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ひだりん先生と中西先生の集団によるパフォーマンス

「真実は,支持されて勝つ」
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ひだりん @hidarin911

集団成員の誰がどのような資源や専門性を有しているかについての知識を「対人交流的記憶」といいます。集団による効果的なパフォーマンスのためには,対人交流的記憶を形成・発展させて,集団成員の誰がその課題に対する知識や技能などの専門性を高く有しているかを正しく「見抜く」必要があるのです。

2014-05-24 08:55:32
ひだりん @hidarin911

ただし,この対人交流的記憶が形成されるためには,集団成員のあいだに一定の相互作用が必要だし,自分たちのパフォーマンスの妥当性を環境からのフィードバックにより確かめることも必要となります。つまり正確な対人交流的記憶の形成のためには,比較的長時間の相互作用が求められることになります。

2014-05-24 09:01:16
ひだりん @hidarin911

課題解決のための時間的余裕がある時は時間をかけ正確な対人交流的記憶を形成していけばいいのですが,状況が切迫していて短時間での判断や行動が求められる時には集団は時間をかけて対人交流的記憶を形成していくことが出来ません。そこで集団成員の誰が専門性が高いかを推測していくことになります。

2014-05-24 09:07:12
ひだりん @hidarin911

この時の専門性を推測するための手がかりとなるのが,声の大きいかどうか,積極的に発言しているかどうか,そして比較的極端な意見を主張しているかどうかといったことなのです。声高に積極的に発言している成員は,自信があり,その課題に対する専門性が高いだろうと推測されてしまうことになります。

2014-05-24 09:10:58
ひだりん @hidarin911

また,比較的極端な意見を主張している成員に対しても,そのような極端な主張の背景には,(自分たちは知らないけれども)一定の根拠があるのだろうと推測してしまうことになります。したがって,集団は声高で発言量が多く,比較的極端な意見の成員の判断や主張を採用してしまうことが多くあるのです。

2014-05-24 09:14:33
ひだりん @hidarin911

ただし,客観的は正解があるけど,その正解が自明ではない課題を用いた多くの実験の結果は,発言量の多い人が必ずしも客観的な専門性が高いとは限らないこと,そして客観的な専門性が高いとは限らないにもかかわらず,集団は発言量の多い人の判断を集団の判断とすることが多いことが示されているのです

2014-05-24 09:21:17
ひだりん @hidarin911

それから,成員は自分の意見や判断と類似した判断を示す成員を専門性が高く,正しい判断をしているとみなす傾向があるようです。社会心理学では初期にリスキーな判断をしている成員が多い集団では,集団討議後の最終的な集団の判断が,よりリスキーな方向にシフトすることが多いことが示されています。

2014-05-24 09:28:50
ひだりん @hidarin911

逆に,初期の段階でより慎重な判断をしている成員が多い集団では,集団討議後の最終的な集団の判断は,より極端に慎重な方向にシフトすることが多いのです。

2014-05-24 09:33:20
ひだりん @hidarin911

今回の騒動でも,誰が言っていることが正しいのか,つまり,「誰が専門性が高いのか」という点が大きな焦点となってしました。積極的に声高に主張する人,極端な意見を示す人がたくさんいますので惑わされてしまうでしょうし,人はどうしても自分の意見と類似した意見を採用しようとしてしまいますよね

2014-05-24 09:39:39
中西大輔 @daihiko

この集団極化現象は実験をすると結構頑健に出る。

2014-05-24 09:51:15
中西大輔 @daihiko

集団が多数決的に決定をすれば、初期の意見分布で多数派だった意見が採択される (トートロジーだけど)。

2014-05-24 09:53:00
中西大輔 @daihiko

逆にもともと少数派だったり、誰も考えていない意見は集団で話し合っても出てくることはほとんどない。その意味で集団意思決定で何かが「創発する」ことは極めて稀。

2014-05-24 09:54:42
ひだりん @hidarin911

@daihiko先生が補足してくださっているので,助かります。

2014-05-24 09:54:55
中西大輔 @daihiko

しかも、話し合いの時間を長くかければかけるほど少数派の意見は無視されやすくなり、初期多数派の影響力が増す。

2014-05-24 09:55:12
中西大輔 @daihiko

集団内で何らかの「ルール」が共有されていれば、そのルールに従った決定が行われやすい。例えばパズルの場合は正解者が少数派であっても、パズルの解き方に関するルールが共有されているため、その意見が採用されやすくなる。誰かが正解を示した場合に「それだ!」となりやすい。

2014-05-24 09:57:09
中西大輔 @daihiko

でも、それは当初からルールが共有されていたというだけの話で、何かが「創発」したわけではない。

2014-05-24 09:57:47
ひだりん @hidarin911

客観的に正解はあるけれども,それが自明ではない場合,集団内に正解している成員がひとりだけ存在していても,集団はその正解を集団の解として採用することはほとんどありません。つまり必ず「真実が勝つ」とは限らないのです。

2014-05-24 09:57:59
ひだりん @hidarin911

集団内に正解している成員がふたり以上いる場合,集団はその正解を集団の解として採択する可能性が高まることが示されています。つまり,「真実は,支持されて勝つ(truth - supported - win)」ことができるのです。

2014-05-24 10:00:22
ひだりん @hidarin911

このように集団によるパフォーマンスは,基本的には集団成員の個人的な専門性の高さとその布置によって規定されていると考えることができます。専門性の低い成員だけからなる集団では,その集団が優れたパフォーマンスを発揮することは非常に難しいのです。

2014-05-24 10:03:05
ひだりん @hidarin911

特に,全成員の初期判断が一致しているとき,集団はその判断を(正誤にかかわらず)集団の最終的な判断として吟味することなく無条件に採用してしまう傾向にあります。集団による精緻で丁寧な吟味や情報処理がなされるためには,成員の初期判断のあいだにに不一致がみられることが必要になるのです。

2014-05-24 11:51:21
ひだりん @hidarin911

この意味で,異質な判断を示す他者の存在は面倒ですが,貴重になります。異質な判断の根拠や理由を聞いて,自らの判断の根拠との比較検討をするなかで,集団はより正しい判断をする可能性を高めることができるようになります。だから精緻な吟味をしないで,多数決を採用するのはもったいないことです。

2014-05-24 11:57:42

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