色と脳~考え方の歴史

火星の人類学者より色と脳の歴史部分のまとめです。 最近の部分はまだですが。
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なん・抜け首・佐川 @nankuru28

「火星の人類学者」の「色盲の画家」から、色と大脳の仕組みを考える。 色盲や色弱は先天性が多いが、主人公の画家はずっと正常で、画家になるぐらい色彩含む視覚能力は高い人だった。ある日、突然、色覚を失い「世界が白黒テレビに見える」ようになってしまった。

2014-04-11 23:25:43
なん・抜け首・佐川 @nankuru28

「大脳性の色盲」という症例は非常に珍しいらしい。網膜、錐体の検査を経て、あるいはヒステリー性のモノを疑われ、あれを除外、これも除外し、ようやっと「大脳性である」まで辿りつく。しかしながら、かつては「大脳性の色盲が起こり得るか否か」は大論争だったらしい。

2014-04-11 23:35:15
なん・抜け首・佐川 @nankuru28

ニュートンが1666年にプリズム実験で白光色が色のスペクトル全てから構成されていることを示した。ものの色は「どの屈折率の光が一番【多く】反射して目に届くかによって決まる」とニュートンは考えた。(今もこう思ってる人は多いかもしれない)

2014-04-11 23:40:10
なん・抜け首・佐川 @nankuru28

1802年にトーマス・ヤングが思いつき、その50年後にヘルムホルツが発展させた「ヤング・ヘルムホルツ仮説」では「受容体は3種あれば、全ての色が作れる。色はそれぞれの受容体が受ける光の波長によって決まり、神経系は波長を色に翻訳するのだ」と考えた。

2014-04-11 23:47:00
なん・抜け首・佐川 @nankuru28

1884年に神経科医のヴィルブラントは「脳の第一次視覚野には、光、色、形を認識する異なる視覚中枢があるだろう」と予想したが立証は出来ず。1898年に眼科医のヴェレが報告した「半色盲(右半分は色盲で左半分は正常)の症例」の解剖結果で微細な異常が見つかり色覚中枢はここかも、となった。

2014-04-11 23:53:13
なん・抜け首・佐川 @nankuru28

「色覚中枢がある、すなわち、大脳皮質のどこかに色を特に感知する部分がある」という考え方には反論が起こり、その後1世紀は反対論が強かった。 これはロックの「感覚哲学」とニュートンの「物理的哲学」の対立からくる教条問題の大論争。ヴェレの報告はボロボロに批判され外されてしまった。

2014-04-12 00:00:11
なん・抜け首・佐川 @nankuru28

ニュートンの「物理学的、色の見え方解説」に疑問を持ったのは、かのゲーテである。ゲーテは色彩の表れ方や幻にも色がついてることから「視覚的幻は、視覚的真実である」と宣言した。サックス先生によるとこれは「視覚的幻は脳神経学的真実である」と言ったも同然だ、となる。

2014-04-12 00:10:42
なん・抜け首・佐川 @nankuru28

ゲーテの「色彩論」は同時代人には、詩人の気まぐれ、似非科学とみなされた。ゲーテは「人が実際に色と光を見る仕組み、世界と幻を色で組み立てる方法」に興味を持った。それは余りに「変則的」だからね。でも、ニュートンの「色は波長で決まる」は【科学的】だった。ゲーテの考察は行き場を失った。

2014-04-12 00:17:15
なん・抜け首・佐川 @nankuru28

「色覚中枢は無い!」がひっくり返るのは、1970年代。1920年代に銃弾で視覚野を破壊された視覚障害者を研究した偉大な神経科医が「色盲だけなんて一人もいない。単独性の大脳性色盲はあり得ない!」って言ったから、誰も研究しなかったんだよね。(科学的って【現段階では】があるのが誠実ね)

2014-04-12 00:30:34
なん・抜け首・佐川 @nankuru28

「色覚中枢なんかない!だから独立した色盲なんかあるわけないじゃん!」って考えが主流を占め、結果、大脳性色盲の十分な症例研究が行われたのは、なんと、1974年(つい最近じゃん!)になってからだ。 (考えてみれば感覚ってのは本人申告が大きいわけで脳波やシナプスなんて最近だもんな)

2014-04-12 00:07:15
なん・抜け首・佐川 @nankuru28

1970年代以降の研究では、かつては考えられなかった「脳の働きを見る機械」のおかげで、色を識別する為に脳のどの部分が必要か?がハッキリするようになってきた。今ではもっと進んでるんだろう。「色は脳内で組み立てられる幻」ゲーテ、間違ってなかったじゃーんの時代である。

2014-04-12 00:36:36