日吉仔郎 / 「ひよこシステム」

「ひよこシステム」という短編小説です。原稿用紙換算18枚程度。2014年のイースターは4/20となっております。それではみなさん、よいイースターを!
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日吉仔郎 @koro_hiyoshi

---------------------------------------------- 日吉仔郎 /「ひよこシステム」 ----------------------------------------------

2014-04-19 19:55:58
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 息子のキヨシはもう寝るところだ。肩まで布団を被って目はとろんとしている。父親であるおれは敷布団の端っこに膝をついてキヨシの頭を撫でる。布団サイドストーリーを物語る準備をする。1

2014-04-19 19:56:15
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

キヨシを寝かしつけるのはいつも律ちゃんの仕事だが、今日は「お父さんって、寝る前におはなしをするあれ、できないんでしょ?」とキヨシに挑発され、おれがやらないわけにはいかなくなった。2

2014-04-19 19:56:30
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

「お父さんだってできるさ。お父さんが小学生のときに考えた、最強のお話をこれから聞かしてやる」 「ほんと?」 「ああ」3

2014-04-19 19:56:41
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 何年生だったか小学生の頃に、自主学習ノートを毎日1ページ書いてくるという宿題があった。テーマは自由で、なんでもいいからなにか調べなければいけない。でも毎日なんてやってられない。おれは何も調べたくなくて、てきとうに物語を書いて提出していた。4

2014-04-19 19:56:51
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

物語には花丸がついた。当時はおれって天才って思ったが、いまは、先生も物語なんてあがってきてどうしていいかよくわかんないから、とりあえず花丸をつけたんだろうなって思っている。おれはいま、そのときに作った物語の筋を思い出しているところである。5

2014-04-19 19:57:02
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

あんまりよく覚えてない。でもキヨシの期待には応えたい。おれはたどたどしく語り出す。 「主人公はひよこだ。かわいいひよこで、ひよこだけど翼を手みたいに使って物を運んだりとかできる。ひよこは甘いものが好きで特にケーキが大好きだ。6

2014-04-19 19:57:15
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

でもある日、ひよこがうちに帰ってくると、楽しみにしてたケーキがない。机の上に置いといたはずなのに。ひよこは慌ててきょろきょろする、そうすると窓からケーキの箱をもって出ていこうとする泥棒がいるじゃないか。7

2014-04-19 19:57:29
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

おれのケーキ! 泥棒なんて怖いやつかもしれないし危ないけど、考えなしにひよこは走って追いかける。ケーキ好きだからね。ここから泥棒とひよこのデッドチェイス。とにかく白熱する。途中で泥棒が下水道に逃げ込んだりするし、後を追って降りた下水道には野生化したワニがいたりする。8

2014-04-19 19:57:42
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

でも最後は勇気とか智恵でひよこは絶体絶命を乗り切って、泥棒の背中めがけてひよこキック! 決まった! ケーキを取り返したぜ。そんで家に帰ってケーキの箱を開ける、そうすると、ええっと」  なんだっけ。9

2014-04-19 19:57:51
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

「ひよこはケーキ食べれたの?」 「いや、どうだったかな。無事においしいケーキを食べれた気もするし、箱を開けるとケーキは崩れちゃってて、がっかり、あららーって話だった気もするし」 「どっち?」 「どっちだったかな? 忘れちゃったな」10

2014-04-19 19:58:00
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

「おとなって、肝心のとこを忘れる」 「そうかー? そうかもな?」  我ながら締まりのない話だけど、だからこそなのか、睡眠導入にはぴったりのようで、いつのまにかキヨシは瞼を閉じていた。もう寝ているかもしれない。「おやすみ」と声をかけると、かろうじて「おやすみ」と返事があった。11

2014-04-19 19:58:11
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 小学生になったからひとりで寝る。そう宣言したのは他でもないキヨシ本人だけど、キヨシは寝る前にこうやって、誰かに付いていてもらえないと眠れない。忍び足でキヨシのもとを離れ、そっと引き戸を閉めて、リビングに戻る。12

2014-04-19 19:58:24
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 「キヨシ寝たぞー」  キヨシのお母さんでおれのお嫁さんの律ちゃんは、冷蔵庫から缶ビールを取り出して「おつかれー、ありがとー、ほいビール」と手渡してくれる。13

2014-04-19 19:58:37
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

律ちゃんは自分の分のビールも取り出し、ぷしゅっとプルタブをあげる。おれもぷしゅっ。乾杯する。アルミ缶同士だからぶつけあってもチーンっていわない。それでも一日の終わりの一口目は全身に染み入る。旨い! 「くー、これこれ、これがあれば、嫌なことも忘れられるよなー」14

2014-04-19 19:58:47
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

「へ? なに? なんか嫌なことあったの?」  ビール片手に二人並んでソファに座る。聞き捨てならないと、律ちゃんは体育座りして、おれのほうにしっかり向き合ってくれる。15

2014-04-19 19:58:59
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 「え、あー、うん、なんだっけ。あれ、まじで忘れちゃったな、ビール飲んだら。今日ちょっと落ち込んだ気するんだけどな」 「ほんと?」 「あ、うん。ほら、キヨシの寝顔もかわいいしなー」16

2014-04-19 19:59:09
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 心配かけたくないとかでなく、おれはほんとに忘れていた。おれはけっこうほんとに忘れる。律ちゃんもそれを知っている。だからそれほど気に留めず、ちょっと赤くなった顔で、にやりと笑った。 「ビールが先か、嫌なことが先か」 「へ?」17

2014-04-19 19:59:23
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 「嫌なことがあるからうまいビールを飲むのか、うまいビールを飲むために、嫌なことにも取り組もうとするのか」 「なにそれ。律ちゃん哲学的じゃん」  思わず笑うと、律ちゃんも得意げに「へへへ」と笑った。 「こないだ満月だったしね」18

2014-04-19 19:59:41
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 「そっか、満月かー」それって関係ある? と思うけど、なんかある気もするし、おれは「なら仕方ねえなあ」と、消えかかったビールの泡を舐める。夜は更けていく。19

2014-04-19 19:59:49
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 次の日の朝ご飯は目玉焼きで、ハムも下敷きだから、しいていうならハムエッグ。ワンプレートにはさらに千切ったレタスのサラダ、トースターで焼いた食パンも載せてある。 「うさぎのエサー!」  レタスをつまみながら、真新しいランドセルを傍らに置いたキヨシが叫ぶ。20

2014-04-19 20:00:02
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 「エサって何よー」そう律ちゃんは怒るけど、キヨシには意味がわかんないだろうなあ。小学校ではうさぎを飼っているらしく、キヨシはいま、うさぎにすごくハマっている。21

2014-04-19 20:00:15
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

そうであるがゆえにキヨシのなかでは、アフリカの子どもよりうさぎのほうが大事って感じになっており、うさぎのエサというものも、さながら聖体みたいな扱い。うさぎのエサとは言ったって、あらまあ朝からこんなすごいもの食べられてラッキー、それくらいのニュアンスなんじゃ? 22

2014-04-19 20:00:24
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 「ねえどう思う?」律ちゃんはおれに訊いてくる。「キヨシさー、葉物の野菜ってぜんぶ同じだと思ってんのよね。レタスとキャベツも区別できないのよ。学校でうさぎのエサにしてるのって、ぜったいわたしキャベツだと思うのよねえ。うさぎの栄養のこと考えてもさあ……」23

2014-04-19 20:00:36
日吉仔郎 @koro_hiyoshi

 キヨシと律ちゃんのやり取りに関するおれの心配は的外れで、うさぎの栄養についての律ちゃんの講義は、右から左に抜けていく。覚えが悪く忘れっぽい。おれの頭はひよこシステム。24

2014-04-19 20:00:50