連作小話「私はあなたの故郷」

役者になるのを諦めて訪問介護ヘルパーになった私。私の生き甲斐は彼が成功することだったのに。
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土曜日 @doyoubi
#twnovel 今日はあそことあそことそれからと、手帳をめくりながら今日の訪問先を確認する私は訪問介護ヘルパー。もう三年になるかあ。この仕事に就く前、劇団研究生を二年続けたけど私に才能や集中力が無いことを確認しただけの時間だった。彼と出会ったから、人生何事も無駄はないけれどね。
土曜日 @doyoubi
#twnovel ヘルパーになったのは正社員にしてくれる会社がここだけだったから。でも、やってみると大変。暑い夏も寒い冬も休みなく自転車で訪問して回る。訪問先ではお襁褓を換えたり下のお世話。色んな人、家族がいらっしゃるから気苦労もある。それもこれもみんな彼のためと頑張って三年。
土曜日 @doyoubi
#twnovel 彼は才能があるの。演技力もあるし教養も深い。チェーホフの愛読者なのよ。そんな彼が眩しくなってしまった美人でもない私を彼は受け容れてくれた。だから私は彼のために尽くすの。彼に必要なのはチャンスだけ。チャンスを待つ時間、彼を私は支える。そんな決意で就職したのよ。
土曜日 @doyoubi
#twnovel 回っているお宅は様々。家族で介護しているお宅もあれば一人暮らしの人もいる。セクハラまがいのことをされて泣きそうになったことも。でも、演技の勉強が役立って荒立てずに済んだ。そんな私を上司も目をかけてくれてるわ。同僚おばさんのヤッカミやイジメは適当に受け流してるの。
土曜日 @doyoubi
#twnovel そんなある日突然、彼が帰って来なかった。連絡もない。翌日、劇団に電話したらここ暫く来ていないという。事故でもあったのかと心配していたらメール「ゴメン」とあるだけが来た。返信したらアドレス削除。私の前から彼が消えてしまったのだ。なんでこんなことするのよ。悲しい。
土曜日 @doyoubi
#twnovel 彼の友人知人に問い合せたり立ち回りそうな所を訪ねたりしたけど行方不明のまま。私が嫌になったのか好きな人ができたのか皆目わからない。私に悪い所があったら直すわ。あなたに大きな期待をかけたのが負担になったのかなあ。私が重荷になったのかなあ。一言でいいから教えてよ。
土曜日 @doyoubi
#twnovel あれから半年。諦めはしない。彼の蒸発、何が理由だったか分からないけど私は待つ。いつまでも待つ。これは運命が私に与えたシナリオなのだから私はシナリオに忠実に演技しなくっちゃ。そう思うことでこの悲しみに耐えられる。こうして耐えつつ私は仕事を丁寧にこなしている。
土曜日 @doyoubi
#twnovel Kさん宅。89歳要介護5の方だ。認知症が進んでいて普通の会話はあまり出来ないが私が歌を歌ってあげると喜んでくれる。今日は「故郷」を歌ったら涙を流しながら聞いてくれた。歌い終わって外に出たら吸い込まれそうな青空。我慢していた涙が止めどない。私はあなたの故郷なのよ。