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ミヒャエル・エンデ @Michael_Ende_jp
ゲームを続けるためにはルールが要る。一人でゲームをするときも、いや、そのときこそルールは必要である。『夢世界の旅人マックス・ムトの手記』
企画屋@川村(最近ポエム控え気味) @yas_kawamura
ゲームとルールをイコールで結ぶことを単純な解釈で受け止めてはいけない。それは大いなるミスリードだ。何故なら人間の意識的活動には基本的に有意識、つまり法則性のある思考が必要だ。世界で何か意識的行動をするという事はすべからく内的にルールを作り、外的なルールを知って適応、対応する。
企画屋@川村(最近ポエム控え気味) @yas_kawamura
ルールを設定してゆくのは遊びの専売特許ではないし、ルールを設定してゆくのは意識活動の根本なので、それがゲームであるとか一人遊びであるとか、関係ない。ただ、現実的な利益ではないが、実質的な利益があるルールを設定し、それに従って何かをすることは遊びとなる。
企画屋@川村(最近ポエム控え気味) @yas_kawamura
遊びは現実的な利益の直喩ではたいていない。純粋なシミュレーションや訓練目的のシリアスゲームに喜びが少ないのはだいたい現実的な利益の直喩としてデザインされたルールのもと、かつ実質的には何も得られない(現実的に取り組む時には役立つ、利益を実感しても)から楽しくならないのだ。
企画屋@川村(最近ポエム控え気味) @yas_kawamura
ゲームはたいてい、現実的なルールをメタファー、暗喩、寓喩、換喩、シネクドキ、概念メタファー、、、翻案、翻訳したものは面白い。現実的には利益がないが、実質的な利益はえられるのだ。精神的利益も実質的な利益のひとつだよ。

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