古鷹青葉を見守る衣笠さんbot #24
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夜の帳が降り、一面真っ黒に染まった鎮守府近海を私たちは航行していた。艦隊陣形は単縦陣、之字運動はせずまっすぐ鎮守府に向かっている。必要最低限の警戒は怠らないけれど、艦隊を押し包む重苦しい雰囲気に、誰もが押し黙っていた。艦隊の序列は先頭から加古、青葉、叢雲、吹雪、私の順。
2014-05-23 23:18:18古鷹ねーさんはというと、大破して黒煙を吹き上げ続けているにもかかわらず、いまだに艦隊の殿を務めていた。殿を代わるからねーさんは艦隊の真ん中にいてといくら私が説得しても、「後方の警戒は私が一番慣れてるから」と譲ってくれなかった。私の身の内には、マグマのような怒りがたぎっていた。
2014-05-23 23:24:35それは、古鷹ねーさんへの怒りであり、加古への怒りであり、私自身への怒りだった。大破しているのに、砲は半分以上機能しない状態だったのに、火を噴く艤装が熱かっただろうに、それでも古鷹ねーさんは一歩も引かなかった。それどころか、その状態でもなお囮の役割を果たし続けた。
2014-05-23 23:30:22敵の艦載機と雷巡が追いすがってきた時は太陽が水平線の下に沈んだ直後で辺りは完全には暗くなっておらず、目視による追跡が可能だった。青葉が煙幕を展張したけれど、煙幕に入れたのは青葉以下加古と叢雲までで艦隊全体を覆い隠すには至らない。そこで、古鷹ねーさんはあえて艤装の火を消さずにいた。
2014-05-23 23:35:56薄暗くなってきた海の上で、敵艦や艦載機は煙幕に隠れて狙いにくい青葉たちではなく、光点となって目立つ古鷹ねーさんに殺到した。もうやめて、早く逃げてと私は声がかれるまで叫び続けた。艦載機にありったけの三式弾を撃ち、無尽蔵と思えるほどの数の魚雷を撃ってくる雷巡の雷撃を回避しながら。
2014-05-23 23:41:57それでも、古鷹ねーさんは振り返りもしなかった。それどころか急降下爆撃機の爆弾を回避しつつ、わずかに一基だけ残った主砲の狙い澄ました一撃で敵の雷巡を沈めた。そして、辺りが完全に暗くなったと同時に一瞬だけ海面を転がって海水をかぶり、火を噴く艤装を消火した。敵機の目標を消すために。
2014-05-23 23:50:27そして目標を失って敵機が右往左往しているうちに増速して艦隊に合流、私たちは見事に深海棲艦の制海域を脱した。こちらは小破1、中破1、大破1。敵艦隊は撃沈3。被害は敵艦隊の方が大きいけれど、コストをかけて私たちから仕掛けての結果だから、評価を付けるなら戦術的敗北Cというところだろう。
2014-05-23 23:57:16けれど、戦績なんて今の私にはどうでもいい。私の中で怒りが渦巻く。許せなかった。自分の被害など気にも留めずに「衣笠が三式弾で敵機を減らしてくれたから助かったよ。ありがとう」などと言う古鷹ねーさんが。何よりも、許せなかった。古鷹ねーさんにあんな危険な真似をさせた自分自身が。
2014-05-24 00:04:50確かに古鷹ねーさんの戦闘は凄かった。その言葉通り、敵の急降下爆撃も、雷撃もまるであらかじめ知っていたかのように回避していた。青葉がパニックになった時に敵艦に向かって突撃した時も、その回避と反撃は奇跡のようだった。必要なら、古鷹ねーさんはそれを何度でもやるだろう。
2014-05-24 00:13:10それは私にも、鎮守府の他の艦娘の誰にもできないことだから。けれど、それでは魚雷の障壁に穴を開けるために自ら突っ込んで沈んだ深海棲艦の軽巡といつか同じことになるだろう。ここまでの献身を、自己犠牲を、古鷹ねーさんに許してしまう自分の無力さがこれほどまでに呪わしかったことはない。
2014-05-24 00:18:55そして腹立たしいと言えば加古もだ。古鷹ねーさんのただ一隻の姉妹艦だというのに古鷹ねーさんが艦隊に合流した時も何も言わなかった。土気色の顔をして今にも倒れそうだった青葉から旗艦を引き継ぎ青葉の手を引きつつ無言で艦隊の先頭を走っている。加古、あんた心配じゃないの、何か言う事はないの。
2014-05-24 00:25:43今だって、加古は青葉に代わって旗艦を務めているというのに、艦隊の殿から動こうとしない古鷹ねーさんに何も言わない。加古を怒鳴りあげて喚き散らしたいけれど、今の青葉の目の前でそんな真似は出来ない。けれど、加古への、古鷹ねーさんへの、そして自分への怒りで私は頭がおかしくなりそうだった。
2014-05-24 00:32:00そんな私の気持ちを知ってか知らずか、頻繁に背後から古鷹ねーさんの視線を感じる。おそらく青葉を気にしているのだろうけれど、さいわい話かけに行くつもりはないようだった。今の青葉に古鷹ねーさんが話しかけなどしたら、余計に追い詰めることになる。それは古鷹ねーさんもわかっているようだった。
2014-05-24 00:38:43それがわかっていて、どうして。また私の中で怒りが、悲しみが、やるせなさが噴き上げる。帰路、ずっとそんな思いにとらわれていたためだろう。気が付いたときには、私たちはもう鎮守府の目の前に戻ってきていた。減速して母港に入る準備をする。何やら華やいだ雰囲気がこの距離でも伝わってきた。
2014-05-24 00:45:52埠頭にたどり着き、壁面に設けられた階段を一人ずつ登る。海面から上がると、途端に艤装が重く感じられた。全身を鉛のような疲労感が襲う。 「よく戻ってきてくれたわ。お帰りなさい」 感情のこもらない声に顔を上げると、そこには雷ちゃんと第六駆逐隊の面々が固い顔をして待っていた。
2014-05-24 00:51:36青葉の顔を確かめ、まだ受け答えできる状態じゃないと判断した加古が雷ちゃんに向き直り、敬礼する。 「作戦が終了したことを報告します。旗艦加古以下六隻、帰投しました。損害は小破1、中破1、大破1です」 「了解しました。本当にご苦労様。大破した古鷹はすぐドックに行って」
2014-05-24 00:58:15古鷹ねーさんが応える。予想通りの答えで。 「あの、加古と叢雲を先に――」 「これは命令よ!明石!」 「はい!古鷹さん、大人しくしててくださいね?」 有無を言わせぬ口調で雷ちゃんが命じる。背後に控えていた明石がクレーンを操作し、古鷹ねーさんを釣り上げ、そのままドックに連行する。
2014-05-24 01:05:20私は明石がいてくれてよかった、と心底安堵した。ああでもしなければ、古鷹ねーさんは本当に叢雲と加古の後でなければドック入りしようとしなかっただろう。「私は?」と尋ねる叢雲に、明石の修理を受けるよう雷ちゃんが指示している。 「加古は悪いけど、青葉と衣笠と一緒に執務室へ来てくれる?」
2014-05-24 01:10:11ずっと無言で俯いていた青葉の肩がびくりと跳ねる。雷ちゃんの用件は作戦に失敗した叱責か。私たちはともかく、今の青葉にはそんなの耐えられそうもない。叱られるにしても時間が欲しい。そう思って口を開こうとすると、私より先に加古が言った。 「あたし中破してんだけど?後にしてくんないかなー」
2014-05-24 01:17:26加古のさっきまでとは打って変わった眠たげでいかにも億劫そうな口調に私は面食らった。そんな口をきいたら雷ちゃんに余計に怒られると内心焦る。けれど、雷ちゃんはそれまでと全く変わらぬ口調で言った。 「それはわかってるわ。しばらく執務室で休みなさい。その方が気が楽だろうから」
2014-05-24 01:22:54雷ちゃんの言葉の意味がつかめないでいると、電ちゃんが私の手を取った。 「今は寮の方は行かない方がいいと思うのです」 眠そうな加古の腕を暁ちゃんが引っ張り、青葉の背中に響ちゃんが手を添える。吹雪は叢雲とともに明石の元へ行ったので、私たちも乞われるままに執務室へ向かう。
2014-05-24 01:32:39空母寮の前を通った時、窓越しに艦娘たちから口々に称賛の言葉を浴びせられる祥鳳さんの姿が見えた。それで雷ちゃんたちが私たちを執務室に連れて行こうとする理由が分かった。珊瑚諸島沖に出撃していた祥鳳さんたちの艦隊が首尾よく敵機動部隊本隊を仕留めたお祝いで、今晩は夜通し宴会なのだろう。
2014-05-24 01:41:49重巡寮に戻れば、否応なしに賑やかな宴会の音が聞こえてくるだろう。普段なら私たちだってその祝福の輪に加わるところだけれど、今はさすがにそんな気持ちにはなれない。どうしても引け目を感じてしまうし、今の青葉にも酷だろう。執務室へ向かう道すがら、私はひそかに雷ちゃんの心遣いに感謝した。
2014-05-24 01:47:03執務室に着くと、鳳翔さんがお茶を淹れて待っていてくれた。ソファに腰を下ろしてお茶を啜ると、疲れ切った身体の凝りがほぐれていくのを感じた。私と反対側のソファに寝転がった加古は即座に寝息を立てはじめた。30分くらいしたら戻るから、と言い残して雷ちゃんたちが出ていく。
2014-05-24 01:52:47