@Gertie1氏による「宮沢賢治風ブラヴィッシーモ!」
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とおいとおいある日のこと。火の精はいらだっておりました。どうして水の精はぼくを恐れず、毎日歌など歌うのか。ぼくは天上の星の神様におわします頂にのぼりし火の柱、ぼくにひれ伏さぬものなど誰もおらぬ。今日も海のさざなみがうねうねと脈をうち、水柱がのぼります。ああいまいましい歌声だ。
2010-11-10 02:38:46古よりのならいごとで、水の精は今日も歌わねばなりませんでした。来る日も来る日もかえずがえす、ただ、おうおうと鳴き声のように波音をたてることが、天のお父様との約束だったのでした。その青く透明なきらきらする声だけが、まっくらな海を月光の女神のきぬずれのように響きかせるばかりでした。
2010-11-10 02:51:45火の精は急に不思議な心持になりました。どうしても水の精に会ってみたい。大きく息を吸い込んで大地をぶるぶるとふるわると、稲光が走りました。水の精は恐ろしさで声がでません。火の子供たちが海におどりでて、海の底で、ひとつになり太陽のしるしを描きました。すると火の鳥があらわれたのです。
2010-11-10 02:52:43その哀しい火の鳥の目をみたとき、もう水の精はこわくなどありませんでした。なぜならいつか水面に映る自分と同じ目をしていたからです。深く息をすうとまた水の精はゆっくり歌いだしました。火の精はかって美しいすべての火をおもいだしました。黄金の夜明け、鉄鉱石の火花、人の家族を暖める焚火。
2010-11-10 02:57:18どうしようもない気持ちにあふれて火の精は水の精を抱きしめたいと思いました。炎を吹きあげ身を寄せようとした時、いままでにない厳しい調子で水の精は叫びました。「近寄ってはなりません。私にふれればあなたは消える」水の精だって、火の精とおなじ心持だったのです。
2010-11-10 03:28:04ほんとうの恋のためならぼくはこの身を失ってもかまわない。闇のかなたに消えてもかまわない。あなたと共にあるなら、ぼくはどんなものにもなろう。はじめて火は水の歌を歌いました。けれど歌いながら業火が水を霧に変えてしまう恐ろしさに身をこわばらせました。水の精はすっかりわかっていました。
2010-11-10 03:29:16天まで響くおそろしい音が打ち鳴らされ、火と水はおたがいをこころのそこから求め合い、そしてもう寂しくなくなりました。そのとき立ち上るもうもうとした水蒸気が夜風に飛ばされると、もう水と火はどこにもいませんでした。ただしずかにいろとりどりの宝石が天の蛍のように海をまたたくばかりでした。
2010-11-10 03:30:28