セラフィリアの庭園#3

魔竜との交渉に向かう竜族の青年クルーム。突然現れた、魔竜に恋人を奪われたという娘。彼らに課せられた奇妙な試練の行く末とは…。 小説アカウント@decay_world で公開したファンタジー小説です。この話は#4まで続きます
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減衰世界 @decay_world

――セラフィリアの庭園#3

2014-05-08 16:46:18
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(前回までのあらすじ:魔竜に奪われた恋人を取り返しに来たというリンサ。彼女と共にセラフィリアの庭園に侵入し、化け物と戦うことになった竜族の青年クルーム。化け物を倒さねば魔竜との交渉には入れない。だが、深い傷を負った化け物は不思議な果実を食べて傷を癒してしまったのだ)

2014-05-08 16:51:31
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 リンサは再び化け物から距離を取った。そしてクルームが援護する。幻術によって虚像がいくつも生まれ、リンサは本体が分からないように移動しながら隙を窺った。虚像はリンサの意志でもある程度は動かせる。クルームは化け物の射程に入らないよう木陰に隠れる 58

2014-05-08 17:09:11
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 しかし、例の果実による回復をなんとかせねば勝機は無い。果実は無数に生っており、一日中戦った所で尽きることは無いだろう。果実を食べにいけないくらいの傷を一撃で負わせるか? しかし化け物はこちらが強敵と分かると、なかなか隙を見せない。「策はある? 使者さん」 59

2014-05-08 17:13:34
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「いまの所は……ゼロだ。いや、一つだけある」 クルームの作戦はこうだ。飛礫の呪文を応用し、空中に石を固定して化け物の邪魔をする。化け物の胴は太く、小石をすり抜けることは困難だ。空中の小石で邪魔をすれば、一瞬だけ果実を食べるのを邪魔できるだろう。 60

2014-05-08 17:20:23
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 その隙に、リンサが致命的な打撃を与えるという作戦だ。「小石でしょ、そんなに強いの?」 「人間ごときの魔力の常識で考えてもらっては困る。一般的に竜族は魔法は苦手だが、潜在的な力はかなり強い。僕のようなエリートならば、小石だけを使って車を浮かすことだってできる」 61

2014-05-08 17:30:53
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「随分自信があるのね。相手はセラフィリアの魔法の創造物よ。あなたと同じ竜族の、誰も敵わないほどの力を使った手先よ。……でもまぁ、乗ってみるよ。あいつ、あんまり賢そうじゃないし」 化け物は皿のような目を輝かせて、蛇腹の首を揺らしながらシューッと呼吸音を発した。 62

2014-05-08 17:35:43
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「いっせーので虚像をみんな飛びかからせるぞ。危ないと思ったら逃げて最初からだ。チャンスは何度でもある。怖かったら逃げていい。まだ太陽は高い。それ、いっせーの!」 合図とともに20人程度の虚像が一斉に走り出す。本体も自然な流れで攻撃に参加した。化け物は口を開ける。63

2014-05-08 17:42:59
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 そして近づいた虚像を次々と飲み込もうとする! だが虚像は虚像、空気を飲むだけで終わりだ。虚像による飽和攻撃によって本体のリンサが間合いに侵入しやすくなる。虚像はただの空気の塊で、攻撃手段を持たない。リンサはうまく化け物の注意の外から彼のわき腹にかけ込む。 64

2014-05-08 17:49:05
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「やぁ!」 リンサは剣を両手に握りしめ、化け物の柔らかいわき腹に突き刺した。緑のドロドロとした血液が傷口から泡立つ。さらに傷を深くするため、彼女は化け物の体内で剣を捩じった。ブシュッと血液の飛沫が飛び、リンサの頬に数滴振りかかる。腐ったような匂いが辺りに立ち込める! 65

2014-05-08 17:54:41
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「リンサ、離れろ、二撃目に備えろ!」 クルームは木陰から命令を飛ばす。すでに彼は集中状態に入っていた。芝生に散乱していた小石が浮かび上がり、化け物を取り囲む。化け物は苦しそうに頭を振り回すが、小石に当たってどうすることもできない。リンサは剣を抜くのに難儀している。 66

2014-05-08 18:03:20
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 リンサの剣は化け物の身体深く突き刺さり、柄を伝って血液が流れてくる。それはリンサの小手に触れると、ジュッという焦げたような音を発した。「ダメだ、抜けない。後は任せた!」 そう言って彼女は剣を放棄した。虚像と共に、一度化け物から距離を取る。 67

2014-05-08 18:09:10
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「武器はあるか?」 「小剣なら!」 リンサはブーツに縫い込んである非常用の小剣を抜いた。初撃は上手くいったが、貴重な追加攻撃の機会を失ってしまった。化け物は相変わらず小石の牢獄で暴れている。しかしその動きも緩やかになりつつあった。「あいつ、失血が大きかったようだ」 68

2014-05-08 18:15:32
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「ねぇ、小石はいつまで持つの?」 「君は攻撃のチャンスを窺って、飛びこんでくれ。僕は一秒でも長く小石を維持する……正直もう限界なんだ」 確かに、小石はだんだん化け物の体当たりで動くようになっている。リンサは、意を決して虚像と共に二度目の突撃を開始した。 69

2014-05-08 18:19:52
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 しかしそのままなすすべなくやられる化け物ではなかった。化け物は太い身体を尻尾の方から絞っていくと、口から緑の体液を噴き出し始めた! リンサの虚像が次々と飲み込まれて消滅していく! 「リンサ、危ない! 一旦引け!」 クルームは警告する。化け物は四方に体液を撒き散らす! 70

2014-05-08 20:45:10
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「でも今行かなくちゃ! チャンスなんだ!」 リンサは警告にも関わらず、体液をかいくぐり化け物へと接近する。残った虚像はすでに4体にまで減っていた。いまクルームは小石の制御に脳の領域をほとんど使ってしまっている。いま新たに虚像を生成するのは不可能だ。 71

2014-05-08 20:50:20
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 虚像がさらに2体体液に飲み込まれて消滅する。だが、そのかいもあってリンサの本体は化け物の近く、小剣の間合いまで接近することができた。小剣を思いっきりぶよぶよした化け物の腹に突き立てる。ずぶりと突き刺さり、体液はほとんど出てこなかった。吐き出すのに使いすぎたのだろうか。 72

2014-05-08 20:55:23
減衰世界 @decay_world

「いい加減倒れなさいよね!」 小剣を抜いたリンサは、相手が反撃する前にその場を離れた。化け物の顎がその一瞬後を通過し、牙が空を切る。化け物の皿のような目は緑に血走り、怒りに震えていた。だが、豆のような小さな瞳はぐらぐらとぶれており、彼の体力の限界を示している。 73

2014-05-08 21:00:57
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 しかしクルームの精神力もそろそろ限界に近付いていた。制御する小石の数を減らして脳を休ませる。彼はローブのポケットからアンプルを取り出し、頭を折って口に含み、飲み込む。本当は注射した方が効果が出るが、そんな暇は無い。これであと5分は持つだろう。 74

2014-05-08 21:06:26
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「まだ頑張るの? 楽になっちゃいなよ! それ、もう一撃!」 流石に腹のあたりの警戒が強くなり、不用意に近づいた虚像の一つが牙に噛み砕かれて消えてしまった。残りの虚像は一体。彼女は攻撃をかわしつつ尻尾の方に向かう。化け物も聖堂に巻き付けていた尻尾を解いて迎撃にうつる。 75

2014-05-08 21:10:25
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 リンサは残った最後の虚像で同時に攻撃を仕掛ける! だが、化け物の尻尾がぶるぶる震えると、鞭のようにしなって襲いかかってきた! 空気を切り裂く音が聞こえて、一瞬で最後の虚像が砕け散る。リンサが危険を察知したときはもう遅かった。凄まじい勢いで尻尾がしなった。76

2014-05-08 21:15:44
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「あーっ!」 リンサは腕を交差し、首を守る。一瞬後に、尻尾の衝撃が襲いかかった。首を跳ね飛ばされることは避けられたものの、両腕が金属の小手ごと無残にも折れて、彼女の身体は宙を舞った。外周の木の所まで吹き飛ばされて、幹にぶつかり、彼女は芝生の上に落ちる。 77

2014-05-08 21:25:04
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「リンサ!」 クルームは、彼女の元へ駆け寄った。数個の小石が集中の外に出て力を失い落下する。化け物はチャンスと見たのか、身体を絞って緑の体液を吐き零した。身体がかなり引き絞られて、ペラペラの布のようになる。クルームはそれに気付き、焦りを感じた。 78

2014-05-08 21:32:19
減衰世界 @decay_world

 体液を排出することはかなり体力を使うことなのだろう。化け物の瞳は濁り、移動速度もかなり遅い。しかし蛇腹の腹を伸ばして身体を伸ばし、果実を食べようとする。果実さえ食べれば身体は元通りなのだ。ペラペラの身体は、小石で押しとどめることができなかった。 79

2014-05-08 21:41:21