【例の提督が鎮守府に着任しました】#2

例のアレ。主役が喋らない病。
2
里村邦彦 @SaTMRa

提督について、艦隊所属の艦娘によるコメント。

2014-05-30 21:02:31
里村邦彦 @SaTMRa

悪い人ではないですよ。仕事はしてくれているようですし、できれば千代田と一緒に戦いたいですけど、贅沢は言えないわ。あと、かなりいけるクチですし。見た目が個性的というか、ちょっと蛸っぽいですね。海産物だから仕方ないんでしょうけど。ああ、昼はたこわさとかいいかも。ねえ、あなたお酒好き?

2014-05-30 21:07:17
里村邦彦 @SaTMRa

見たままだと思うけど。ぼくの意見?そうだね。よく海を見てる、かな。それくらいさ。漣に聞いたほうがいいんじゃないかい?ああ。そういうことはないね。確かにいかがわしい映画のモンスターみたいな見た目だけど。他の艦隊よりは安全じゃないかな。考えてもご覧よ、ぼくらが提督を男前だと思うかい?

2014-05-30 21:11:07
里村邦彦 @SaTMRa

いや、ボクが来たのって大井よりあとじゃない?なにを話せっていうのさ。え、提督の印象?うーん。きもちわるい。けど三日で慣れたよ。え、直接言ったかって、うん、そりゃうっかり。構わないがよろしく頼むって言われたなあ。うん、夜中にいきなり会ったら、うっかり撃っちゃうかもしれない。

2014-05-30 21:16:51
里村邦彦 @SaTMRa

ん? 提督のことか。よくわからん。が、まあ、アリだな。なんだ、不安か? 顔にそう書いてある。俺たちが、もう少し姉妹らしかったら、少しはわかったのかもしれないな。何回か出撃したが、あいつの指揮はそう悪くない。少なくともヘボな手と余計な口出しはしない相手だよ。それだけじゃあ、不足か?

2014-05-30 21:24:04
里村邦彦 @SaTMRa

大井はそして、ため息を付いた。ボートハウスの一室。いかにも日曜大工で自作したと言わんばかりのベッドに畳敷きの寝台は、早々に腐りそうで海上には向かないとは思うが、この艦隊における標準になっている。あの化け物、提督。存外に悪い評判はない。頭痛がするのは、慣れない酒が残っているせいか。

2014-05-30 21:26:55
里村邦彦 @SaTMRa

半ば現実逃避に近かった。そもそも配属の辞令は正式なものであり、艦娘が軍令部に逆らうことなど不可能であった。逆らったところでどこへ行こうというのか。許可なければ除籍はできず、除籍処置なしで適切なメインテナンスも受けられずに野良となった日には、それこそ海の藻屑になるほかに道はない。

2014-05-30 21:28:40
里村邦彦 @SaTMRa

大井は寝台に座ったまま、上体を伸ばし、窓を押し上げる。北向きの窓のむこう、暮れかけた春島に、いくつもの明かりが灯っていた。海軍施設と、軍目当てのさまざまな店や、住み着いた現地民や移民やその他さまざまなものの明かりが。前線とはいえ、燈火管制が始まっていないからこその、平穏な光景だ。

2014-05-30 21:33:02
里村邦彦 @SaTMRa

あすはいよいよ初陣となる。近隣海域の哨戒任務とはいえども、トラック環礁から出てやや、マイクロネシア方面は未だ、密な敵艦隊が行き来する海域だ。戦闘があるのは確実だと思われた。だから無駄ではない。大井はそう言い聞かせる。僚艦と交流しておくのは無駄ではない。実際的な行為なのだ。

2014-05-30 21:35:29
里村邦彦 @SaTMRa

ノックの音に、大井はびくりと背筋を跳ねさせた。「大井さん、大井さん、おらっしゃいますかー」「日本語が乱れてるわよ」「漣よくわからないですけど、大井さんいますか」「ダレと話してるの」「大井さんです」眉根を寄せた。扉を開く。「何の用ですか」「いっしょに、お風呂いただきにいきませんか」

2014-05-30 21:37:20
里村邦彦 @SaTMRa

春島の『南国寮』といえばトラック泊地に知らぬものはない。他の場所でははともかくも、城下町めいた非軍事施設的建造物群を従える地上三階、地下二階からなる巨大施設であり、その機能は本土でいうところの健康ランド、もしくはスーパー銭湯だ。艦娘であれば格安で利用でき、何より中央船渠を兼ねる。

2014-05-31 20:50:30
里村邦彦 @SaTMRa

呆れるほど巨大な脱衣所で濡れ髪を始末し終え、大井は息をついた。周囲にチラチラと目をやる。見られている。あちらの均整とれた長身は戦艦の、しなやかな長身は正規空母だろうか。手の届かない相手だ。提督曰く来るわけがない相手。大井は手を伸ばし、扇風機を抱えて継続発声する漣の襟首を掴んだ。

2014-05-31 21:00:25
里村邦彦 @SaTMRa

「あ、あーって、うわ、何するんですか大井さん」「恥ずかしくないのあなた」「別に気になりませんけど」大井は眉根を寄せる。「気が済んだなら行きましょう」「どこに?」「帰るわ」漣が大井の手をすりぬけた。「あ、大井さん、漣、飲み物買ってきます。フルーツ牛乳でいいですか」「……聞いてない」

2014-05-31 21:03:10
里村邦彦 @SaTMRa

冷たいフルーツ牛乳はやはり美味しかった。火照った身体にしみるような心地が良い。番台を抜ければ夜の街だ。暖かな色の暖簾や赤提灯、緑提灯、ネオンサインや看板と、分厚い人混み。うんざりする。せっかく汗を流したというのに。「大井さん、こっちですこっち!」視線を振ると漣が手招きをしていた。

2014-05-31 21:06:53
里村邦彦 @SaTMRa

路地裏にも建物が立ち並び、抑え気味の明かりが漏れていた。抑え気味というよりもとの光量が小さい。バラックか屋台か区別に困る建物が、ろくに舗装されてない斜面に、迷路のように立ち並んでいる。「こっちです、こっちこっち」「ちょっと待ちなさい。あなたどこへ行く気なのよ」「ご飯ですよ、ご飯」

2014-05-31 21:09:57
里村邦彦 @SaTMRa

「いらっしゃいませー!」どこかで見たような娘に奥へ案内され、しかし案内の必要はあるのかと大井は訝しんだ。トタンとビニルでできた屋台だ。濃厚な大蒜や、あぶらの匂いが漂っている。「ねえ漣さん。お風呂に入る前に連れてくるとか、そういう案はなかったのかしら」「それだと早すぎるんですよ」

2014-05-31 21:13:01
里村邦彦 @SaTMRa

「早すぎる?」何のこと、とさらに問うより早く答えがしれた。案内された席に先客の姿がある。「あら、いらっしゃい」茶の大瓶が既に2本あり、おそらく空になっている。「ビールでいい?」「結構です。日本酒党だと思っていましたけど」「美味しければいいのよ。私、中華は青島ビール派なの」千歳だ。

2014-05-31 21:16:36
里村邦彦 @SaTMRa

「あ、漣もビールで。女将さーん、青島ビールとグラスふたつください!」「はいはーい。焦んないで、すぐ出るよ!」振り向いた顔に大井は見覚えがあった。見覚えのある顔の作りだった。ようやく行き当たる。艦娘だ。もと艦娘か。退役した艦娘がやっている店。意味を考えようとして、やめた。「それで」

2014-05-31 21:19:40
里村邦彦 @SaTMRa

「はいはい。何かしら。……女将さん、ビールもう一本追加!」「だから、話を聞いてるんですかあなた。千歳さん」漣といい、あの艦隊はこんな艦娘ばかりか。だいたい飲み過ぎではないのか。「もちろん。こう見えてお姉さんですからね」「軍歴だと漣のが長いですけどね。褒めろー褒めろー」「はいはい」

2014-05-31 21:21:44
里村邦彦 @SaTMRa

大井は眉間を揉んだ。やけに明るい給仕の元艦娘が置いていったグラスに手酌で一杯注ぎ、一気に飲み干す。「それで。私をココへ連れてきた理由は何ですか」「あら、けっこう行けるクチ? 簡単よ。スキンシップ。裸の付き合いも考えたけど、複数人で誘ったら断ったでしょうあなた」「そんなことは……」

2014-05-31 21:24:15
里村邦彦 @SaTMRa

あるだろう。おそらくそうなれば、水しか出ないシャワーを使って済まそうとしたに違いない。「まあいいです。それでスキンシップですか。飲ミュニケートとか、本土でやったら引っ張られますよ」「別に大井さんは飲まなくていいのよ。私が飲みたいだけだから」千歳は空芯菜炒めのあとにビールを呷る。

2014-05-31 21:26:36
里村邦彦 @SaTMRa

「もう少しまじめに言うと、気になったからね。私と漣ちゃんはいちおう先任という形になるし」千歳はビールを注いだ。飲み干した。もう一杯を注いだ。「提督の評判を聞きまわってた、と聞いてるけど。私以外のところにもいったの?」「……ええ」嘘の必要はない。「そう。ああ、蒸餃子と揚雲呑追加で」

2014-05-31 21:30:26
里村邦彦 @SaTMRa

「ほんとに聞いてますか」「千歳さんこれが普通だから大丈夫ですよ。提督といるときもこんな感じですからー」「さすがに仕事中は飲んでないわ」「待機任務は……」「そこは艦娘の権利。いざとなれば高速分解剤でも使うしね」これは無駄だ、と大井は悟った。この混沌とした街そのもののような相手だ。

2014-05-31 21:33:18
里村邦彦 @SaTMRa

ビールを注ぐ。エビチリをつまんで一口飲む。甘口でやけに飲みやすい。「別に、提督をどうこうしようというわけではありません。辞令は正式なものでしたし……」「執務室を酸素魚雷で吹き飛ばしておいて?」「……それはその」ビールを呷った。すかさず漣が酌をする。睨む。笑われる。「カッとなって」

2014-05-31 21:36:29
里村邦彦 @SaTMRa

「自分でどう思っているかはともかく」千歳は揚げたての雲呑をひと口で食べたあと、冷たいビールを流し込んだ。「そういうところは安心ね。ここでやっていく素質はあるわ」「喜べません」「正直ねえ」「……艦娘相手に媚を売ってもしようがないので」「提督にもですかあ?」大井は漣を睨んだ。「ええ」

2014-05-31 21:39:25