心は膨らんでいく。だが忙しい朝の中、少女の秘密を追い求める時間は無かった。彼は好奇心を膨らませたまま、もどかしい気持ちを抱えて一日を始めるしか無かった。 18
2014-04-19 00:02:15まだ夜も明けない頃だった。けたたましい音を立てて電信のベルが鳴った。カラカの住む木造三階建てのアパートはあまり防音が施されていない。カラカは急いでベッドから起き上がり、壁に備え付けられている電信機の受話器を取った。 20
2014-04-19 11:18:45「はいはい……おはようございます。えっ、キノコが感染!?」 どうやら彼の受け持っていたキノコ培養区画の培養室で、培養されていた白キノコが病気に感染したというのだ。味の良い白キノコは、ほとんどが不味い紫キノコに変異していた。 21
2014-04-19 11:23:40工場は一時閉鎖され、入念な消毒を行うという。そのため、平日にも関わらず彼の仕事は休みになっていた。「はい、わかりました。では後日また……」 消毒は専門の業者、公衆衛生局ギルドが行う。彼は急にやることがなくなってしまった。 22
2014-04-19 11:30:19カラカは受話器を電信機のフックに戻して通信を終了した。寝間着姿のまま大きく欠伸をして、彼は頭を掻いた。彼は仕事ばかりしている人間だった。休日はあるが、疲れて寝るだけだ。せっかくできた休日、彼は寝る気にもなれない。 23
2014-04-19 11:36:39