裁判と書体選び、文字の文化史

大飯原発再稼働差し止め判決の伝令「びろーん」がポップ体であったことに端を発する、博物学たん @museology_tan による裁判と書体選び、文字の文化史のまとめ。
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ミュゼたん @museology_tan
大飯原発再稼働の判決がポップ体であることに対し違和感を覚えた人が多いようです。 それではどれが似つかわしいと思いますか? 5/23の夜、裁判と書体選び、そこから文字の文化史をかいつまんで連ツイします。 pic.twitter.com/bDecU0Ukcf
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ミュゼたん @museology_tan
「隷書(れいしょ)はやはり政治の場によく映える。」 書家の石川九楊先生のお言葉です。 こんばんは、先日満1歳になったミュゼたんです。 今日はミュゼオロジーと全然関係ないんだけど、文字の文化史についてかいつまんで連ツイします。
ミュゼたん @museology_tan
文字の文化史を話すきっかけになったのは、21日の大飯原発再稼働の判決の伝令が、なぜかポップ体で出力されていた事です。違和感を覚えた人が多く、ずいぶんとTLに画像が出まわっていましたね。 togetter.com/li/670161?page…
ミュゼたん @museology_tan
昨晩から、「差し止め認める」と様々な書体で書いた画像を何度かツイートしてます。みなさまご覧になって、どの文字がいいと思いましたか?それぞれの書体は、この画像の通りです。 pic.twitter.com/qTaAwDE7Uo
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としぞを @toshizowo
@museology_tan その中にはありませんが、極太ゴシックか極太明朝が良いと思います。
ミュゼたん @museology_tan
石川先生のお言葉によると、判決の伝令には隷書、つまり一番右がふさわしいとのことですが、私は正しい答えはないのかな、と考えてます。判決の垂れ幕画像を検索してみましたが、明朝体やゴシック体で印刷のものや、毛筆で楷書のものなどがありました。隷書と言い切れるものは見つからなかったです。
ミュゼたん @museology_tan
参考文献には、松本事件再審判決の際の伝令の写真が載っていました。これは隷書と楷書の混合体だそうです。同じ頃に判決の出た財田川事件の書風もほとんど同じだったとのこと。 pic.twitter.com/bo8A2EOGYm
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ミュゼたん @museology_tan
そもそも隷書なんて、生活の中で使われることが少ないですもんね。ということで、まぁ今の時代には、とりあえず毛筆で手書きか、明朝体で出力でいいのかな、なんて私は考えてます。
ミュゼたん @museology_tan
でも、「隷書が政治の場に映える」なんて言われると、隷書がふさわしく見えてきちゃうでしょう?そこで、なぜ隷書なのか、必要な部分だけかいつまんで文字の文化史をお話しします。まずは篆書(てんしょ)、秦の始皇帝のエピソードから。
ミュゼたん @museology_tan
始皇帝が大陸統一のための政策として、焚書抗儒や度量衡や通貨の統一を行いましたが、そのうちの一つに文字の統一がありました。理由は、各地方で書体の差が大きくなってしまったのを整理することと、文字を権力者(為政者、または神)の専有物に戻すことであったと言われています。
ミュゼたん @museology_tan
秦より前の時代、殷などでは、文字は権力の象徴でした。甲骨文字や金石文も、ある程度の地位がないと使うことができなかったのです。しかし、時が流れるにつれ、役人など国の権力者以外の者も文字を使うようになります。
ミュゼたん @museology_tan
儒家に至っては自分の主張を弟子に伝達する道具として使いこなしている。始皇帝はそのことが気にいらず、文字をまた権力者の専有物に戻そうとしたのではないでしょうか。秦のころに使われていたのは篆書です。足が長くて装飾的な曲線が多く、美しいのが特徴です。
ミュゼたん @museology_tan
明確な違いを説明するのは難しいのですが、おおまかにいうと始皇帝が統一する前の書体を大篆、始皇帝が丞相李斯に命じて新しく制定させたものを小篆と言います。小篆は筆画の太さが一定で流麗な曲線で書かれています。この造形は、「紙と筆が発明される前」だからできた美意識、と言えるでしょうね。
Νᴀʀɪᴛᴀ Κᴇɴᴛᴀʀō @10ti3pin
@museology_tan 戦国時代(始皇帝以前)の筆が発見されていますけどね。
ミュゼたん @museology_tan
.@10ti3pin ご指摘ありがとうございます。ごめんなさい、今日は細かいところは端折って、大まかな流れのみを説明しております。書やデザインの専門の研究家ではないので、すべて独学ですので、間違いなどあるかもしれません。教えていただき、とてもありがたく思います。
ミュゼたん @museology_tan
しかし、文字を奪われてしまった下級の人たちがそれでは困ってしまいますので、権力者の使う書体と、下級の者が使う書体を分けることで、格差をつけることにしました。そこで、下級の人たちが使うことを許可されたのが、隷書です。
ミュゼたん @museology_tan
隷書の特徴は、大きな波磔(はたく)、つまり右下の末筆のはらいの部分に大きなひねりを入れていることです。なんだがお偉いさんの口ひげのようにも見えますね。敦煌で出てきた木簡の練習のものには、この右払いの一画の練習がたくさんされていたようです。
ミュゼたん @museology_tan
波磔ばっかり練習してます。お習字を習ったことがある人なら、なんとなく自身にもこういう経験があるのではないでしょうか? pic.twitter.com/4urcMImRVb
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ミュゼたん @museology_tan
下級役人が利用を許可された隷書ですが、「為政者―役人」の関係で見ると隷臣、つまり奴隷の文字、のような見下された印象になりますが、「役人―文字を使わない一般市民」の関係にすると、隷書でも十分権力のシンボルになりえるといえます。隷書の大きな波磔は、役人の権力の表象だった、とか。
ミュゼたん @museology_tan
ここらで参考文献の引用を入れましょうか。
ミュゼたん @museology_tan
「隷書という書体は、そもそも役人用に作った文字である。文字は、それまで王が神を祀るのに使うだけで、人と人との間のコミュニケイションに使うものではなかった。(略)漢になると、皇帝の宗教的色彩は格段に薄れても、行政の道具としての文字はそのままに伝わった。」藤枝晃『文字の文化史』
ミュゼたん @museology_tan
まだ神との繋がりの意味を内包していた篆書に対し、為政のために使われていた隷書、これが「隷書は政治の場に映える」所以ではないでしょうか。
ミュゼたん @museology_tan
ふふふ、調べると分かるけど、現代にはほとんどそういう隷書体のオーラは伝わってないよね。隷書って、ちょっとおどろおどろしくて癖があるから、あまり積極的に日常利用しにくいイメージですが、書体の性格としてはとても個性があって面白いでしょう?!
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