国語と算数における規則の違い

国語の規則はヒトが作るもの、 算数の規則はヒトが見つけたもの、 という違いがあるね、っていう呟きの備忘録。
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夢乃 @iamdreamers

国語における謎規則と、算数/数学における謎規則は、意味が違う。

2014-05-12 13:02:05
夢乃 @iamdreamers

謎規則というと、有名なところで、国語では「擬態語はひらがな、擬音語はカタカナ」、算数では「掛算の数式の順序は掛けられる数×掛ける数」なんてのがある。

2014-05-12 13:02:34
夢乃 @iamdreamers

この二つの謎規則がどう違うか。

2014-05-12 13:02:59

国語の場合

夢乃 @iamdreamers

国語の場合、その規則のすべてはヒトが決めたものである。だから、どんな謎規則であろうと、こう、と決められているならそれに従うしかない。

2014-05-12 13:03:22
夢乃 @iamdreamers

(「従うしかない」というのは言い過ぎだけど。従わなくても意味さえ正しく通じれば問題ない場面は多々あるし、ヒトが決めていることだから時とともに移り変わってゆくし)

2014-05-12 13:03:46

算数の場合

夢乃 @iamdreamers

対して算数・数学の場合、その規則はヒトが決めたものではなく自然界に元々存在しているものである。ヒトは、自然界に存在していた規則を「発見」しただけに過ぎない。算数・数学を含む自然科学とはそういうものである。

2014-05-12 13:04:10
夢乃 @iamdreamers

そして、自然界における掛算の規則に、順序を規定するものはない。順序を規定する行為はヒトの都合であり、すなわち算数ではなく国語の領分である。

2014-05-12 13:04:33
夢乃 @iamdreamers

もちろん、算数にもヒトが決めなければならない規則もある。例えば「すべての辺とすべての角が等しい四角形を正方形と呼ぶ」とか「円の直径と円周の長さの比を円周率と呼ぶ」など。

2014-05-12 13:05:01
夢乃 @iamdreamers

算数に割り当てられるこれらの規則は、呼称にすぎない。これがないと見つけた規則を他人に伝える手段すらなくなるから、この規則は必要である。

2014-05-12 13:05:26
夢乃 @iamdreamers

けれども、呼称以外の規則をヒトが決める必要はまったくない。ヒトは自然界から規則を見つけ出し、記録し、伝達し、さらに新しい規則を見つけ出す、それだけでよい。

2014-05-12 13:05:50
夢乃 @iamdreamers

自然界の規則に勝手にヒトの規則を入れることは、自然界の規則を正しく認識する機会を奪うことにすら、なる可能性もある。(具体例がないなぁ・・・もしかするとないかも。めっちゃ弱気(^^;)

2014-05-12 13:06:14

まとめ

夢乃 @iamdreamers

その意味で、擬態語・擬音語でひらがな・カタカナを使い分けるという規則は(個人的には無意味な規則だと思うけど)構わないが、掛算の数式の順序を定義するような規則には大反対である。

2014-05-12 13:06:48

 

夢乃 @iamdreamers

(・・・なんか、堅苦しい、というか大上段に構えたような口調になっちゃった。ま、いっか)

2014-05-12 13:07:22

コメント

ささた さひこ スイフトスポーツは気持ちいい車 @kuro_kuroyon 2014年5月13日
自分が小学生の時、かけ算の順番でよく間違えていたため、大変算数に対する不信感があった。中学に進み数学でかけ算の交換法を知ったとき、自分の考えは間違いでなかったことを知ると同時に算数への不信感はいっそうつのった。
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takehikom @takehikom 2014年5月18日
まとめ主さんの意図と異なるかもしれませんが、「掛算」と「勝手にヒトの規則を入れる」で思い浮かんだ情報を挙げておきます http://jica-ri.jica.go.jp/IFIC_and_JBICI-Studies/jica-ri/publication/archives/jica/kyakuin/pdf/200203_08.pdf
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takehikom @takehikom 2014年5月18日
38頁:そこで問題となるのは、例えばタイでは自然な語順が日本語式であるにもかかわらず、教科書は英語式の順番に従っている。単にかけ算の順序が逆になっただけで小さなことのようであるが、初めての学習者にとってはかなりの認知的な負担が強いられるだろう。この例に見られるように、認識的な差異を考慮に入れないでカリキュラム開発をするならば、教科書という基本的な教材の中に、基本的な問題を抱えこんでしまう可能性がある。
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takehikom @takehikom 2014年5月18日
なお、そんな問題があるというのなら、「どっちでもいい」にすればいいのでは、というのは算数教育において受け入れられそうにないことを付記しておきます。1960年代にSMSGという団体が提唱したものの、現代化(New Math)とともに、衰退しています
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takehikom @takehikom 2014年5月18日
ところで掛算は自然界に存在していたものというよりはヒトが決めたものに近いような。物品の数量の表記やレシート、高木貞治『新式算術講義』を見ながら思うのですが
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夢乃 @iamdreamers 2014年5月18日
takehikom 自然界に存在していた規則を体系付けたものの一つが掛算だと思います。見解は人により異なるとは思いますけれど。
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きっど@日々精一杯 @kid_dev 2014年6月6日
いや、だから数学じゃなくて算数だよ。べつにいいじゃん。指導要領などを読んで、私見も入る分かりやすい言い方で「算数=言葉と数字をつなげる国語の授業」「数学=数字の意味とその応用の授業」。
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きっど@日々精一杯 @kid_dev 2014年6月6日
なんか間違えてる人が多い気がするので書いておくけど、数≠算数≠数学ね。a=アルファベット=英会話=英文学となるが、アルファベット≠英会話≠英文学であるのと同じだと思います。
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きっど@日々精一杯 @kid_dev 2014年6月6日
iamdreamers 結論からいうと3つツッコミ。1.算数と数学が曖昧になっている。2.「算数ではなく国語の領分」ではなく「数学ではなく国語の領分」という議論のほうが、正しいのでは。3.「算数に割り当てられるこれらの規則は、呼称にすぎない。これがないと見つけた規則を他人に伝える手段すらなくなるから、この規則は必要である。」から、axb=cに対して「かけられる数」「かける数」「積」という名前が着いたではないですか。掛け算順序ルールの温床ですね。
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きっど@日々精一杯 @kid_dev 2014年6月6日
あのストーカーの自称先生黒豚さんが大嫌いなので、これにて失礼します。Resには時間があれば、受け付けます。複数行もコメ汚し、失礼しました。では
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夢乃 @iamdreamers 2014年6月6日
kid_dev まとめ本体を見ての通り、算数と数学を同一のモノとして扱ってます。 理由は、算数は数学の前身と考えているから。 なぜそう考えるかと言えば、子供が中学に進学したとき、その方が受け入れ易いから。 そう思うのは、私の想像、というか、当時を思い返してそう思うので。要するに、私の主観。
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夢乃 @iamdreamers 2014年6月6日
そして何より、算数と数学を別物として扱うことそのものが、国語の範疇なので。 それで、まとめでは同一視してます。
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夢乃 @iamdreamers 2014年6月6日
(・・・違うのは実感としてもわかるけど。私、数学は憶えているけど、算数は忘れてる(-_-; 算数の問題を出されても、数学の知識でしか解けない・・・ それが、算数と数学を同一のものとして扱う(扱いたい)最大の理由かも(>_<))
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きっど@日々精一杯 @kid_dev 2014年6月7日
iamdreamers 返信ありがとうございます。貴方の考え方を把握することができました。同一視するのであれば、その意見は正しいかと思います。私は、経験上、同一視することによる弊害が多く考え、思考を進めることができそうにありません。よって、失礼したいと思います。
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