明治30年のフカヒレ製造記録

2010年に購入した史料の簡単な紹介。全文の翻刻は現在準備中で、できあがり次第いずれかの媒体で公開します。
人文 明治時代 フカヒレ 東北史 漁業 歴史 食文化史
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明治30年の水産実習日誌
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
2010年に購入していながら、震災後に自分の研究室の中で行方不明になっていた史料一冊をようやく先日再発掘し、精読をし始めたところ。内容は、明治30年に実施された水産実習の報告書で、石巻市渡波を中心としたもの。  pic.twitter.com/xhLHh6G89l
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
この報告書・実習日誌をまとめたのは「今井次郎」という人物。現在の東京海洋大学の前身、水産講習所(この名称になったのはまさに明治30年)の実習生だったらしい。多分、彼の著書に『実験応用 最新缶詰製造全書 』(明治44年)がある。 dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid…
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
実習日誌の末尾に書かれた今井の署名。  pic.twitter.com/FT7TYDJ0gY
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
今井は明治30年6月末~7月に渡波に滞在して次の実習を。「ウバザメ、モウカザメのフカヒレ製造」「鮫の肝油抽出」「干し鮑製造」「鯛のでんぶ製造」「製塩」「鯛とハモの蒲焼き缶詰製造」「海藻からのヨード灰作製」。他にも小田原での蒲鉾・イカの塩辛製造、マンボウの軟骨処理の記録を付す。
フカヒレの製造
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
フカヒレの部位と切り方のスケッチもある。サメを捕獲した場所は、網地島の中の「ふたわたし」とあるので、「長渡」浜の付近だったと思われる。  pic.twitter.com/aR6Upe24ea
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
このフカヒレ作製には、ヒレの切断→肉・軟骨除去、洗浄 → 乾燥 まで約半月をかけており、現在の工程とほぼ同じ流れを取っていた模様。 現在のフカヒレ製造工程についてはこちらを参照させて頂いた → 80c.jp/food/20120814-…
製塩・干し鮑 その他
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
このフカヒレ製造の合間に、今井をはじめとする実習生は牡鹿郡大原の鮑を使った干し鮑を作製したり、生糞島(現在の生草島)まで行って海藻を採取してヨード灰を作ったりしている。 pic.twitter.com/jX8ZsBoUhS
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
さらに、今井は渡波の塩田で製塩実習もしている。7月23日「色川氏外五名ノ共有セル釜屋ニ至リ鹹水煎熬ヲ実習ス」とある。『石巻市史』産業・交通編によると、渡波の製塩業者として「色川善作」の名が見られるので、彼の所で実習をしたのだろう。石巻の製塩の現場が記録された貴重な例であろう。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
今ではフカヒレというと気仙沼が有名だが、当時は渡波にも熟練の職人さんがいたようで、実習生たちが不器用に刃物を扱っていた様子もこの日誌から伺える。牡鹿半島の大原は今でも鮑を作っているので、ここは昔から変わっていないようである。渡波の塩田は、今は完全に無くなっている。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
この2月に撮ってきた渡波の塩田跡(万石浦の中州としてあった)は、こんな感じ  pic.twitter.com/MqdQkumnCJ
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日誌の位置付け
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
この実習日誌は、今から110年ほど前の牡鹿半島沿岸の水産加工業の様子を伝えてくれる物で貴重。しかも、東京海洋大学の史料としても貴重。関東大震災で当時の校舎が全焼して何も残っておらず、どうやらこの記録は2番目に古い物となりそう。→ lib.s.kaiyodai.ac.jp/library/daigak…
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
やはり今井という人物が気になるが、『実験応用 最新缶詰製造全書 』の共著者である伊谷以知二郎の方は缶詰業界、東京海洋大の歴史でも有名。大学図書館が彼の展示もしているし、何と言っても、鈴木善幸元首相が若い頃に、この伊谷の秘書を務めていた lib.s.kaiyodai.ac.jp/library/tenji/…
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
こんな史料を見たついでもあり、日本の缶詰の歴史も(ネット上だけだが)追いかけてみた。明治30年は日清戦争直後で、その約10年後の日露戦争で缶詰は従軍食として普及し、その後は輸出産業として展開。伊谷・今井の缶詰の著書はそんな時代の産物 seikan-kyoukai.jp/progress/01.ht…
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
明治30年というと、その前年には明治の三陸大津波が襲っている。この実習日誌を見る限り、実習材料を捕獲した漁場は牡鹿半島の南岸なので、ほとんど津波の被害を受けなかった地域だったと予想される。それにしても、すごい時期に被災地に近い現場で実習をしていたのだなあ。。。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato
それにしても、2010年に購入した史料の現場であった渡波に、震災以後こんなにも頻繁に行くようになろうとは夢にも思わなかった。今でこそ、この日誌に出てくる地名がすらすらと追いかけられるが、このような機会がなければ、とても解読はできなかったに違いない。

コメント

AKa @A_Ka81 2014年6月1日
鯛と鱧の蒲焼き缶詰が気になる。秋刀魚の様に、地元料理の缶詰化なのか、あるいは単なる味付けのために蒲焼きを採用したのか。
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato 2014年6月1日
A_Ka81 鯛と鱧の調理法ですが、鯛の方はボイルした物を缶詰にし、鱧の方は現在と同じように蒲焼きにしたものをタレと共に封缶して作ったようです。
AKa @A_Ka81 2014年6月2日
@ke_1sato すいません、鯛も蒲焼きにしたと勘違いしましたwそれはともかく、鯛の方はいわゆる水煮なんですね。汁ごといただいてみたい。そして鱧は「湯引き」などと違って骨切りの手間がいらないだろうから、缶詰向きなのかもしれません。
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